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第64話 【謎の占い師】

「ようこそルイーザの酒場へ。今日はどんな仲間を……」

「「ド○クエか!」」


 ザ・占い師といった装いの女性が発した言葉に、チェリーとOLがノータイムで突っ込む。

 黒いフードを目深にかぶっているため、残念ながら顔は確認できない。

 せめて髪の色がわかればいいのだが。


「あら、あなたたち息ピッタリですわね。もう結婚しちゃいなさいよ」


「ねぇ礼二郎君、この人、信用してもいいんじゃないかしら?」


「春香さんチョロすぎるぞ。冷静になるんだ。そもそも、今のは占いではないだろう」


「ふふ、そちらのヘタレは、わたくしのことを疑っているみたいですわね」


 確かに礼二郎は疑っていた。

 しかし、少し話し方が違うし、一人称が〝わたくし〟ではなかったはずだ。

 もしや勘違いだろうか?

 だが、この口の悪さは……。


「ああ、確かに疑っているな」


「いいでしょう。では、わたくしの能力を証明しますわ」


 礼二郎は能力の有無を疑っているわけではない。

 それもわかった上で演技しているのだろうか?


「おもしろい。やってもらおう」


 今のところ確信は持てない。

 だが、これから披露する能力次第では……。


「礼二郎君、どうしちゃったの? なんだか怒ってる?」


 春香の疑問はもっともだった。

 なぜ礼二郎がイライラしているのか。

 それを一番知りたがっているのは、他ならぬ礼二郎本人なのだ。


「見える。見えますわ。予言しましょう。もうじき、この館に男性が訪れますわ」


 占い師が芝居じみた仕草で、卓上の水晶へ手をかざしつつ言った。

 時折コホーッと吐く息の音が、うさんくささを増幅させている。


「……ねぇ、やっぱり怪しいわね、この人」


 春香が礼二郎の耳に小声で囁いたとそのとき、ギィッと、入り口のドアが開いた。


「どうです。予言通りですわね」


 春香と礼二郎が入り口方向へ振り返ると、そこには逆光で見えにくいが、確かに男性が立っていた。


「本当に来ちゃった!」


 春香が声を上げた。


「チーッす。ピザ・フラメンコっす。ミックスピザLサイズお持ちしましたっす」


 現れた男性が気だるそうに言った。


「へ?」


 男性の言葉に、春香が目を丸くした。

 

「お待ちしておりましたわ。さぁさぁ、こちらにお持ちくださいませ」


 占い師が弾んだ声を上げた。


「なによ! 自分で呼んだピザ屋さんじゃない!」


 春香が叫んだ。


 春香の言うとおり、現れた人物は見たまんま、ピザ屋の店員である。

 占い師は卓上の水晶をぞんざいによけた。

 男性がその場所にピザを置き、「料金は3500円っす」と言った。


「支払いはこれでいいかしら? おつりは取っておいてちょうだい」


 占い師は腰につけた袋から1枚の硬貨を取り出し、ピザ屋に渡した。


「へ? これ、なんすか? こういうの困るんすけど」


「あら? それが使えないとなると、わたくしも困りましたわね。仕方ありません。礼二郎さんとやら、立て替えておいてくださいませ」


 占い師は礼二郎の名を呼んだ。

 先の春香との会話で覚えたのか、それとも。


「ちょっ! どうして礼二郎君が立て替えなくちゃいけないのよ! それに予言って、あなたが頼んだピザを届けに来ただけじゃない! こんなのインチキじゃ……」

「いや、インチキじゃない」


 礼二郎が春香の言葉を遮った。

 真面目な声だ。冗談を言っているトーンではない。


「へ? そうなの?」


「ああ、人格はともかく能力は信用できる」


 春香は釈然としない様子だったが、礼二郎の真剣な顔を見て渋々納得した。


「料金は僕が立て替えよう」

 

 そう言って礼二郎は、バリバリバリバリ! マジックテープ式のサイフからお札を取り出し、ピザ屋の男性に支払った。


「マジックテープって……」


 占い師がピザの箱を開けながら、ボソリと呟いた。


 

