第81話 【激情のイライア】
「なにすんのよ! もったいないでしょ! 謝って! お百姓さんに謝って!」
加代が仏教に則した怒り方をした。
人工メイドが持ってきたタオルで、ブツクサと顔の米粒を拭いている。
「す、すまん、農家の方々。それより源兄ちゃん、その名前をどこで」
「知り合いの紹介で会ったんだ。綺麗な人だな」
礼二郎の狼狽に、源太が冷静に答えた。
ピキーン! 空気が明らかに変わる。
ふたりを除き、全員が硬直した。
そのひとり――加代は美味しそうにトンカツを頬張っている。
もうひとり――源太は食後のコーヒーを楽しんでいた。
ゴゴゴゴゴ!
場の空気を変えた張本人の背後では、漫画のような効果音が立体で浮かび上がっている。(かに見えた)
「……〝ささきはるか〟とは誰じゃ?」
さっきまでの甘い声とは、ガラリと変わっていた。
まるで、地の底から響く重低音な声で、魔女がこじらせている。
皆の怯える視線が集まる先では、最恐魔女が本領を発揮しつつあった。
ウェーブのかかった髪が、サワサワと蛇のように蠢く。
「イライア姉様!?」
「にゃにゃ! マズいにゃ!」
「イライア殿! お気を確かに!」
「またなのぉ!? もう勘弁してぇッ!」
〝RE:RE:こじらせ魔女による全滅フラグ〟である。
「おちおちおちおち、落ち着いてください、師匠ッ! し、知り合いです! ちょっとした知り合いなんです」
「ちょっとした? 部屋に行ったんだろ?」
「どうしてそれを!」
源太がしれっと言い放ち、礼二郎が語るに落ちた。
「……部屋に、じゃと? 我が弟子よ、それは本当か?」
シャーッ!
戦闘体勢イライアの口から、チロチロと、先の分かれた舌が顔を出す。
ちなみにこの恐ろしい姿は、認識阻害の効果で加代と源太には見えていない。
「こここ、コーヒーを、部屋でコーヒーをごちそうになっただけです!」
「あーあ、礼兄ぃ、そりゃダメだよ。そんなの信じられるわけないもん。絶対キスくらいしちゃってるね。チーン、ご愁傷様! モグモグ」
「うぉい、加代ぉぉっ! 頼むからお前は黙っててくれぇッ!」
「キス、じゃと? その女子とキスを……キスをしたのか?」
「あ、あ、あの、それは、その……」
「したのか?」
「なんと言いますか、部屋では(※小声)してないと言いますか、そのときは(※小声)してないと言いますか……」
「つまり、したのじゃな?」
「……はい(※超小声)」
ガタンッ!
そのとき、魔女が勢いよく立ち上がった。
髪の動きは沈静化している。
どうやら最悪の事態だけは免れたらしい。
顔を下に向けているため、表情はわからない。
そのまま誰に話しかけることもなくスタスタと、リビングにある自室のドアへ進んだ。
「あの……イライアさん?」
礼二郎がおっかなびっくりその背中へ、猫なで声を投げかけた。
「馴れ馴れしく呼ぶなァッ! 石になりたいかッ!」
最恐の魔女が振り返り、その名にふさわしい形相で叫んだ。
だが、その目には……。
「いひぃ! す、すみませんッ、師匠!」
「……この浮気者がッ」
バタンッ!
痛烈なひと言を残し、イライアが部屋に入って行った。
残った女性陣がそれぞれ呟く。
「イライア姉様……」
「イライア様ってば、感情の高低差がヤバいにゃ」
「イライア殿、大丈夫だろうか?」
「イライアさん、すごく幸せそうだったのに」
そして、それはそれは冷たい視線で礼二郎を見つめた。
「れいじろう様、ロリはガッカリなのです」
「ご主人様、アチシ達に手を出さないくせに、浮気するだにゃんて意味がわからないにゃん」
「主殿の行動にとやかく言う権利は、わたしにはない。ないが、あえて言わせてもらおう。主殿! 最低だぁッ!」
「ねぇレイ。キスってどういうこと? とりあえず話を聞かせてもらえる? まずは〝ささきはるか〟って女狐についてかな」
礼二郎は無言で脂汗をダラダラと流した。
源太は我関せずと美味しそうにコーヒーを飲んでいた。
そして――
「これ食べていいよね? だってもったいないもんね! じゃあ、いただきまーす!」
KY(空気読まない)JC(女子中学生)加代がうれしそうに言った。
「モグモグ、ゴックン。ハァ美味しー、幸せーッ!」
イライアの残したトンカツを、ホクホク顔で平らげたのであった。
YOU WIN!
すべての状況を冷静に分析した人工生命体メイドふたりが、加代を見つめ、そう呟いた。
★後書き★
佐々木春香さんの部屋に行ったのは、
第16話 【OLさん、堕つ】
キスをしたのは、
第67話 【この御神託、どちゃくそ腹が立つ!】




