第88話 【底辺トリオの日常】
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「モグモグ、ゴキュゴキュ、ゴックン。プハーッ! おい、知ってるか?」
昼休み、小太りメガネ、細井順一が言った。
昼食と言えば、相変わらず高カロリーな菓子パンを、高カロリー炭酸飲料で流し込んでいる。
礼二郎が腰を下ろす頃には、すでに三個目を平らげるところであった。
現在、最後のひとつを猛スピードで処理中である。
「と、当然知ってるさ。ほ、本物かな?」
ガリガリメガネ、高見一平が言った。
こちらも相変わらず、コンビニ弁当とお茶のセットである。
「今の流れで理解できない僕がおかしいのか? ものすごい疎外感だ。なるほどそうか、新手のイジメだな。ふん、それなら僕にも考えがある。どうか勘弁してください」
礼二郎が、偽りの恋人から受け取った弁当を開けながら頭を下げた。
ボッチはさみしすぎるので、なんとか回避せねばならない。
そのためにはいくらでもプライドを捨てる所存である。
それはさて置き、なんと今日の弁当は巨大なビフテキ入りだった。
ヤッホーイ!
しかし友人達はなんの話をしているのか?
……うん、まったくわからん。
ふたりの特段気負わない話しぶりからすると、セクハラに抵触する話題ではなさそうだ。
と言うのも、このスクールカースト最底辺トリオは、ある事件からこっち、昼休みにおける猥談をクラスの女子全員によって封印されているからだ。
なので最近は健全な話題のみ――という訳ではなかった。
やはり適度に下半身な話をしている。
とは言え、以前のようにあからさまではない。
まるで満員の阪神応援席に座る巨人ファン三人のように、ヒソヒソ、ビクビクとである。
これはこれでスリルがあって、楽しかったりする。
つまり先の話題が猥談なら、今のようにリラックスした状態はありえないって訳だ。
「イジメ違うわ。おい、礼二郎男爵、最近たるんでるぞ。世のリア充共が、恋愛にうつつを抜かしている間に、あらゆる情報をいち早く入手し、有効的もしくは無駄に活用することが、ボク達が持つ唯一の武器でありアイデンティティじゃないか」
「そ、そうだよ。最低でも、ネットニュースのチェックは、必須だろ?」
「つまり、お前達の言った話題は、今日ネットで話題になっている話題ってわけだな。あと僕には彼女がいるから、あしからず」
礼二郎が分厚いビフテキを一切れ、口に放り込んだ。
モニュ。
ふわっ! な、なんだ、この肉は! やわらかすぎるだろ!
いつも妹が買ってくる、グラム98円のマッチョな肉とは次元が違うぞ。
しかもこのステーキソースのうま味と言ったら……。
いつも妹が買ってくる、1リットル300円の不思議な味のタレとは次元が違うぞ。
どうやらこず枝は、ダンジョンマネーを、こんな所で惜しげも無く使っているらしい。
もっと自分の為に使えばいいのに、と思いつつ、礼二郎は感謝の気持ちでいっぱいだった。
昨夜の浮気疑惑〝佐々木春香事変〟については、うまく説明(弁解)できていない。
当然、こず枝は、礼二郎をいまだ許していないはずだ。
にもかかわらず、こんなにバブリーな弁当を作ってくれたのだ。
それはそれ、これはこれ、という訳だ。
なんとも器のでかい人間である。
その真心に報いるには、米粒ひとつ無駄にできない。
よく味わい、綺麗に平らげよう。
「その通り、色々な所にこのホームページのリンクが貼られてたんだ」
礼二郎の彼女がいる発言をスルーした小太りメガネが、スマホの画面を向けてきた。
菓子パンの油や砂糖が付着した画面は、少し見づらい。
「えっと、なになに……ブファーッ!」
「ぎゃぁぁぁす! なにしやがる!」
礼二郎が小太り携帯を見た瞬間に噴き出し、小太りメガネを礼二郎色に染めた。
「ロリちゃんが相手ならご褒美だが、お前が相手じゃタダの拷問だぁ!」
小太りメガネ細井が、どさくさに聞き捨てならないことを言った。
大萩礼二郎直送、メイドイン菊水こず枝の米粒だらけになったメガネを外し、ティッシュで拭く。
「す、すまん、細井侯爵。あと、スマホを見せてくれ」
愛情弁当を大量に無駄にした恩知らずが、スマホを受け取った。
菓子パンの糖分で高級メロンばりに糖度の高くなったスマホの画面を凝視する。
そこには、とあるホームページが表示されていた。
【〝恵みの女神ファシェル様〟の お 部 屋】
(どうして女神様の名前が? ん?)
見出しには、そう書かれており、画面をスクロールすると、その下に
(なんじゃこりゃぁぁぁぁっ!)
デカデカと貼られた写真は、全身緑色、背中に大きな女マークの入った【神器OHバトルスーツ女神改】を装着し、ノリノリでポーズを決めた礼二郎その人であった。