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ 



「すごかったわね!」


 若い女性で賑わう洋服屋の店内。

 春香が興奮した口調で言った。


「まさか、血液型だけじゃなく誕生日までピタリと当てるだなんて思わなかったわ」


 春香が薄いブルーのシャツを手に取り、言った。

 チラリと見えた値札には、なんと2万円の文字が。

 このシャツ1枚で礼二郎の全身トータル金額を越えている。


「体重は当たってたのか?」


「ノーコメントよ。――ねぇ、本物だと思う?」


 春香がシャツを元あった場所に戻し、ポケットから1枚の硬貨を取り出した。

 いたく気に入っているのか、ことあるごとに触っている。


「本物、かもしれんな。一度鑑定してもらうといい」


「この硬貨もだけど、あの人のことよ」


 占いの館を出る際、礼二郎が立て替えたピザ代の替わりに、占い師は1枚の硬貨をよこした。

 それを礼二郎が春香にプレゼントしたのだった。


「うむ、本物かどうかはさておき、占いは悪い結果ではないし、信じていいんじゃないかな」


「そうね。でも『あなたがやるべきと思ったことを信じて行いなさい』って、どう言う意味かしら?」


「わからんな。それが『春香さんの運命の人とつながる』とも言ってたが」


「運命の人、か」


 春香が礼二郎をジッと見つめる。


「そ、それにしても、まさかあんな悪趣……コホン、個性的な店が、この街にあるとは」


 礼二郎は誤魔化すように話題を変えた。

 悪趣味という言葉を止めたのは理由がある。

 まだ確信は持てないが、もしも()()()()()()()()()大変だ。

 

「そうよね。でも驚いたわ。料金が80万円って。ドッキリかと思ってカメラを探しちゃったわよ」


「その後ごねたら800円になったな」


「なんだか、いろいろと適当な人だったわね。結局最後まで水晶を使わなかったし。――ねぇ、わたしだけ占ってもらったけど、よかったの?」


「ああ、どうも占いってのは苦手なんだ。朝の情報番組で占いがあるだろ? 自分の運勢が最下位のときは、その日一日凹んだ気分になるんだ。だから占い全般は見ないし、聞かないようにしてる」


「あー、なんとなくわかるわ、その気持ち。――あら? 礼二郎君、そういえばマフラーは……」


「ん? あれ?」


「あ、占いの店じゃない? あそこ、えらく暑かったし」


「そういえば……。仕方ない。急いで取ってくるから、春香さんは買い物をしててくれ」


 多少不自然だったか、と思ったが、春香の表情に疑った様子はない。

 場違いな店でいたたまれなかった礼二郎は、逃げるようにオシャレな服屋を後にした。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ 



「モグモグ、ゴックン。あら、いらっしゃい。彼女さんはどうしたのかしら?」


 礼二郎がドアを開けビーズの暖簾をくぐると、占い師はピザをほおばっていた。

 Lサイズのピザが残り三切れまで減っている。

 相変わらずフードを深くかぶり、顔は見えない。


「……彼女じゃありませんよ。って知ってますよね?」


 礼二郎は少し苛立った口調で言った。


「どうしてわたくしが知ってると? あ、なるほどなるほど、占い師なら当然わかるはず、と言いたいわけですわね」


「違います。《アナライズ》」 

 

 礼二郎が占い師に向け、解析魔法を唱えた。

 結果は思った通り【解析不可】

 これで目の前にいるのが、ただ者ではないことがわかった。

 しかし、因縁のある例の忌ま忌ましい()()かは、まだわからない。

 超常的パワーを持つ現地人や、上記の御方と同レベルな存在という可能性も微レ存なのだ。

 だが礼二郎は、確信を持って言った。

 

