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第57話 【チェリーの下心】

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ 

 


「この式は◎※の第二公式を応用したもので……」


 午後、礼二郎は数学教師の呪文を、なんとか解読しようとした。


(フッ、まったくわからん)


 が、すぐに無駄だとわかった。

 15年の異世界生活は、中の中だった成績を下の下まで引きずり下ろしていたのだ。


(はあ。どうにも困ったものだな)

 

 理解をあきらめて窓の外を眺めると、グラウンドでは生徒達が体育の授業を受けていた。


(こず枝には、体育で本気を出さないように念を押さなければな)


 レベル1の今なら大丈夫だろうが、レベル5あたりになると、世界記録を余裕で樹立してしまうだろう。


(こず枝より自分の事だ。体育はいいとして、他の教科はマズいな)


 期末テストのことを考えると胃が痛くなる。


(しかし平和だ)


 朝は曇りだった空も、今は青が多くなっている。

 この日礼二郎は、初めて平和な学園生活を過ごしていた。

 女子から激しく嫌われているし、こず枝弁当のおかずが極端に少なかったが、そんなのは些細なことだ。

 なにせ、大量の毒蛇に噛まれる心配がない。

 ぼっちになるわけでもない。

 ましてや、魔王が誕生するわけでもないのだ。

 まさに平和そのものである。

 

 女子から嫌われている件に関して、昨夜のセレスとの一件で謎の自信がついたからなのか、礼二郎は平気になっていた。

『キモい』 と言われても、『ああ、ジャガイモがなにか言ってるな』としか思えない。

『死ねばいいのに』、と言われても、『はいはい、ワロスワロス』としか感じなかった。

 

 どんなに罵倒されようが、昨夜の公園でのことを考えると、ふわふわとした幸せな気分になるのだ。


(フフン、いくらでも陰口を叩くがいい。僕には女神達がついているのだからな)


 礼二郎にとって女神とは、セレスやイライア、ロリ、シャリーのことだ。

 断じて、緑髪のリアル残念女神のことではない。

 ()()は文字にすれば〝憑いている〟であって、いわば呪いの類いだ。


 美魔女、美幼女、猫耳美少女、正統派金髪美人。

 チェリーを包囲する女神は、あらゆるジャンルを網羅した完璧な布陣である。

 普通の女子高生など、つけいる隙があろうか。

 

(そう考えると、こず枝はすごいな)

 

 こず枝の容姿は異世界組と並んでも、まったく引けを取らない。

 たいした物だ。


(そんな美人を、嘘とはいえ彼女にしてる僕も、なかなかたいした……)

 

 礼二郎はちんぷんかんぷんな数学の授業中、我知らずそんなことを考えて、ハッと我にかえった。


(いかんいかん。僕はなんて失礼なことを)

 

 クラスの女子も生物学上は、一応♀なのだ。

 これは立派なセクハラである。

 今思ったことをそのまま口にすると、またまたチェリーの評価が新たな次元へとブレイクスルーしてしまうだろう。

 気をつけねば。


(そもそも陰口を言われなきゃ、こんなこと考えたりしないのだがな)


「であるからして、この問題には□※の公式を当てはめて……」


 数学教師の難解な言葉を聞き流しつつ、礼二郎はため息を吐いた。

 

 

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ 

 


 放課後、今日も下校は、こず枝と一緒だった。

 こず枝は、なぜか少し怒っていた。

 「なぜ怒ってるんだ?」 恐る恐るチェリーが聞くと、「怒ってないわよ!」と、怒られたので、それ以上は怖くて聞けなかった。

 乙女心は相変わらず、理解不能の予測不可である。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ 



 コンコン。

 

