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第51話 【3000万円、ドーン!】

【2019年1月24日(水)午後7:35 大萩家リビングにて】

 


「みなさんに、少し残念なお知らせがあります」


 少し残念な妹、加代が、テレビの前で腰に手を当て、言った。

 その右側に緑髪メイド、左側に赤髪メイドを従えている。

 まるで水○黄門の決めシーンのようだ。


 そして異世界組、こず枝、礼二郎がソファーに腰を下ろし、仁王立ちの残念女子中学生に注目している。

 なかなかシュールな絵面である。

 なぜこうなったのか。


 時は五分前。

 突如「全員リビングに集合するように!」と号令がかかった。

 理由の説明も無しにだ。

 号令をかけたのは加代だが、それを知らせに来たのは【人工生命体(ホムンクルス)】のアルファだった。

 どうやら加代は、一日でメイドを使うことを覚えたらしい。


 そして現在の状況に到っている。

 

 ちなみに、現時点で、人工生命体(ホムンクルス)二体に命令権限を持つものは三人。

 魔女イライア、チェリー礼二郎、そして残念中学生の加代である。

 とはいえ加代に関しては、命令の範囲に制限がかかってある。

 そうしないと、魔法や異世界のことが、歩く拡声器である加代に筒抜けとなってしまうからだ。


 



「みなさんご存じでしょうが、大萩家は裕福ではありません。貧乏と言っても過言ではないでしょう。うちには大飯喰らいの4人を養う余裕がないんです。ですので、みなさんから家賃を徴収します!」


 加代は胸を反らせつつ、高らかに宣言した。どうもこの残念妹は、貧乏を誇らしく思っているふしがある。

 家賃に関しては、昨夜のうちにでも兄の源太と相談して決めたのだろう。

 どうして、自分ひとりが決めたかのように堂々とできるのだろうか。不思議でならない。


「ふむ、至極当然の要求じゃな」 「了解です、加代様!」 「当然払うにゃん」 「うむ、よろこんで支払おう。ちなみに家賃はいくらだろうか?」


「1人、月2万円です。これ以上びた一文まける気はありません!」


「なるほどのぅ。これ、妹御よ。少し目を閉じておれ。――アルファ」

「了解しました。イライア様」

 イライアの命に従い、緑髪のメイド、アルファが加代の目を手で覆う。


「えぇぇぇっ!?」

 

 声を上げたのは礼二郎だ。


「え? れ、礼兄ぃ、どうしたの!? ちょ、アルファさん、離してよ!」


 加代が目隠しを外そうと藻掻く。アルファの手はびくともしない。


「――アルファよ、もうよいぞ」

「はい。――加代様、失礼しました」


 アルファが手を離し、頭を下げた。


「……なんなのよ、アルファさん。え……えーっ!」

 

 驚きの声を上げ、加代のまん丸な目は、ローテーブルの上に釘付けとなった。

 そこには見たこともない()()の札束があったのだ。


「た、大金だぁぁっ! こここ、これいくらあるのぉ!」

「どどど、どうしたんですか!? こんな大金!」

 貧乏兄妹が声を上げた。


(きん)を売ったのじゃ」

 

「高さ1センチで100万円だから……全部で3000万円くらいかしら?」

 こず枝が目を丸くしながらも冷静に、言った。


「これから世話になるのじゃ。遠慮無くうけとるがいい」


「いいんですか! やったーっ! 明日から毎日ステーキだぁ! いや、それより洗濯機と冷蔵庫を大きいのに替えて、掃除機も最新式のにして、パソコンも高性能のを買って、それで、それで……」


