第82話 【本当の家族】
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コンコン。
「……鍵は開いておる。入るがよい」
「おじゃましまーす。わわッ! なに、この部屋! めっちゃ広いんですけどぉ!」
「……妹御か。なんの用じゃ?」
「うん。はいこれ、ケーキだよ。すっごく美味しいから、イライアさんにも食べてもらいたくって」
「ケーキ? ああ、こず枝とセレスが作った菓子じゃな」
「そうそう、そんで、なんか知らないけど、いつの間にか女の勝負になっちゃってる感じなの。イライアさんにもどっちのケーキが美味しいかジャッジして欲しいな。今のところこず枝さんのイチゴケーキが優勢なんだよね。わたしもこず枝さんに一票いれちゃった。だってセレスさんのチョコケーキ、ちょっと苦いんだもん」
「そ、そうか。うむ、引き受けよう。ところで……あやつはどうしておる?」
「礼兄ぃは部屋にこもってるよ。当然おやつ抜き」
「……落ち込んでおったか?」
「うん、イライアさんに合わせる顔がないって凹んでた」
「……そうか」
「ま、自業自得かな。ねえ、イライアさん」
「なんじゃ?」
「イライアさんとロリちゃんって、ふたりとも礼兄ぃが好きなんだよね?」
「……そう、じゃな」
「あは! うちの兄をご贔屓くださり、ありがとうございます! 礼兄ぃもバカだよね。イライアさんみたいに綺麗な人がいるのに、フラフラしちゃってさ」
「む、それは否定できんな。確かにあやつはバカじゃ。じゃが……」
「じゃが、悪気はない ――だよね? そうなの。礼兄ぃってば、いつも誠意が空回りしちゃうって言うか、そもそも、誠意って意味をはき違えてるって言うか。今回の件も、絶対になにか空回っちゃったんだよ。間違いない!」
「言いたいことをすべて言われてしまったな。まったく、あやつときたら……」
「あんな、とんでもなくふつつかな兄ですが、どうか見捨てないであげてね。いたらないところは多いけど……もんの凄く多いけどね」
「安心するがよい。ワシから見捨てたりなどせんよ」
「あは! ありがとイライアさん。それともうひとつ、ここだけの話にしてほしいんだけど」
「ん?」
「わたし、実はロリちゃんと同じくらい、イライアさんを応援してるの」
「ワシを?」
「うん。だってイライアさんが礼兄ぃと結婚したら、わたし達は姉妹になるじゃない」
「結婚したら、か。そうじゃな。もしすれば、そうなるな」
「わたしにお姉さんと妹ができるんだよ。ロリちゃんとイライアさんが本当の家族になるの。それって最高じゃない!」
「……こず枝やシャリー、それにセレスはどうなるのじゃ?」
「あ、そっか! んーどうなるんだろ? あはは、よくわかんないや。でも、そんな先のこと考えてもしょうがないし、なるようになるんじゃないかな? 礼兄ぃがみんなに酷いコトするわけ無いし」
「そうか……なるようになる、か」
イライアは、なにかを考えるような表情で言うと
「うん、そうじゃな。確かにそうじゃ」
と、得心した顔になった。
「あはは、そうそう、なるようになる! ケーキ食べたら、こず枝さんとセレスさんに感想聞かせてあげてね! お邪魔しましたー!」
「おい、いもう……加代や」
「へ? なに?」
「その、すまぬ」
「ケーキのこと? あはは、それ最初に聞いたよ? じゃあね、おやすみなさい!」
大萩加代が嵐のように去っていった。
イライアは、テーブルに置かれたトレイに乗った皿を手に取った。
少し大きめの皿には2種類のケーキが乗っていた。
ひとつは〝いちご〟と呼ばれる、酸味のある赤い果物を載せたケーキ。
ひとつは〝ちょこれーと〟と呼ばれる、黒く甘い菓子をベースに作ったケーキだ。
備え付けのフォークを使い、それぞれを口に運ぶ。
「どちらもうまいな」
その言葉に反して、イライアの表情には少し影が差しているように見える。
そしてドアを見つめた。
「本当の家族、か」
礼儀知らずで、でも憎めない元気な女の子。
イライアは、その子がついさっき出て行ったドアをジッと見つめ続けた。




