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 閑話3 【刑事田中と、こず枝の逆鱗】


 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ 



【2019年1月25日(金)午後5:14 】

 


「公安の田中と申します。少しお話を伺ってもよろしいでしょうか?」


 田中は赤い髪の少女に声をかけた。

 少女が家の門をくぐったのを確認してから、車から降りてきたのだ。


「刑事さん……ですか?」


 少女は警戒しつつ言った。 

 田中の提示した手帳で、本物の刑事であると確認できたはずである。

 しかし少女は警戒を緩めなかった。

 それに時間を気にしているようだ。

 腕時計をチラチラと確認している。


「あなたのことではなく、大萩礼二郎君について少し聞きたいだけです。あ、彼を逮捕するわけではないので、ご安心ください」


 田中は柔らかい物腰で言った。

 この少女が大萩礼二郎と交際をしていることは、部下の鈴木からの調書で知っている。

 だが、交際を始めてまだ数日しか経っていない。

 田中はそこに違和感を感じた。

 幼馴染みである男の子と交際するのはいい。

 だが、なぜ今なのか?

 行方不明から戻ってすぐに付き合い始めた理由は?

 田中はそれが気になっていた。


「わかりました……。ここではなんですので、どうぞお上がりください」


 少女は渋々と言った感じだ。

 警察手帳で確認したとは言え、怪しい男を家に上げるのは抵抗があっただろう。

 それでも家に入れるのは、近所の目があるからだろうか。

 

 だが、田中はそれ以外の理由があるのでは、と疑った。

 穏便にことを済ませようとする輩が、よくこう言った態度を示す。


(なにかあるな)

 

 田中は経験から、少女になにかやましいことがあるのだと感じ取った。

 

「では、お言葉に甘えて」


 田中は少女の後に続いて、玄関のドアをくぐった。


「おや?」

 田中は靴箱の上に目をとめた。

「きれいな花ですな。この時期に咲くなんて珍しい。なんて花ですか?」


「あ、それ、もらい物なんです。きれいですよね。わたしも名前がわからないんですよ」


 少女が一瞬警戒を緩め、うれしそうにした。

 が、すぐにハッと気付いたように顔になり、また警戒の色を濃くした。


(なるほど、礼二郎君からのプレゼントか。なかなか粋なことをするな)



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ 



「ご両親はお仕事ですか?」


 田中がお茶をすすりながら尋ねた。

 リビングのL字型ソファーに腰を下ろしている。

 

 できればダイニングテーブルで対面に座りたかった。

 対面だと相手の表情が読み取りやすいからだ。

 だが少女からここへ座るよう指示されたのだ。

 それを断る理由は残念ながら思いつかなかった。


「母は離婚して出て行きました。父は長期出張中です」


 少女が、冷めた表情で答えた。

 田中の左斜めの位置。

 まるでセリフを棒読みするような口調だった。


「失礼。言いにくいことを聞いてしまいましたね。失礼ついでにもうひとつ。どうして母親についていかなかったのですか?」


 田中はすでに知っていることを聞いた。


()()()はすでにお付き合いしている方がいましたから……」


「なるほど。お母さんも出て行って、お父さんは長期出張中……。こんな広い家にひとりでは、ずいぶんとさみしいでしょう」


「さみしくなんてありません。()()()()は一緒にいてもケンカばっかり……。いなくなって清々しています」


 少女が複雑な表情で言った。

 怒りをベースに、さまざまな感情が読み取れた。

 少女は否定したが、そのなかに“寂しさ”も含まれているのを田中は感じ取っていた。


「込み入ったことを聞きすぎました。申し訳ない。ところで礼二郎君についてなんですが、幼馴染みの目から見て、失踪前と今で、なにか変わった点は無かったかな?」


 田中は急になれなれしい口調になった。

 状況の急激な変化で、相手に考える隙をなくすのが目的だ。

 一番効果的なのは怒鳴ることだが、この状況で使うわけにはいかない。


「あ、ありません! レイはずっとレイのままです!」


 田中の作戦が功を奏したのか、少女は声を荒げた。


(嘘をついてるな)


「なるほど。じゃあなぜ礼二郎君と交際しようと思ったんだい? 君ならもっといい男が沢山言い寄ってくるだろう」


 田中はまたしても相手の感情を揺さぶった。


「レイが好きだから付き合ってるんです! 他に理由はありません!」


「彼のどんなところが?」


「ど、どんなって……。や、やさしいところとか……」


「しかし彼は少し優柔不断なところがあるし、男として少々頼りないよね」


「頼りないですって!?」

 少女がさらに声を荒げ言った。

「レイほど頼りになる人なんてこの世にいません! そ、そりゃ優柔不断なところはあるけど……」


(これは本心か……)


「失礼。大事な彼氏のことを悪く言ってしまったかな。君たちはお似合いのカップルだと思うよ。礼二郎君はなかなかのイケメンだしな」


「そ、そうですか?」


「交際してまだ数日か。毎日が楽しくてしょうがない時期だな」


「……ええ、そうですね」


(ん? ここでトーンダウンだと? ケンカでもしたのか?)


「礼二郎君のが失踪中、どんなことをしていたか聞いたかい? 彼の証言はどうもあやふやでね」


「さ、さあ。そう言った話はしませんから」


(また嘘か……)


「おじさんは、礼二郎君が失踪中、変な連中に洗脳されたと思っているんだ。知ってることがあれば、隠さずに教えて欲しいな」


 田中が思っていることを少し大げさに言うと――

 

「変な……連中……洗脳ですって?」

 

 ――少女の態度が急変し――

 

「レイは洗脳なんかされていません! 昔のやさしいレイのままです! 知りもしないのに適当なこと言わないで!」

 

 ――とんでもない殺気を放った。


(っ!? な、なんだ、この気配は!?)


 田中の第六感が警報を鳴らした。

 まるで拳銃で急所を狙われているような気分だ。

 一歩間違えたら、命がない――田中はそう感じていた。

 武道の達人である田中が、目の前の小柄な少女に、である。


「少しカマをかけたんだが、言い過ぎたようだ。すまなかった」


 田中が素直に謝ると、少女の纏った殺気は嘘のように消え失せた。


「す、すみません。わたしったら大きな声をだして……」

 

 そして少々バツの悪そうな顔になった少女が頭を下げた。


 それからは当たり障りのない質問をいくつかして、田中は菊水こず枝の家を後にした。

 玄関を出る際、シューズボックスの上にある花瓶の花が、なぜか気になった。


「こず枝ちゃん。この花を写真に撮っても構わないかな? おじさんはこう見えて、植物が好きでね」


 田中の言葉に、少女は少しためらいの表情を浮かべた。

 

「え、ええ、かまいません」


 なぜか焦った声で答える少女に、田中は違和感を感じた。

 

(礼二郎君からのプレゼントだから、なのか? ……よくわからんな)


 田中は深く追求することなく、携帯で花の写真を撮った。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ 

 


 バタンッ。

 

 車に戻った田中は全身にしっとりと汗をかいていた。


(礼二郎君は昔のままだと言い切ったな)

 

 田中は、そのとき少女の身に起こった変化を思い出し、身震いした。

 あの圧倒的な怒り、そして殺気を。

 

(いったいなにが菊水こず枝の“()()”にふれたのか……ん?)


 そのとき携帯のバイブが着信を知らせた。


「はい、田中です。今聞き取り中……え?」


 田中の表情が険しくなった。


「大萩礼二郎の調査を中止しろ? どういうことですか!?」


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