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【電子書籍化】30歳年上侯爵の後妻のはずがその息子に溺愛される  作者: サヤマカヤ
第七章

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 昼食を取るために寄った少し大きめの町で、洋品店に寄る。

 予定外の用事のため、私たちの食事中にマルセロが貸し切りにできるよう交渉してきたらしい。

 やたらと愛想のいい店主に迎えられ、結構な金額を払って貸し切りにしたことがわかる。


(フェリクス様はいくら払ったのだろう?王都の相場で払っていたとしたら、数日間貸し切りでも良いくらいよね。きっと)


「お好きなものをお選びください」


 フェリクス様からそう声をかけられ、ずらりと並んだドレスに目を輝かせた王女様。

 早速物色し始めたけれど、気に入るドレスが見つからない様子。

 何着かラックから取り出しては、「うーん……」と言って、元に戻す。

 そのとき、なぜかちらちらと私のほうを見てくる。

(もしかして、私に一緒に選んでほしいのかしら?)


 学生時代はアルマと洋品店でお揃いのドレスを買ったこともあったな――と、友達と一緒に買い物する楽しさを思い出した。


「私も一緒に選んでいいですか?」

「もちろん!むしろ、ありがたい!王都にはお洒落な人が多いのでしょ?古臭いデザインだと思われたら恥ずかしいし。それに、セレナさんのドレスもすっごく可愛らしくて素敵だもの」

「ありがとうございます。このドレス、実は主人が作ってくれたもので」


 手放しで可愛いと褒められると、フェリクス様が褒められたような気分になる。


「そうなんだ!だから、フェリクスさんの瞳の色のドレスなのね。憧れるなぁ。本当は、セレナさんのドレスがおしゃれで可愛いから似てるのないかなって探していたの」


 王女様は「なんとなく似ていても野暮ったい感じがするでしょ?」と耳打ちしてくる。


「王都の流行りはまだここまでは来ていないのかしら」

「あ。いえ、このドレスは王都の流行りというわけでは。デザインも夫が私に似合うように、と……」


 単純に、王都で流行りのデザインではないと否定するつもりだったのに。思いっきり惚気になっていることに話しているうちに気づき、尻窄みになってしまう。


「フェリクスさんが買ってくれたってことじゃなくて、デザインから考えてるってこと?デザイナーではなく?」


 王女様は気にした様子がなく、フェリクス様に話しかけている。

 聞かれたフェリクス様は、私のドレスをオーダーするときの拘りを語り出した。

 ミリ単位での切り替え位置やスカートのボリューム感、刺繍の位置、シルエットなどを調整している――と、つらつらと。

 立て板に水のごとくとはこういうことを言うのか、と思うくらい饒舌だった。


「ですから、同じ物があるはずがないのです」

「そ、そう。だから凄く素敵に見えるのね」


 ここまでフェリクス様の私への溺愛具合を呆れることなく、むしろ羨ましいとまで言って聞きたがっていた王女様。

 その王女様でさえ、フェリクス様の拘りの強さにはさすがに驚いていた。


「ええ。お陰ですっかり婦人用のドレスにも詳しくなってきました。妻は私を成長させてくれるのです。昔から」


 そう言って、なぜか誇らしげな表情で見てくるフェリクス様。

 何も成長を促すようなことをした覚えがないのに。

 のほほんと生きていることが申し訳なくなってくる。

 こういうとき、私には父や兄と同じ血が流れていることを実感する。

 フェリクス様に刺激を与えられるように、もっと自己研鑽に励むべきか……。


「そっかぁ。セレナさんのためのドレスなのね。どうりで探しても見つからないわけだわ」


 フェリクス様の謎の惚気を無視した王女様は、諦めたようにまたドレス選びを再開した。

 そして、ようやく気に入ったデザインを見つけたのか、一着のドレスを掲げる。


「あっ。ねぇ、これはどう?少し前にこういうデザインを着ている人を見たの。この辺ではまだあまり見ないし、新しめのデザインじゃない?」


 可愛いドレスだけど、それは王都では一年以上前に流行ったデザインに似ていた。

 今でも王都で着ている人はいるけれど、流行に敏感な貴族で着ている人は少なくなっている気がする。

 王女様が気にしていたことを思うと、そのドレスではないほうがいいだろう。


 私がなんと言って止めるべきか迷っていると、いつの間にかフェリクス様が一着のドレスを手に持ってきた。

 シンプルで流行り廃りのないドレス。


「私はこちらをお勧めします」

「え、それ?確かに上品で素敵なドレスだと思うけど。これじゃだめなの?」

「念のため二着買いましょうか」


 やや流行遅れのドレスを一瞥したフェリクス様は、王女様を無視してまたドレスを探し始める。

 王女様は納得いかないのか、イヴァン様を見た。


「イヴァンさんはどう思います?」

「先ほど彼が選んだドレスはシンプルなデザインだからこそ、着る人を選ぶ意外と難しいドレスだと思います。しかし、瞳の色とも合っているし、アンナ様なら着こなせますよ」

「そう?それじゃあ、せっかく選んでくれたし、一着はそうしようかな」


 アンナ様は褒められて嬉しそうにドレスを手に持った。

 物色していたフェリクス様は、一着目と同じく流行り廃りのないドレスを王女様にあてがう。

 定番なデザインのドレスだけど、こちらもラインが綺麗で、スラリとした王女様によく似合っていた。


「二着買うなら、もう一着はこれでもいいじゃない」


 相当気に入ったのか、先ほど自分で選んだドレスをまた掲げる王女様。

 フェリクス様は王女様が手に持っているドレスを一瞥する。


「逆に、こちらのドレスではいけませんか?」

「……それでいいです……」


 フェリクス様の様子に、自分の選んだドレスのセンスがいまいちだと悟ったのか、王女様は手に持っていたドレスを元の場所に戻していた。その顔は悲しげだった。


 フェリクス様の見立ては間違っていない。任せておけば完璧。

 だけど、王女様のしょんぼりした様子に少し同情した私は、口を挟むことにした。


「……アンナ様が持っていたドレスに使われていたレース編みは、最近王都でも注目され始めたものでしたね」


 デザイン自体は少し流行遅れだけど、襟にあしらわれたレースは王都では割と新しい。


「そうなのか?」

「え!そうなの?」


 二人とも驚いて私を見てくる。

 王女様が元に戻したドレスを手に取り、襟を指さす。


「はい、このレース編みの模様。最近、新聞で見た気がします。流行りを知らせるコーナーに書いてあったような」

「そうなの!?それ、実はうちの領で昔から編んでる伝統の編み方なの!」

「あっ、それで。その雑誌にはどこのっていう情報はなかったのですが。ヤンセン男爵領はニミウコ染めといい、服飾に関する技術が優れているのですね」


 言いながら、これももしかしたら王妃様が仕掛けたのかもしれないと思った。


 王女様は「そうなのよ!我が領の自慢なの!作物があまり育たない土壌だから、綿花や染料用の花を育てるしかなかったっていう歴史もあるんだけどね。それにしても、王都にまで伝わるようになったのね!婦人会の皆が頑張って編んだ甲斐があるわ!」と嬉しそうに顔をほころばせていた。

 フェリクス様も、「それは知らなかった……」と呟いて何かを考える仕草をする。

 だからといって、フェリクス様が王女様イチオシのドレスを買ってくれることはなかった。


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