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第95話 【チェリーなヒーロー、その名も……】

(ユカがあぶないッ)


 小さな兄の予感は確信めいていた。

〝すぐに泣く妹〟は男達から嫌われている。

 殺されるのは妹だ。

 仮面ドライバーはどこにもいない。

 小さな兄は走った。

 

 

(仮面ドライバーがこないなら)


「てめぇッ。なにしやがるッ」


 男の足にしがみついて、力一杯噛みついた。


(ぼくがユカをまもるんだッ)


「ガキがッ」

 


 男が足を振る。小さな身体は軽々と飛ばされた。

 ドンッ。コンクリートの壁に背中からぶつかる。

 全身に激しい痛み。

 妹の声。

 


「いやぁぁぁッ。おにいたんッ。おにいたんッ」

 


 男に抱えられた妹が叫ぶ。

 小さな兄は、痛みに耐え立ち上がる。

 そして再び走った。

 


「ユカを、はなせッ。うわぁぁぁぁッ」


「しつけぇんだよ、クソガキッ」

 


 ガッ。男が蹴り上げる。

 小さな身体は宙に浮いた。

 周りの風景がゆっくりと流れる。


 あと数秒後には頭から壁にぶつかるんだと直感した。

 妹の叫び声が聞こえる。

 男の(わら)い声が聞こえる。


 ボクは妹を助けられなかった。

 かめんドライバーは来なかった。

 そんなもの、最初からいなかった。

 どこにも〝せいぎのみかた〟なんていないんだ……。 


(ユカ、ごめんな。にいちゃん、守れなかったよ……)


 小さな兄の身体が何かに当たる。

 歯をくいしばる。だが、予想した痛みはいつまでも来ない。

 


「――えッ?」

 


 それどころか、身体が宙に浮いている。

 そして、どこからか、やさしい声が聞こえた。

 


「よく頑張ったな。《高位治癒(ハイ・ヒール)》」

 


 浮いたままの身体が、温かい光に包まれた。

 全身を襲っていた激痛が、嘘みたいに消えていく。

 放心する耳に、悪者の怯えた声が聞こえた。

 


「なんだッ、どうなってるッ。そこに何か居るのかッ?」

 


 悪者が妹を抱えたまま後ずさる。

 不思議な声がまた聞こえた。

 


「ここで待ってるんだぞ」

 


 小さな兄の身体が、ゆっくりと床に降り立つ。

 まるで見えない誰かに抱かれていたようだった。

 怯えた悪者は、ナイフを前につき出し、せわしなく首を動かす。

 


「だ、誰だッ。よ、寄るなッ。ガキがどうなっても……ぎゃぁぁッ」

 


 バキバキッ。

 悪者のナイフを握った手が恐ろしい音を立てた。

 その手がメキメキと潰れるように変形する。

 


「ひぎぃぃぃッ」


 悪者が絶叫し、妹は放り出された。

 


「きゃぁぁッ」 

 

「おっと」

 


 妹が、空中で制止した。

 かと思うと、妹の側、なにもなかった所から緑色が現れた。

 やがてその緑はどんどん広がり、そして、人間の形になった。

 いや、ただの人間じゃない。その姿は……

 


「かめん……ドライバー?」

 


 小さな兄が、目を見開いてその光景を眺めた。

 仮面ドライバーは、小さな兄の隣に、抱えた妹を降ろした。

 


「もう大丈夫だ」

 

 

 妹が見上げて、口をポカンと開けた。

 仮面ドライバーは妹の頭を撫でた。

 


「少しここで待っててくれるかな? ――サナ、ふたりを頼む」

 


 仮面ドライバーが言う。小さな光が宙に現れた。

 光は言う。


『ねぇ、今あたしのこと〝サナ〟って呼んだ?』

 


 喋った〝光〟、それは〝携帯電話〟だった。

 


「呼んだが、どうした」

 

『いいじゃない〝サナ〟すごくいいわッ。これからあたしのことは〝サナ〟って呼んでちょうだいッ』

 

「了解、サナダ虫」

 

『キーッ!』

 

「いいから子供達を頼むぞ。僕はあいつらに〝少しお仕置き〟をしてから、縛り上げてくる」

 

『殺しちゃダメよ。君は一応、神の使徒なんだからね』

 

「そんな胡散臭いものになったつもりはないが――善処しよう」

 


 言って、仮面ドライバーが背を向けた。

 男か潰れた手を押さえて、呻いている。

 仮面ドライバーはスタスタと歩き、男の前に立つ。

 


「お、お前、何者……ぐわッ」

 


 ガッ、男が顔面を蹴られ、宙に浮いた。

 そのまま仰向けに倒れ落ち、男はピクピクと痙攣する。

 仮面ドライバーが男の髪を掴むと、隣の部屋へずるずると引きずり去った。

 それを見た、携帯電話は、ハァとため息を吐いた。

 

 

『……もっと正義の味方らしいやり方は、ないのかしら』 

 


 そして、隣の部屋からは、男達三人の悲痛な叫び声。

「た、助け……ぐわッ」「お、俺はこいつらに……ぎゃぁッ」「か、金かッ。金なら……ぶわッ」

 ゴッゴッと〝何かを殴る大きな音〟と〝『ヒール』という声〟がシツコイくらい延々と交互に聞こえた。



「あのぉ」

 


 小さな兄の呼びかけに、携帯電話はニコリと笑む。

 正確には、画面に映った緑色の髪のお姉さんが笑った。

 


