第86話 【いかないで】
「イライアァァァァァァァッ!」
礼二郎は飛び起きた。
「きゃっ!」 「うわぉッ!」
ベッドの脇でふたりの女の子が飛び上がった。
「びっくりしましたッ。れいじろう様、おはようございます」
褐色肌にトンガリ耳、10才ほどの少女――ロリが言った。
「礼兄ぃ、いつまで寝てんのよッ。遅刻しちゃうわよ!」
10代中頃、キチンと髪をまっすぐにセットし終えた少女――加代が言った。
(夢か……ん? なんの夢を見てたんだっけ?)
「あの……れいじろう様。なにか怖い夢でもみられたのですか?」
「イライアさんに怒られる夢でしょ? 泣くほど怖かったの?」
「怖い夢? 師匠? それに泣くだって?」
「れいじろう様、イライア姉様の名前を叫んでました」
「うん、しかも呼び捨て。イライアさんがいたら、ぶっ飛ばされてたよ? それに顔、触ってみなよ」
「顔?」
礼儀についてお前が言うか、と思いつつ、礼二郎は顔に手を当てた。
「なんだ、これ……」
礼二郎の目が――いや、顔全体が涙でぐちゃぐちゃに濡れていた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
一階のリビングに入ると、奥のテーブルで、猫耳娘がお尻をフリフリしていた。
礼二郎に気づいたのか、耳だけこちらに向けている。
「ご主人様、おはようにゃん」
こちらを見ずに言った、猫娘――シャリーが、テーブルの上に載ったなにかを、ジッと見つめている。
どうやら、そのなにかを狙っているようだ。
人工生命体メイドのアルファが背を向けた瞬間、そっと手を伸ばした。
そのとき、金髪の女性が瞬間移動のように現れ、伸ばした猫の手をピシャリと叩くと、礼二郎に向け爽やかに笑んだ。
「主殿、おはようッ。昨日作ったケーキは主殿の分を……こら、シャリーッ。それは主殿の分だと言っただろう!」
エプロン姿の金髪女騎士――セレスが、さらに手を伸ばす猫から、テーブルのケーキを保護した。
猫娘は、チッと大きく舌打ちすると、恨めしそうに女騎士をねめつけた。
「……セレスはどケチだにゃ。二個あるんだから一個は食べてもいいにゃ」
「どケチではないッ。このケーキは二個あることに意味があるのだ。こず枝殿とわたしの作ったケーキ、どちらがうまいか主殿に決めてもらわねばならんのだからな。これは女と女の勝負なのだ。ところでシャリーはどっちのケーキが……」
「こず枝の方にゃ」
「お前もなのかッ。クッ、今のところ、わたしのケーキを選んでくれたのは源太殿とイライア殿だけ……」
「おはよう、セレス、シャリー」
言って礼二郎が、右方向に目を向ける。
ソファの横には、イライアが立っていた。
礼二郎と目が合うと、イライアは戸惑いの表情を浮かべ、少し間を置いて、重い口を開いた。
「昨日は、お主の言い分を聞かずに怒鳴ってしまって、その……」
イライアが言い淀み、それを見た礼二郎の脳裏に、昨夜の夢がおぼろげに浮かぶ。
「師匠ッ」
叫び、礼二郎は駆け寄り、イライアを強く抱きしめた。
「わわわッ。礼兄ぃったら大胆ッ!」
「ちょっと加代ちゃんッ。見えないよっ!」
興奮した声で加代が叫び、目隠しをされたロリが不満を言った。
二人に構わず、礼二郎はイライアを抱きしめたまま、その温もりを、匂いを、存在をかみしめた。
「師匠……」
礼二郎の声は震えていた。
「師匠……ごめんなさい……どこにも行かないでください……ごめんなさい……」
「礼二郎。――いったい、どうしたのじゃ?」
イライアが、礼二郎の頭を優しく撫でた。
「……馬鹿者、ワシがお主を置いて行くものか。――仕方の無い奴じゃな。ここではなんじゃ。ワシの部屋でゆっくり、じっくりと話を訊こうではないか。〝がっこう〟は休むがよい。皆のもの、決して覗くでないぞ? ふむ、風呂は終わってから入ればよかろう。ほれ、行くぞ、ほれほれ」
イライアが、某鳥人間お通さんよろしく、礼二郎を自室へと引っ張る。
それを見て、女性陣は叫んだ。
「イライア姉様、ズルい!」
「イライア様!? ちょ、ちょっと待つにゃ!」
「イライア殿、お、終わってから風呂とは、どういうことなのだ!」
「イライアさん、朝っぱらから、なにやってんのッ。思春期な妹が見てるんですけどぉ!」
★補足★
女の料理対決1本目:ケーキの部
こず枝:イチゴのケーキ→5票(加代、ロリ、アルファ、ベータ、シャリー)
セレス:チョコレートケーキ→2票(源太、イライア)




