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【電子書籍化】30歳年上侯爵の後妻のはずがその息子に溺愛される  作者: サヤマカヤ
第七章

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30

 

「リック、ちょっといい?」

「終わったか?」

「あぁ。少し逃してしまったが……。後は自衛団が来るのを待つだけだ」


 私が取り乱している間に、イヴァン様とマルセロが残りの盗賊たちを捕まえて、さらに近くの村まで報告しに行っていたらしい。

 捕まえた盗賊をこの場に置き去りにはできないので、近隣の自衛団が来るまで待たなければならない。


「逃げた盗賊たちについては、城に戻ったら自衛団と連携して調べさせよう。次の宿場町から宰相には報告する」

「そのほうがいいだろうね。男爵が言っていた盗賊だろうし。技術的には戦闘慣れしていなかったが、多少統率が取れていた。今回が初めてではなさそうだった」

「今回の一組だけとも限らないからな」


 フェリクス様とイヴァン様の話を私も真剣に聞いていると、フェリクス様の顔に疲れが出ていることに気づいた。

 王女様を迎えに行く間に、フェリクス様の疲れも少しは取れてきたと思っていたのに。


 二人の会話が途切れた瞬間、フェリクス様の頬に手を伸ばした。

 そっと頬を撫でると、眉を下げて微笑んだフェリクス様が手のひらに頬ずりしてくる。


「やっぱりセレナにはばれてしまったか……。魔道具で馬を操作しながら後方サポートもしていたから、少し疲れただけだよ」


 フェリクス様が小さく漏らした声は、隠したかったのにばれてしまったという羞恥が含まれていた。


「大丈夫ですか?」

「うん。少し魔力を使いすぎただけ。休めばすぐに戻る程度だから心配しないで」

「無理しないでくださいね」

「うん。あっ。だけど、肩を貸してくれると嬉しいな」

「はい、どうぞ」


 私がすぐに姿勢を正すと、フェリクス様は嬉しそうに微笑んでから私を正面から抱き寄せた。そして、私の肩にあごを乗せてくる。

 横に並んで座り、肩に頭を預けて来るのかと思ったら、想像と違った。

(これは休むというより、甘えてる?)

