第56話 【シャリーの心】
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礼二郎と加代が学校に出かけてしばらくした後。
「おはよう、シャリー。れいじろう様はがっこうかしら?」
リビングに来たロリが、ソファーでテレビにかじりつく猫娘に話しかけた。
「おはようロリロリ。お前も少し寝不足みたいだにゃ」
「仕方ないわね。これも作戦のためだもの」
ロリがシャリーの隣に腰掛けた。
「寝言のフリして泣き落とすのが作戦かにゃ?」
「え? ど、どうして知ってるの?」
「ご主人様が、ロリロリの声を記録してたのにゃ」
「……もしかして、みんなも聞いたの?」
「イライア様とむっつりセレスも聞いたにゃ。でも安心するにゃ。アチシ以外は演技だと気付いてないにゃ」
「そう。……このまま黙っててくれる?」
「その前に、アチシの質問に答えるにゃ」
「……なに?」
「ご主人様は寝不足と欲求不満でぶっ倒れそうになってるにゃ。ロリロリはもしかしてご主人が手を出してくるまで続けるつもりかにゃ? それがロリロリとロリスの作戦かにゃ?」
「……そうよ。悪い?」
「悪いに決まってるにゃ! ご主人の体調を崩すような真似をするだにゃんて、どうかしてるにゃ!」
「…………」 ロリは顔を伏せた。
「この世界に来てからおかしいにゃ! こんなのロリロリらしくないにゃ!」
「……じゃない」 顔を伏せたままロリは呟いて、そして――。
「仕方ないじゃない!!」
勢いよく立ち上がって叫んだ!
「ロリだってこんな真似したくない! でも仕方ないじゃない!」
ロリが普段からは想像できないほど感情を露わにした。
目には涙が浮んでいる。
「ロリロリ……」
「ロリはセレス様より年上なのよ! なのに、ずっとずっとこんな身体なんだよ!」
「…………」
「イライア様やセレス様やこず枝様みたいな大人の身体だったら、こんな卑怯な真似しないわよ! まともにやってたら、れいじろう様がロリなんかを……こんな化け物の血が混じった子供なんか選ぶわけ……ないじゃない……うわぁぁぁん!」
ロリが顔を両手で覆ってソファーに座り、嗚咽を上げた。
「どうしたのだ! なにがあ……ろ、ロリ? どうして泣いているのだ!」
エプロン姿のセレスが、キッチンから飛び出してきた。
「にゃんでもないにゃ。これは女同士のでりけーとな問題だにゃ。セレスは引っ込んでるにゃ」
「……そうか。邪魔した……って、うぉぉぉい! わ、わたしも女だぁ!」
「いいからあっちに行くにゃ! シッシッ!」
シャリーがセレスに目配せをしながら手で追い払った。
セレスはぶつくさ言いながらも、シャリーの意をくみ取ってキッチンへと戻っていった。
「にゃあ、ロリロリ」
シャリーがロリの背中を撫でる。
「ロリロリの気持ちは少しわかるにゃ。わかるにゃんて言われたくないのもわかってるにゃ」
ロリは返事をしない。
ずっと嗚咽を上げている。
「アチシも獣人だからって、今まで肩身の狭い思いをしてきたにゃ」
ロリは返事をしない。
「獣人のアチシがご主人に選ばれないのはわかってるにゃ。でも……それでもいいにゃ」
「……え?」 ロリが泣き腫らした顔を上げた。
「勘違いしないで欲しいにゃ。ロリロリもあきらめろって言ってるわけじゃないのにゃ。アチシはご主人様に恩を返せれば、それでいいって意味にゃ」
「…………」
「アチシはロリロリが、ご主人様に選ばれて欲しいと思ってるにゃ」
「シャリー……」
「でも、それと同じくらいセレスにも選ばれて欲しいにゃ」
「セレス……様」
「ロリロリも同じ気持ちだにゃ?」
「……ええ、ロリだってセレス様が選ばれて欲しい。セレス様には選ばれる権利があるもの。そんなの承知してるわ。でも……え? しゃ、シャリー?」
ロリの語尾が驚きの声を上げた。
シャリーがロリの言葉が終わる前に、強く抱きしめたのだ。
「いいにゃ……。もうなにも言わなくていいにゃ。アチシは誰にも言わないにゃ。でも覚えてて欲しいことがあるにゃ」
「覚えてて……欲しいこと?」
「アチシはこれまでも、これからもずっとずっと、ロリロリの味方なのにゃ」
シャリーがロリを抱きしめたまま、頭を撫でた。
「シャリー……ありが……とう……うわぁぁぁん!」
ロリは泣いた。
泣きながらシャリーを強く抱きしめ返した。
『こわいよう……さみしいよう……シャリー、どこにいるの……』
このときシャリーは思い出していた。
礼二郎が記録したロリの音声を。
(させないにゃ)
ロリは最後に、シャリーへ助けを求めたのだ。
礼二郎ではなく、シャリーへ。
(ロリロリを不幸にさせないにゃ)
その言葉だけは演技ではない。
シャリーには確信があった。
(アチシが絶対に……)
ロリをさらに強く抱きしめ――唇をキッと引き結んだ。




