第75話 【美女とヤカラとハイキック】
「あれは魔法ではないのか? 人が空を飛んでおったぞ?」
興奮したイライアが、礼二郎に掴まる手に力を込めた。
ムニィ!
豊満なオッパイを礼二郎の上腕部に押しつける。
「グハッ! 師匠ッ、胸が当たってます! あ、あれは魔法じゃありません。全部作り物なんですよ」
「当てておるのじゃ。なんと、あれが作り物じゃと!? あの巨大な魔獣もか!?」
「あ、当ててって! ほ、本物にしか見えませんが、あの魔獣――ゴドラという怪獣ですが、あれも作り物なんです」
「なんと、あれもか!? てっきりこの世界にも、ベヒーモスがおるのかと思ったぞ。ところで我が弟子よ」
「ええ」
「気付いておったか」
「3人、ですか」
「うむ、なんとも粗末な尾行じゃな」
「映画館を出てからずっとですね。もしかしたら僕を……」
「〝けいさつ〟のことなら心配いらぬぞ。〝チョーカン〟とか言う一番偉い奴に話をつけたからの」
「あ、だから監視の目が……。えっと、誰も殺してないですよね?」
「ワシをなんだと思っておる。ロリスじゃあるまいし無益な殺生はせぬよ。ただお主に関わらないよう言い含めただけじゃ」
「す、すみません。ではこいつらは……」
「直接本人に訊けば良かろう。ほれ、あの先で曲がるぞ。ほれ、行くぞ、ほれほれ」
「だ、だから、胸がぁぁッ!」「だから、当てておる」
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人気の無い裏通りに入ると3人の大柄な男達が、礼二郎達の前に立ち塞がった。
「ふへへ、自分でわざわざこんな場所に来るとはな。しかしたまんねぇ!」
「おい、兄ちゃん。お前は帰っていいぞ。この痴女の姉ちゃんは俺たちに任せな」
「近くで見るとなんつー格好だ。最高かよ! 安心しろ。一晩たっぷり楽しんだら帰してやるぜ。ひっひっひ」
男達はギラギラした目で、最恐魔女イライアの全身をなめ回すように見つめた。
どうやら純粋かつ不純に、ハイパーエロチックOLイライアをご所望らしい。
手段は許せんが、気持ちはわかる。
と、礼二郎は少しだけ、男達にシンパシーを抱いた。
だが師匠は痴女ではない! 参考文献がアレだっただけだ!
「なんと! この平和な世界にも盗賊がおるのじゃな! しかも狙いはワシじゃぞ!」
イライアが興奮気味に言った。
なるほど、異世界ではイライアに絡む者などいないので、新鮮な感覚なのだろう。
この凶悪な魔力を少しでも感知できたら、近づこうとも思わないはずだ。
「盗賊? うーん。ちょっと違うような。こっちの世界では〝チンピラ〟とか〝ヤカラ〟と呼んでますね」
「見たところ手ぶらじゃが、魔法を使うのか?」
「魔法なんて使えませんよ。素手で乱暴するつもりなんです」
「なんと! 魔法も使わず素手でワシを!? それは斬新じゃな!」
「なにゴチャゴチャ言ってやがる! いいから俺たちと、グエェッ!」
イライアの肩を掴もうとした男が、後方に吹っ飛んだ。
ガンッ! 壁に当たり顔面から倒れ、動きを止めた。
「汚い手で師匠に触れるな」
男の腹を蹴った右足を上げたまま、礼二郎が言った。
「このガキが!」 男のひとりがナイフを取り出した。
「ン? 我が弟子よ。あの男が持っているのはなんじゃ?」
「ナイフですね」
「あんな小さな刃物を出してどうするのじゃ?」
「武器として使うのでしょう」
「なんと! あんな小さな刃物でチクチク刺すのか!? それは斬新じゃな!」
「な、なにを話してる……ブワッ!」
ナイフを持った男が横に吹っ飛んだ。
礼二郎の回し蹴りが顔面にヒットしたのだ。
「もしや足だけで倒すつもりか?」
「ええ、僕の手は美しい淑女をエスコートするためのものですから。汚すわけにはいきません」
「ど、どこで、そんなセリフを……。顔が熱くなるではないか」
「あとひとり!」
ゴッ! 呆然と立ち尽くす男の顔面に礼二郎の靴底がめり込んだ。
礼二郎が足を下ろすと、鼻の曲がった男が白目を剥いたままゆっくりと崩れ落ちた。
「無手の体術か。見事なものじゃ」
「エバンスさんに5年間たたき込まれま……ふへ?」
チュッ。礼二郎の頬にイライアの唇が微かに触れた。
「姫を守った騎士へ、ご褒美じゃ」
後書き)
礼二郎は女性といるときは、チンピラ相手に手を汚さない(※物理的)ことを覚えました。
★参考:第15話 【15年振りの故郷とベタな悪党】