 思わずフェリクス様の頭をよしよしと撫でると、含み笑いが耳に届く。

 こんなことで消費した魔力は回復しないだろうけど、気持ちからでも元気になってくれるようにと頭を撫でる。


「あー……、また二人の世界に入ったところ、申し訳ないんだけど」


 イヴァン様の声が割って入ってきて、またやってしまったと恥ずかしくなる。


「あっ!すみません……」

「少しくらいいいだろう。自衛団が来るまで待つしかないんだし」


 注意されて私は急いで手を離したけど、フェリクス様は私の肩に顎を乗せたまま文句を言っている。


「いや、荷物が道に落ちてるから回収しないと」

「あぁ、そうだったな」

「しかも、男爵が用意してくれた土産や、アンナ様の荷物が水たまりに落ちてドロドロになってるから――」

「えぇっ!嘘っ!?」


 真っ先に反応したのは当然、荷物がドロドロになったと言われた王女様。

 フェリクス様に言われてずっと馬車の中で待機していた王女様だったけど、すぐに馬車から飛び出してきた。


「運悪く泥水が溜まっていた場所に落下して。さらに、鞄が開いてしまったんです」


 イヴァン様は遠くのほうを指さした。

 指を指された道の先には、確かに何かが落ちている。

 カーブの遠心力に耐えられなかったのだろう。


「そんな!あれしか着替えがないのに!とにかく、拾いに行きましょうよ!」


 皆で荷物を取りに行くと、馬車の屋根にくくりつけていた私たちの荷物も落ちていた。

 だけど、ハーディング家もイヴァン様のヘルツベルク家も裕福な侯爵家だから、鞄も立派だった。

 表面に傷は付いたけど、あの高さから落ちてもびくともしていない様子。


 馬車の後ろに括り付けていた王女様の荷物とヤンセン男爵から渡された手土産だけが道に散らばっている。

 見ると、王女様の鞄だけ、無残に留め具が外れてパーツも飛び散っていた。


「……王都までってあと何日くらい掛かるの?」


 自分の荷物の中では唯一、水たまりの中に落ちるのを免れたブランケットを拾い上げながら、王女様が問う。

 少しくたびれたようなブランケット。

 きっとヤンセン男爵夫人がこれだけはと持たせてくれたものなのだろう。


「王都までは順調に進んでも、あと一週間弱ほど」

「そんなに?着替え、どうしたらいいの……」


 ワンピースは一週間毎日着続けることは可能だけど、下着も一週間同じというのは私でも嫌だ。


「申し訳ございません。購入できそうな店を見つけたら立ち寄ります」

「そうしてもらいたいし、ありがたいんですけど、私あまりお金持ってなくて……」

「それは心配ございません」


 荷物を回収した後は、汚れ物などを仕分けしながら、また荷物を馬車にくくりつける。


 皆で協力して作業をする中で、私は馬車に背を向け、鞄に付いた泥を拭き取っていた。

 全て拭き終わり顔を上げると、視界の端で何かが動いた気がした。

 見ると、木の影から弓を構えている人が見える。

 弓矢が向いている先には皆がいるのに、敵に背を向けているため、誰も気づいていない。

 声を上げる間もなく、矢が放たれた。

 矢が放たれる瞬間、私の体は勝手に動いていた。

 矢の軌道に入るとなんとも言えない音が耳に届く。

 恐る恐る目を開けると、目の前にヨーシアがいた。


「ヨ……――」

「セレナ!大丈夫か!?」

「わ、私より、ヨーシアが!」


 矢はヨーシアの腕に刺さっていた。

 腕に矢が刺さったまま、ヨーシアが振り返る。


「すみません、フェリクス様。しくじりました。奥様はご無事ですか?」

「あぁ。よくやった」

「良かった。気づくのが遅れて焦りましたぁ。兄さん、犯人は?」

「お前の投げたナイフが命中している」

「そっちは間に合ったか。悪いんだけど、コレを抜いてくれる?」


 ヨーシアは矢の刺さった腕をマルセロに向かって差し出す。マルセロは検分するように軽く見た後、躊躇なく矢を引き抜いた。


「ひっ!?」


 見ているだけのこちらが悲鳴を上げてしまうくらいなのに、本人は声も息も漏らさなかった。

 表情にも苦痛が表れていない。ただ滴る血を無感情に見つめている。


「血が!止血なら私にもできるから、腕をこちらへ」

「そんな、もったいないです。奥様がボクなんかに治癒魔法なんて」

「ごめん、完全に治すのは無理なの。でも血を止めて痛みを和らげることはできるから。早く腕をこちらに」

「ありがとうございます。でも、大丈夫です。痛みは感じないので、ボク」

「え?」

「子供のころに散々痛い目にあって。いつの間にか痛みを感じなくなっていたんですよ。だから、大丈夫です。血なら包帯巻いとけば止まるし。奥様の魔力をボクなんかに使うなんて、だめですよ」


 そう言いながら、ヨーシアは私から逃れようと後退りする。

 ヨーシアの壮絶な過去が垣間見え、私は一瞬言葉に詰まってしまった。


「……そうだとしても、自分を庇って血を流している人を放っておけない。それに、きっと痛いはずよ。生まれながらに痛覚がないわけじゃないんだから。現に、体は痛がっている」


 私はヨーシアの固く握られた拳に触れた。


「拳を握っているのは、体が痛みを逃がそうとしているからでしょう?自分では気づけなくても、体は訴えている。だから、私に治させて」

「痛みを、感じている?ボクが……」


 ヨーシアはなぜか唖然と呟いた。だけど、それ以上逃げようとしなかった。


 治療のために、無駄に着込んでいる服を捲り上げる。

 腕には無数の傷痕があった。

 そのほとんどが古い傷に見える。幼少期に実験台のように扱われていたときのものだろう。


(……身を呈して庇ってくれたのよね)


 ――私が治癒魔術をかけている間、ヨーシアは私の手元をじっと見ていた。

 集中している私は、彼が微かに笑ったことに気づかなかった。


 その後、捕まえた盗賊たちを一番近い町の自衛団に引き渡した私たちは、旅を再開させる。

 ヨーシアは、自衛団と共に行った。フェリクス様の命令で、念のため診療所でも診てもらうため。


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