第74話 【師匠、完璧です】
「我が弟子よ、いったいどうしたのじゃ!?」
珍しく狼狽する最恐のこじらせ魔女イライア=ラモーテ。
その眼前、天下の往来で最強賢者は崩れ落ちていた。
両手をつき下を向いた顔から、大量の雫がボタボタと地面のレンガに染みこんでいく。
「これ! 泣くでない!」
イライアの言うとおり、礼二郎は泣いていた。
悲しいからではない。
ましてや、悔しいからでもなかった。
イライアの結界は解かれているらしく、周囲の目が痛かった。
だが礼二郎には、どうしようもなかった。
「もしや、ポンコツセレスのように、なにか間違ったかのう?」
「……違います。師匠は、なにも間違っていません」
礼二郎は下を向いたまま、震える声で言った。
「そ、そうか。よいから早く顔を上げるのじゃ。ワシがいじめておるみたいではないか。ただでさえ、この格好は恥ずかしいのじゃ。これ以上ワシ等に変な注目をさせるでない」
その言葉で礼二郎はようやく、ゆっくりと顔を上げた。
まず、その目に映ったのは、先の尖った(※重要)な黒いピンヒール(※重要)。
そして、すらりとした足(※超重要)を覆う、絶妙に絶対領域を残した(※超重要)黒い編み編みのガーターストッキング(※超重要)。
さらにスレンダー(※超重要)かつ豊満(※人によっては重要)な身体のラインがハッキリとわかる(※重要)黒いスーツに、胸元の大きく開いた(※超重要)白いワイシャツ。
「師匠……」
極めつけは、赤い縁のメガネ(※超最重要)に、前髪を残した(※重要)お団子ヘアー(※超重要)だった。
「完璧です」
礼二郎の理想とする完全無欠絶対正義なOLが、そこにはいた。
この姿で出勤しようものなら、正気を疑われるほどにエロチックで肉食なファッションである。
おそらく所属する部署は『社長愛人課』に違いない。
礼二郎の目から溢れたのは、至高の芸術作品を見たときに流れるであろう感動、感激、魂の涙であった。
「そうか、完璧じゃったか! ふふん! そうであろう、そうであろうとも。 なにせ、お主の『エロ本』とやらで、大量に思念が残っておったページを参考にしたのじゃからな」
なんと! イライアは礼二郎思春期コレクションの閲覧履歴を参照したのであった。
これは中二病をこじらせていたときに書いたポエムを見られるのと同じくらい恥ずかしいことだった。
[例文:愛死美絵無……『愛』する事も『死』ぬ事も『美』し過ぎて『絵』になら『無』い]
「んなっ! バカな! 僕の本は全部、次元収納に保管して……」
「お主が気絶してるときに、尋常じゃないほど思念の残った一冊を借り受けたのじゃ。ほれ返すぞ」
イライアが空中に手を突っ込んだ。
一冊の本を取り出し、礼二郎に渡す。
【〝ハレンチ淫乱OLシリーズ、禁断のオフィスラブ、VOL4〟:部長やめてください! 課長が見てます! そのときコピー機の影で係長が……】
そうデカデカと表紙に書かれた本は、確かに礼二郎コレクションの最重要機密文書であった。
「ぐわぁぁぁぁっ! 《次元収納》ぉぉぉっ!!」
ブーン! 礼二郎は、空中に現れた黒い穴に本を放り投げた。
「さぁ、でーとの続きをするのじゃ!」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「なんじゃ? 〝しゃしん〟とずいぶん違うように見えるが」
目の前に置かれたラーメンを見て、イライアが不思議そうに言った。
「うちの大将がお客さんを見て感動しちゃったんスよ。無理もないッス。壮観ッス。これは感謝のチャーシューらしいッス」
ラーメンを持ってきた茶髪の女性店員が言った。
イライアと礼二郎の前に置かれたドンブリには、スープが見えないほどのチャーシュー。
注文したのはチャーシュー麺ではない。
普通のラーメンである。
カウンターの向こうを見ると、なるほど大将とおぼしき人物が、チラチラとイライアを見て顔を赤くしていた。
いや、この店にいる男が全員チラチラと見ている。
なんという優越感!
それにしても、同好の士がこんなにいたとは。
「そうか。すまぬな。大将とやらに礼を伝えておいてくれ。それでは頂くとしよう」
イライアはそう言うと器用に箸を使い、チャーシューを1枚持ち上げた。
魔女イライアと女騎士セレスは、正しく箸を使えるのだ。
異世界にいるときに、礼二郎が使うのを見て覚えたからだ。
ロリとシャリーは、何度か挑戦したが、すぐにあきらめた。
(日本に来てから、再び練習を始めた)
パクッ。セクシーな唇の奥にチャーシューがエロチックに放り込まれた。
その瞬間、イライアが驚きの表情を浮かべる。
「な、なんじゃこの肉は!」
「どうしました?」
「ものすごく、うまいではないか!」
「ふふふ、師匠。まだです」
「まだ、じゃと? どういうことじゃ!?」
「レンゲ――その白いスプーンを使って、スープを飲んでみてください」
「ふむ、スープじゃな。ズズズ。んな! なんじゃ、このスープは!? ものすごく、うまいではないか!」
「ふふふ、師匠、まだです。まだそこは、ラーメン道の入り口に過ぎません。次はスープを口に含んだまま麺を……」
それからふたりは、ワーワーキャーキャー、なんじゃ、まだです、ふふふ、うまいではないかと言いながらラーメンを食べ続けた。
当然ながら食べている最中、イライアのメガネは湯気で曇っていたのだった(※超重要)。
※後書き
イライア達が食べているのは豚骨ラーメンです。
イライアがエッチな本を拝借したのは『第38話 【目覚めると、そこは……】』の回です。




