第57話 【チェリーの下心】
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「この式は◎※の第二公式を応用したもので……」
午後、礼二郎は数学教師の呪文を、なんとか解読しようとした。
(フッ、まったくわからん)
が、すぐに無駄だとわかった。
15年の異世界生活は、中の中だった成績を下の下まで引きずり下ろしていたのだ。
(はあ。どうにも困ったものだな)
理解をあきらめて窓の外を眺めると、グラウンドでは生徒達が体育の授業を受けていた。
(こず枝には、体育で本気を出さないように念を押さなければな)
レベル1の今なら大丈夫だろうが、レベル5あたりになると、世界記録を余裕で樹立してしまうだろう。
(こず枝より自分の事だ。体育はいいとして、他の教科はマズいな)
期末テストのことを考えると胃が痛くなる。
(しかし平和だ)
朝は曇りだった空も、今は青が多くなっている。
この日礼二郎は、初めて平和な学園生活を過ごしていた。
女子から激しく嫌われているし、こず枝弁当のおかずが極端に少なかったが、そんなのは些細なことだ。
なにせ、大量の毒蛇に噛まれる心配がない。
ぼっちになるわけでもない。
ましてや、魔王が誕生するわけでもないのだ。
まさに平和そのものである。
女子から嫌われている件に関して、昨夜のセレスとの一件で謎の自信がついたからなのか、礼二郎は平気になっていた。
『キモい』 と言われても、『ああ、ジャガイモがなにか言ってるな』としか思えない。
『死ねばいいのに』、と言われても、『はいはい、ワロスワロス』としか感じなかった。
どんなに罵倒されようが、昨夜の公園でのことを考えると、ふわふわとした幸せな気分になるのだ。
(フフン、いくらでも陰口を叩くがいい。僕には女神達がついているのだからな)
礼二郎にとって女神とは、セレスやイライア、ロリ、シャリーのことだ。
断じて、緑髪のリアル残念女神のことではない。
あれは文字にすれば〝憑いている〟であって、いわば呪いの類いだ。
美魔女、美幼女、猫耳美少女、正統派金髪美人。
チェリーを包囲する女神は、あらゆるジャンルを網羅した完璧な布陣である。
普通の女子高生など、つけいる隙があろうか。
(そう考えると、こず枝はすごいな)
こず枝の容姿は異世界組と並んでも、まったく引けを取らない。
たいした物だ。
(そんな美人を、嘘とはいえ彼女にしてる僕も、なかなかたいした……)
礼二郎はちんぷんかんぷんな数学の授業中、我知らずそんなことを考えて、ハッと我にかえった。
(いかんいかん。僕はなんて失礼なことを)
クラスの女子も生物学上は、一応♀なのだ。
これは立派なセクハラである。
今思ったことをそのまま口にすると、またまたチェリーの評価が新たな次元へとブレイクスルーしてしまうだろう。
気をつけねば。
(そもそも陰口を言われなきゃ、こんなこと考えたりしないのだがな)
「であるからして、この問題には□※の公式を当てはめて……」
数学教師の難解な言葉を聞き流しつつ、礼二郎はため息を吐いた。
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放課後、今日も下校は、こず枝と一緒だった。
こず枝は、なぜか少し怒っていた。
「なぜ怒ってるんだ?」 恐る恐るチェリーが聞くと、「怒ってないわよ!」と、怒られたので、それ以上は怖くて聞けなかった。
乙女心は相変わらず、理解不能の予測不可である。
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コンコン。
礼二郎が部屋で着替えていると、ノックの音が聞こえた。
「どうぞ」
礼二郎の予想では、来訪者はセレスだった。
ロリは低い位置でノックするし、シャリーはそもそもノックをしないのだ。
シャリーさん、マジ勘弁して下さい。