 礼二郎が部屋で着替えていると、ノックの音が聞こえた。


「どうぞ」


 礼二郎の予想では、来訪者はセレスだった。

 ロリは低い位置でノックするし、シャリーはそもそもノックをしないのだ。

 シャリーさん、マジ勘弁して下さい。

 礼二郎の――★【 IT’S賢者TIME!】★――は猫娘により阻まれているといっても過言ではない。


「おじゃまするぞ、マスター」


 ドアを開けたのは意外にも、人工生命体(ホムンクルス)メイドのベータだった。

 赤い髪のメイドは部屋へ足を踏み入れ、ドアを閉めた。


「ベタさんか。どうした?」


 礼二郎はベッドに腰掛けた。

 ちなみにベッドの下にはもう【思春期コレクション】は存在しない。

 すべて【次元収納】にしまってある。

 そうしないとロリやシャリーが勝手に見て、妙な知識を増やしてしまうからだ。

 なんとイライアの護符の翻訳機能は、文字にも適用されたのだった。

 おかげで礼二郎の英語の成績だけは安泰であろう。


「今朝マスターがイライア様に相談した件だ」


 赤髪のメイドが背中に手を回し、エプロンのヒモをほどいた。


「ロリの件か? それよりどうしてエプロンのヒモを?」


「今、イライア様はマスターのために、新しい魔術を創ってる最中だ」


 ベータが礼二郎の質問に答えることなく、エプロンを脱いでいく。

 パサリ。

 エプロンが床に落ちた。


「師匠が魔術を? そ、それより、なぜエプロンを脱いだ?」


「オレとアルファは、イライア様から相談を受けたんだよ」


 赤い髪のメイドが袖のボタンを外しながら言った。

 微妙に会話がかみ合っていない。

 いや、礼二郎とベータの認識がずれているのだろうか。


「そ、相談? アルさんもか? そ、それより、なぜボタンを外すんだ?」


「マスターが苦しんでるから、魔術が完成するまでの間、どうにかしてやって欲しいってな」 


 首の後ろに手を回し、ホックを外すと、パサリ……リボンのチョーカーが床へ落ちた。

 ふたりの認識が一致しつつあった。

 だがそれは……。


「どどど、どうにかって、どどど、どういうことなんだ!?」


 チェリーの視線はベータに釘付けだった。

 端正な顔立ち(歌手、長谷川由佳の顔)に、バランスのいい細身の身体。

 改めて見ると、とんでもない美人である。

 

 ゴキュリ。

 礼二郎が喉を鳴らした。


「マスター。これからこの部屋で起こることは、口外出来ないようになってるんだ。つまり……」


 襟のホックを外し、背中のボタンを器用に外していく。

 メイド服の仕組みを知らなかった礼二郎は、知的好奇心とエロスへの飽くなき探究心な眼差しで、それを見つめ続けた。


「つ、つまり?」


 ベータの両肩がむき出しとなった。

 礼二郎は目が離せない。


「オレを好きにしてもいいってことだ」


 パサリ……。

 メイド服が落ちた。

 意外にもピンクな下着が露わになる。

 

 ふたりの認識が完全に一致した。

 この状況はつまりアレなわけである。


「だだだ、ダメだ! そそそ、そんなことダメだ! で、できるわけない!」


 チェリーの劣勢な道徳心が必死な抵抗をした。

 今のところリビドーが圧倒的に優勢である。


「あのな、マスター。オレ達を人間扱いなんてしなくていいんだぞ?」


「え、いいの? ――いやいやいや、ダメだろ!」


「オレ達はしゃべる人形。主人に奉仕する事がオレ達の存在意義なんだ」


「え、そうなの? ――いやいやいや、それでもダメだろ!」


「なぁ、マスター。オレの身体って魅力ないのかな」


「ありすぎるから困ってるんだよ!」


「そうか! アルファみたいに胸がでかくないから心配してたんだ! じゃあ、遠慮無く使ってくれ。それとも……」


「そ、それとも?」


「こう言った方がいいか? ()殿()。わたしを……好きにしてくれないか」


「ふわっ!? せ、セレス!?」


 プチン。

 

 チェリーの中にあるナニかが、音を立てて千切れた。

 この瞬間、チェリーの理性やら道徳心やら恥じらいやら、モロモロの人として手放してはならないものが、リビドーのメガトンパンチで吹っ飛んだのだ。


 ニヤリ――その様子を見たベータが淫靡に笑った。


「バッチこーい!」


 べーたがぶらじゃーをはずした。


「うおぉぉぉぉぉっ!」


 ちぇりーがたちあがった(笑)。


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