「あなたが女神様だからです」


「女神、ですって?」

 占い師はそう言って固まり、数秒の後、

「ぷ、アーッハッハッハッハ! ――わたくしが女神ですって?」

 大声で笑った。

「いくらわたくしが美しいからって、女神だなんて! アーッハッハッハッハ!」


「いや、あんたブスだよ? ――あ痛ぁぁぁっ!」


 ゴワンッ! 失礼な発言をした瞬間、どこからともなく現れたタライが、チェリーの脳天を直撃した。

 現在レベル50超えなのに、レベル1で喰らったときと同じくらい痛い。

 どうやらレベルに関係なくダメージを与えるらしい。

 なんとも恐ろしいタライである。


「…………」「…………」


 ふたりの間にしばし沈黙が流れた。


「天罰を利用するとは、やりますね。ふぅ、いつから気付いて? あ、ピザ食べます?」


 パサリとフードを下ろすと、艶やかな緑の髪がフワッと露わになった。

 相変わらず、すさまじい美貌だ。

 もっとも、口の周りについたピザソースが大幅に美しさを損ねているが。


「いえ、結構です。この建物に入ったときから、なんとなく気付いてましたよ。――女神様は、ここで一体なにを?」


 ピザ屋に支払った()()もヒントだった。それ以前に、第一声を聞いた瞬間イラッとしたから気付いた、とは言えなかった。


 もしやこの残念女神は、前回、礼二郎が最後に○指を立てたのを根に持っているのだろうか。

 それともやはり、能力の回収に……。


「まあ、おかけになって――よかったら、お飲みください。ピザに合う飲み物ですよ」


 礼二郎が女神の対面に腰を下ろすと、テーブルの上に毒々しい真っ赤な飲み物が現れた。

 女神はもう一切れのピザを口に運んだ。


「モグモグ、ゴックン。はぁ、この世界の食べ物は、なんて美味しいのでしょう。あら、残り二切れになってしまいました。ところで最後のひとつって、すごく美味しいですよね」

 口周りのピザソースを追加して、恍惚とした表情を浮かべた。

 ジトッと見つめる礼二郎の視線に気付き、コホンと咳払いを一つ。

「まず最初に誤解を解いておきましょう。あなたは私のことをよく思っていませんね?」


「……黙秘させてもらおう」


 なにをわかりきったことを、と思いつつ礼二郎は答えなかった。

 正直に答えるとタライが落ちてくるからだ。


「魔王討伐までさせておきながら、禄に報酬も渡さず異世界から追放したひどい女神だと、そう思っているのではないですか?」


 ビンゴ。

 さらに言うなら、女神かどうかすら疑っている。

 だが、口には出さない。


「……それが誤解だと?」


「ええ、誤解です。私はあなたの願いを叶えましたよ。当初の契約通りに」

 

 このインチキ女神は、なにを言っている?

 もしかして、精神に支障をきたしているのか?

 狂った神? 冗談じゃない!

 触らぬ神に祟りなしだ。

 すでに祟られている分は仕方ないとして、これ以上は御免被る。

 ここは当たり障りのない言葉で、そっとフェードアウトだな。


「ふむふむ、なるほど、なるほど。じゃあ僕はこれで……」


「ちょっ! なにか失礼なことを考えていませんか? 違いますから! 勘違いでも妄想でもありませんから! 私は確かに契約に従い、あなたの望みを叶えました。ただあなたが覚えていないだけです。認識していないだけなのです」


「認識していない? でも僕が覚えてないんですよ? そんなの言った者勝ちじゃないですか」


「私はごまかしや冗談は言っても、嘘はつきません。――それは、わかってますよね?」


「グッ……」


 礼二郎は言葉に詰まった。

 事実、心の奥底では、先の言葉が嘘偽りでないと確信できているからだ。


「どうやら、誤解も解けたようですね」


 ピザソースまみれの汚れた口で、女神がニコリと笑った。

 やはり残念な美人である。


「いやいやいや! なら、その叶えた望みってなんですか!? まず、それを教えてくださ……」


「だまらっしゃい。さて、私が今ここにいる理由ですが」


 女神は礼二郎の言葉をガン無視した。

 相変わらず腹立つわぁ。


 して、その内容とは……。



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