第80話 【緊迫の晩餐会場】
★令和元年8月9日(金)の一投目
異様な空気であった。
互いに牽制し合い、誰もがまともに動けない。
そう、ある人物を除いては。
「でね、でね! 試着したロリちゃんを見て、店員さんが言ったの! 知り合いにファッション雑誌の編集がいて、ロリちゃんをモデルに推薦したいって! すごいと思わない!? ロリちゃんビックリしたよね! ちょっとアルファさん! このトンカツ最高に美味しいんですけどぉ! モグモグ」
ご飯をかき込みながら、礼二郎の愛妹、大萩加代が楽しそうに話している。
「う、うん。あの、加代ちゃん? 今その話は、その……」
加代の隣に腰掛けた褐色美少女ロリが、皆の顔色をうかがって言葉を濁す。
「これ、礼二郎。肉ばかり食べおって。野菜もちゃんと食べぬか。病気になったらどうするつもりじゃ。まったく、これでは目が離せんではないかぁん」
こじらせ魔女イライアが、蜂蜜を極限まで濃縮したような甘い声で言った。
礼二郎の隣に座り、肩が触れあうほど密着している。
「はい、すみません、ちゃんと食べます!」
礼二郎は、不自然なほど誰とも目を合わせず、黙々とご飯を食べている。
その表情には一切の余裕がない。
「「「「…………」」」」
そして沈黙する4人(シャリー、セレス、こず枝、源太)
「同じ服を試着したのに、その店員、わたしには、なにも言わないんだよ! なんとノーコメントなのよ! ノーコメ! 失礼だと思わない!? ねぇ、ロリちゃんも、そう思うでしょ! ちょっと、ベータさん! このドレッシングなに! めちゃくちゃ美味しいんですけどぉ! モグモグ」
「う、うん。ロリもそう思うよ……思うけど、その……」
「ほれ、慌てて食べるから、飯粒が顔についておるぞ。――ヒョイパク。ククク、まったく世話の焼ける男じゃ。これでは、片時も目が離せんではないかぁん」
「師匠ぉ、皆が見てますので、その……」
「「「「…………」」」」
「でね、でね! ロリちゃんとカラオケ行ったの! でもロリちゃん一曲も歌を知らないの! 歌ったわよ! ひとりで1時間、キッチリ歌いきってやったわ! 加代ちゃんオンステージよ! ロリちゃん退屈だったよね。ごめんね? ちょっと! なによ、このスープ! めっちゃご飯が進むんですけどぉ! モグモグ」
「ううん、加代ちゃんの歌を聴くの楽しかったよ。でも、その……」
「礼二郎、おかわりか? そら、茶碗とやらを貸すが良い。アルファとベータは、他のものに給仕しておれ。礼二郎には、ワシがついておる。礼二郎や、少し離れるが、さみしがるでないぞ?」
「ふえ!? いいんですか? じゃ、じゃあ、よろしくお願いします」
礼二郎がそう言って恐る恐る茶碗を渡す。
イライアは、見たことがないほどキラキラと輝く笑顔だった。受け取った茶碗を両手のひらで大事な宝物のように包みこむと、スキップを踏んでキッチンへ消えていった。
なんと鼻歌までうたっている。
ホムンクルス2人を含め、多くが我が目と耳を疑った。
歩いて2歩の距離にあるテレビのリモコンすら、メイドに持ってこさせる面倒くさがり魔女が、他人のご飯をよそいに行くとは。
イライアの姿が見えなくなった瞬間、今まで沈黙していた女性陣が、小声で叫んだ。
「――あんにゃイライア様を見たのは、初めてにゃ。恐ろしいにゃ」
猫娘が、耳をぺったんこにして呟く。
「――主殿のことを、名前で呼んでいるではないか。そ、それに、ずっと隣でベタベタと甘ったるい声で。いったいなにをすれば、あのイライア殿が、あんな恋する乙女のようになるのだ」
セレスが血の気の引いた顔で言った。
「――ちょっとレイ。イライアさんの目が、ハートマークになってるじゃない。今日一日、いったいどこでなにやってたのよぉっ」
こず枝が真っ赤な顔で言った。
「なにって……ラーメンを食べて、映画を観て、それから散歩をしただけだ」
「嘘だにゃ!」「嘘だろう!」「嘘ばっかり!」
「嘘じゃない! だいたい、この時間に戻って来てるのに、変なことなんて」
「シッ! イライア様が戻ってくるにゃ!」
「フンフンフーン! あぁワシの礼二郎よ、ひとりにしてすまぬな。これからはずっと側におるゆえ、安心するがよい。ほれ、たんと食べるのじゃ」
ご機嫌最恐魔女が、某昔話アニメのような山盛りご飯を礼二郎に手渡した。
(過保護どころの騒ぎではない……)
こじらせ魔女のこじらせっぷりを知っているロリ、シャリー、セレス、こず枝は、恐れおののいた。
うかつに口を出せば殺される!
このまま見ているしかないのかと、皆があきらめかけたとき、ある人物が動いた。
「イライアさん、礼兄ぃとデートだったんだよね? すっごく仲良くなってるけど、なにかあったの? モグモグ」
英雄〝空気読まないJC〟加代であった。
なんとタメ口である。
出会った当初は怪しいながらも、イライアに対し敬語を使っていた加代だが、いつの間にか、誰も気がつかない間にタメ口になっていたのだ。
だが、当事者のイライアを含む全員が、なんの違和感も不快感も感じていない。
これは一種の才能であろう。
(グッジョブ!)
ロリ、シャリー、セレス、こず枝は心の中でサムズアップした。
「なにかあったかじゃと? ふふん、これは大人の話じゃ。のうダーリ……礼二郎や」
(ダーリン!? 今ダーリンっつった?)
ロリ、シャリー、セレス、こず枝は我が耳を疑った。
「師匠、言い方! その言い方は少し語弊が!」
「あれだけ激しくワシを求めておきながら、なにが語弊じゃ。それになんじゃ、よそよそしい呼び方をしおって。でーと中のように『イライア』と呼ばぬか」
「わぁぁぁぁッ! 師匠ッ、もう勘弁してくださいぃぃッ!」
(激しく求めてェッ!? それに、呼び捨てェェェェッ!?)
ロリ、シャリー、セレス、こず枝はそろって目を丸くした。
ついでに、ホムンクルスメイドのアルファとベータも、口をポカンと開けている。
「ふーん。なんだか意味深だねぇ。ま、いいや。それでね、ロリちゃんと同じ服でプリクラを撮ろうって話になってね! モグモグ」
(ここであきらめるんかーい!)
ロリ、シャリー、セレス、こず枝は心の中で加代に突っ込んだ。
もう少し情報が欲しかったのに……。
と、4人が肩を落としたそのとき、思わぬ所から、意外な神風が吹いた。
「佐々木春香さんとは、どういう関係なんだ?」
「ブファーッ!!」「ぎゃぁぁぁぁす!!」
大萩源太が爆弾発言し、大萩礼二郎が大量のご飯を噴き出し、大萩加代がその被害に遭った。
原因(源)、作用(礼)、結果(加)
大萩三兄妹、夢のコラボレーションであった。
★後書き&補足★
食卓席順
鬼兄 KY妹 美幼女
【トンカツ トンカツ トンカツ】
くっ殺 【トンカツーテーブルートンカツ】 猫耳
【トンカツ トンカツ トンカツ】
JK チェリー、美魔女