礼二郎の――★【 IT’S賢者TIME!】★――は猫娘により阻まれているといっても過言ではない。
「おじゃまするぞ、マスター」
ドアを開けたのは意外にも、人工生命体メイドのベータだった。
赤い髪のメイドは部屋へ足を踏み入れ、ドアを閉めた。
「ベタさんか。どうした?」
礼二郎はベッドに腰掛けた。
ちなみにベッドの下にはもう【思春期コレクション】は存在しない。
すべて【次元収納】にしまってある。
そうしないとロリやシャリーが勝手に見て、妙な知識を増やしてしまうからだ。
なんとイライアの護符の翻訳機能は、文字にも適用されたのだった。
おかげで礼二郎の英語の成績だけは安泰であろう。
「今朝マスターがイライア様に相談した件だ」
赤髪のメイドが背中に手を回し、エプロンのヒモをほどいた。
「ロリの件か? それよりどうしてエプロンのヒモを?」
「今、イライア様はマスターのために、新しい魔術を創ってる最中だ」
ベータが礼二郎の質問に答えることなく、エプロンを脱いでいく。
パサリ。
エプロンが床に落ちた。
「師匠が魔術を? そ、それより、なぜエプロンを脱いだ?」
「オレとアルファは、イライア様から相談を受けたんだよ」
赤い髪のメイドが袖のボタンを外しながら言った。
微妙に会話がかみ合っていない。
いや、礼二郎とベータの認識がずれているのだろうか。
「そ、相談? アルさんもか? そ、それより、なぜボタンを外すんだ?」
「マスターが苦しんでるから、魔術が完成するまでの間、どうにかしてやって欲しいってな」
首の後ろに手を回し、ホックを外すと、パサリ……リボンのチョーカーが床へ落ちた。
ふたりの認識が一致しつつあった。
だがそれは……。
「どどど、どうにかって、どどど、どういうことなんだ!?」
チェリーの視線はベータに釘付けだった。
端正な顔立ち(歌手、長谷川由佳の顔)に、バランスのいい細身の身体。
改めて見ると、とんでもない美人である。
ゴキュリ。
礼二郎が喉を鳴らした。
「マスター。これからこの部屋で起こることは、口外出来ないようになってるんだ。つまり……」
襟のホックを外し、背中のボタンを器用に外していく。
メイド服の仕組みを知らなかった礼二郎は、知的好奇心とエロスへの飽くなき探究心な眼差しで、それを見つめ続けた。
「つ、つまり?」
ベータの両肩がむき出しとなった。
礼二郎は目が離せない。
「オレを好きにしてもいいってことだ」
パサリ……。
メイド服が落ちた。
意外にもピンクな下着が露わになる。
ふたりの認識が完全に一致した。
この状況はつまりアレなわけである。
「だだだ、ダメだ! そそそ、そんなことダメだ! で、できるわけない!」
チェリーの劣勢な道徳心が必死な抵抗をした。
今のところリビドーが圧倒的に優勢である。
「あのな、マスター。オレ達を人間扱いなんてしなくていいんだぞ?」
「え、いいの? ――いやいやいや、ダメだろ!」
「オレ達はしゃべる人形。主人に奉仕する事がオレ達の存在意義なんだ」
「え、そうなの? ――いやいやいや、それでもダメだろ!」
「なぁ、マスター。オレの身体って魅力ないのかな」
「ありすぎるから困ってるんだよ!」
「そうか! アルファみたいに胸がでかくないから心配してたんだ! じゃあ、遠慮無く使ってくれ。それとも……」
「そ、それとも?」
「こう言った方がいいか? 主殿。わたしを……好きにしてくれないか」
「ふわっ!? せ、セレス!?」
プチン。
チェリーの中にあるナニかが、音を立てて千切れた。
この瞬間、チェリーの理性やら道徳心やら恥じらいやら、モロモロの人として手放してはならないものが、リビドーのメガトンパンチで吹っ飛んだのだ。
ニヤリ――その様子を見たベータが淫靡に笑った。
「バッチこーい!」
べーたがぶらじゃーをはずした。
「うおぉぉぉぉぉっ!」
ちぇりーがたちあがった(笑)。