「ダメだ、加代! 師匠……このお金は受け取れません」


「む? 我が弟子よ、どういうことじゃ?」


「師匠……。換金した金は、()()()()()ですね?」


「だったら、どうだと言うのじゃ?」


「これは【禁忌】です。【錬成した金を市場に流通させるべからず】と定められているはずです」


「それは、向こうの世界の話であろう」


「……それでもです。こちらの世界でも、『市場を混乱させる』という意味では黙認できません」


「礼兄ぃ、なに堅いこと言ってるのよ! よくわかんないけど、捕まるわけじゃないんでしょ? じゃあ別にいいじゃん!」

「そうよ、レイ。そりゃあ、これからもずっと……っていうなら考えものだけど」


「ダメだ! 個人で使う分にはいい。それは自己責任だ。だが、大萩家の家賃として受け取るわけにはいかん!」


「……我が弟子よ。少し落ち着くがいい。これは手持ちの金貨を換金したものじゃよ」


「……え?」


「それすらダメと言うなら、ワシ等は全員、無一文から生活をせねばならんぞ?」


「れいじろう様……ロリも金貨くらいしか、お金に換えるものが……」

「アチシもだにゃ」

「わたしもだな。剣や鎧が売れるのならいいのだが……」

「レイ……」


「……わかりました」

 渋々といった面持ちで礼二郎が折れた。


「やったーっ! 明日から毎食、デザート付きよ!」

 

 加代が無邪気に飛び跳ねた。

 どうやら、もうひとりの難関が待ち受けていることを忘れているらしい。

 


 

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ 

 

 


【2019年1月24日(水)午後8:40 大萩家食卓にて】

 


「あー、おいしかったぁ。セレスさんって本当は料理上手なのね」


 出された食事を余さず平らげ、こず枝が満足そうな声を上げた。


「こ、こず枝殿! 〝本当は〟とはどういう意味なのだ!」


「だって、昨日の惨状を見ちゃうとねー」


「か、加代殿まで! あ、あれはロリとシャリーが、わたしの邪魔をしたからであって……」


「セレス様、あれは不幸な事故なのです」


「猫聞きが悪いにゃ。手が8回ほど滑っただけにゃ」


「……ごちそうさま、セレスさん、すごくおいしかったです」


「くっ、ふたりとも謝る気は無しか! ――源太殿、お口に合ってよかった!」


 セレスがニコリと源太に微笑みかけた。

 源太は複雑な表情をしている。

 無理もない。

 と言うのも、つい15分前に帰宅した源太は、推定3000万円の札束を目にしたからだ。

 さらにそれが大萩家への贈り物だと聞いたのだから、さもありなん。

 源太は当初、頑なに受け取りを固辞した。

 しかし、そのやりとりが面倒にり、イライアは、ロリに丸投げした。

『ロリや、この頭の固い男を〝説得〟するのじゃ』

『はい、イライア様。――源太様、ロリの目を見て下さい』

 ロリお得意の精神魔法で、源太は大金を受け入れた。

 

 この瞬間、貧乏家庭であった大萩家の財政が潤った。


「えっと、冷蔵庫、洗濯機、掃除機、パソコン、あ、あと、みんなの携帯と、かわいい服を買わなきゃ!」


 目を¥マークにした加代が、どこからか取り出したメモを片手に、物欲リストを埋める作業に没頭している。


「ふむ、セレスの料理は相変わらず絶品じゃ。他の欠点を補って余りある取り柄じゃな」

 

 家賃125年分を前払いした魔女が、日課のようにセレスをいじる。


「イライア殿! 褒めるか、けなすか、どちらかにしてくれ!」


「冗談じゃよ。そうむっつりと怒るでない。さて、こず枝や」


「へ? わたし?」


「うむ、少し話があるゆえ、ワシの部屋へ来るがよい」


 そう言って魔女イライアは自室へと戻っていった。

 

「洗い物はオレに任せて、行ってこい」

 

 赤い髪のメイドに背中を押され、こず枝は、少し不安そうな顔で魔女の後を追った。

 

 

 

「セレス……」


 イライアとこず枝が去ってしばらく後、食器を片付ける女騎士へ、礼二郎が声をかけた。

 ロリは食器を洗いに台所へ行っている。

 それを確認した上でのことだ。

 ちなみにシャリーは食事が終わると、早々にテレビの前へ移動している。


「よかったら二人で散歩をしないか? 少し聞きたいことがあるんだ」


「え? ち、ちょっと待ってくれないか。片付けが終わったらすぐに……」


「ここはワタシ達に任せてください。その調子ではお皿を割ってしまいそうです」

「オレ達の仕事を奪って、仕事を増やさないでくれよ、ワハハ! さぁ行った行った」

 

 空気を敏感に読んだふたりの芸能人メイドが、ソワソワする女騎士の背中を押す。

 その隣では、びっくりするほど空気を読まない加代が、びっくりした顔で物欲メモの手を止める。

 大スキャンダルよ、と言わんばかりの目で礼二郎を見つめ、親指を立てた。

 

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