『助けに来るのが遅れてごめんなさい。もう痛いところはない? あたしの名前は〝サナ〟よ。断じて〝サナダ虫〟ではないわ』

 

「だいじょうぶです。ぼくは〝たかし〟。それでこいつが……」

「はじめましてッ! 〝ゆか〟ですッ! さんさいですッ!」


『ワォッ。元気な挨拶ありがとう。はじめまして、ゆかちゃん、それにたかし君。――あいつの名前は……あれ? そう言えば名前を決めてなかったわ。どうしま……んんッ? そうか。〝名前〟ね……ヌフフフ』


「え? かめんドライバーじゃないんですか?」


『ヌフ……へ? 仮面ドライバー? どれどれ、検索してっと――うん、ちょっと違うわね。仮面ドライバーは従兄弟の友達のお兄さんなの。あたし達は彼に頼まれてここへ来たのよ』


「えッ。かめんドライバーからッ?」


「すごーいッ。ゆかのことはッ! ゆかのことはッ!」


『ゆかちゃんのことも、お願いされたわ。仮面ドライバーはぐうたらで日曜日しか働かないの。だからあたし達が代わりに来たってわけ』


「あの、サナたん。ペディキュアは……ほんとうにいないの?」


『ペディキュア? ちょっと待っててね。またまた検索してっと……フムフム』


「おい、ユカ……」

 


 ペディキュアはアニメなんだ、と小さな兄が恥ずかしそうに言いかけた。

 ブーン。空中に光が現れた。やがてそれは、ひとりの人物となった。

 

 

「きゃぁぁッ」「えーーーッ」

 


 妹がその姿を見て、飛び跳ねた。

 小さな兄が、目をまん丸にした。

 


「ペディキュアだぁぁぁッ!」「ペディキュア、いたんだ……」

 


 妹の言葉通り、その人物は紛れもなく〝ペディキュア〟だった。

 アニメで観たそのまんまだ。

 〝ペディキュア〟は目の前に立って、小さな兄妹に微笑みかけた。

 興奮して叫ぶ妹と、呆然とする小さな兄。

 そしてふたりに向け〝ペディキュア〟は言った。


『こんばんは、ユカちゃん、たかし君。あたしはボッチなペディキュア。〝親愛なる美の女神ファシェル様〟の忠実なる(しもべ)よ』

 


 隣の部屋から聞こえていた男達の絶叫は、小さな兄妹の歓声で掻き消された。

 


『君たちもあたしと同じ〝ファシェル教〟に入って、世界を守らない? うふッ』



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ 



 遙か下に見える街の灯りが、すごい速さで流れていく。

 


「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ」

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ」

 


 小さな兄妹が猛スピードで空を飛んでいた。

 叫ぶ兄妹へ、緑色のヒーローは、優しく声をかけた。

 


「ふたりとも怖くないかい?」

「うんッ。ゆかたのしぃッ」「ぼくもぜんぜん怖くないよッ」

 


 小さな兄妹が元気に返事をした。

 ふたりはギュッとヒーローの首にしがみついている。

 なぜか温かくて、風も全然感じなかった。

 そうか、とヒーローはうれしそうに言った。

 


「よしッ、もっと飛ばすぞッ」

 

「「うんッ」」

 


 小さな兄妹が再び元気よく返事をした。

 グンッとスピードが上がる。

 街の灯りは、どんどん流れていく。

 小さな兄妹は、ずっとずっと叫び続けた。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ 



 音も無く、フワリと地面に降りる。

 ヒーローは小さな兄妹を地面へ降ろした。

 


「さぁ到着だ」

 


 目の前には見慣れた家。

 妹は興奮冷めやらぬ感じだ。

 


「ゆか、すっごいたのしかったぁッ」

 


 小さな兄は、下を向きモジモジしている。

 


「あの、ぼく……」

 

「ありがとう、たかし君」

 

「え?」

 


 ヒーローの言葉に、小さな兄が驚いて顔を上げた。

 どうして感謝されたのだろう?

 


「ユカちゃんが助かったのは、たかし君のおかげなんだ」

 

「ぼくの?」

 

「そうさ。君がユカちゃんを守ろうとがんばったから、僕達は間に合ったんだ」

 

「ぼくが、がんばったから……」

 


 ヒーローは片膝をつき、小さな――いや、勇気のある兄の頭を撫でた。

 


「これからも妹を守ってやってくれ。かといって危ないことはしちゃダメだぞ?」

 

「はいッ」

 


 兄が大きな声で返事をした。

 ヒーローは兄妹を家へ促し、背中を押す。

 


「さぁ、きっとお父さんとお母さんが心配している」

 

 

 妹が玄関に走った。

 兄も歩いてそれに続いた。

 妹が玄関のチャイムを押そうとするが、手が届かない。

 兄が妹を抱えると、妹はうれしそうにチャイムを押した。

 妹を降ろし後ろを向くと、ヒーローが手を振った。


 兄妹は目を見つめ合って頷いた。

 そして大きく息を吸うと、声を合わせ大声で言った。



「「ありがとーッ、〝イセカイダーチェリッシュ〟! 」」


「「〝ふぁしぇるきょう(ファシェル教)〟にひかりあれッ!」」



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ 



 暗い夜の空、緑色の物体が高速で飛行している。



「……おいサナダ虫、貴様にいくつか言いたいことがある」


『お客様のお呼びかけになった名前が誤っているため、お繋ぎできません。〝サナ〟と可愛くお呼びになるか、ピーという発信音の後に……』

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