第49話 【こず枝、初モンスターに会う】
「よくぞ我が迷宮を攻略した、勇敢なる者達よ――じゃないですッ、龍神様ッ!」
礼二郎が声を荒げた。
『な、なんだ? なぜ怒っておる? こず枝ッ、こず枝はどうしたのだッ?』
龍神が光り輝き、人型へと変化した。
今回は5メートルバージョンだ。
礼二郎は顔を上げ、その顔を見据えた。
「こず枝は、転移ショックで気絶してるだけです。それより龍神様……」
『な、なんだ?』
そして、礼二郎の説教タイムが始まった。
「――だいたいプレゼントはなんですかッ。こず枝はまだレベル1にもなってないんですよッ。こんな高レベル武器や鎧が、装備できるわけないでしょうッ」
説教が始まって5分ほど経過した。
チェリーはヒートアップしていた。
龍神も、最初は 「わ、我になんという口をッ」 と抵抗していた。
だが、チェリーの理詰めな説教に、だんだんと押され始めた。
やがて口数が少なくなり、それにつれ、身体も小さくなっていった。
『だって……』
小さく言い淀む龍神は、今や、1メートルほどの幼児だ。
「だってじゃないですッ。龍神様は、僕の提案を受け入れたときに言いましたよねッ。『こず枝が、自力で我に会いに来られるように、力をつけてやってくれ』って。ここまでスライムの一匹も遭遇してないんですよ? こんなダンジョンで、どうやって力をつけろって言うんですかッ」
『だ、だって……』
龍神の目が潤みだす。
だが、礼二郎は容赦しない。
「だってじゃありませんッ。――いいですか? こず枝は、龍神様に会うのを楽しみにしてるんです」
『そ、そうなのかッ』
龍神の顔が、パッと明るくなった。
礼二郎は一度息を吐き、声のトーンを落とした。
「はい。それが、こず枝のモチベーションになっています」
『そうかッ。こず枝は我に会いたがっておったかッ』
龍神の身体が、グングンと、2メートルにまで大きくなった。
再び見上げる羽目になった礼二郎は、さらに声の調子を落とす。
「龍神様がこず枝に会いたい気持ちはわかります。ですが、こず枝のためにも我慢していただけませんか?」
『……うむ』
「龍神様、どうか、甘やかすだけでなく、こず枝の目標であり続けてください」
『…………うむ』
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「わぁ、ここが【頭の鱗】ダンジョンの1階層なんですね」
転移直後にもかかわらず、ロリはケロリとしていた。
「れいじろう様? ど、どうしたんですかッ?」
声を上げたロリの隣で、礼二郎は膝を抱えて、顔を伏せていた。
そのすぐ側では、菊水こず枝が仰向けに、白目を剥いている。
礼二郎は、いくらロリが話しかけても、顔を上げなかった。
つい先ほどまで、龍神に説教するほど元気だったはず。
なのに、この落差たるや。
はて、どうしたのかしら、とロリは首を傾げた。
が、ものの数秒で理由を思い当たった。
すぐにロリは、膝をつき、礼二郎の背中を擦り、言った。
「れいじろう様、元気をお出し下さい。さっきの記録は例外中の例外なんです。れいじろう様のすごさは、少しも損なわれていませんよ」
ロリは完璧に状況を把握していた。
この状態の礼二郎を、ロリは見たことがあるのだ。
以前、変な鎧を、礼二郎が誇らしげに着て見せた。
そのときに、ロリは、ついうっかり〝虫みたい〟と本音を言ってしまった。
すると礼二郎は、膝を抱え黙り込んだ。
どうやらそれは、礼二郎自慢の鎧だったらしい。
丸めた背中が〝慰めて〟と語っているのを、ロリは即座に見抜いた。
今回も、同じパターンだ、とロリは睨んだ。
礼二郎はことあるごとに、〝次元迷宮〟の最短記録保持者であることを自慢していた。
自分に自信のない礼二郎の、数少ない〝自慢できる話〟だったのだ。
その記録が、今日、あっさりと塗り替えられた。
「…………」
礼二郎は、まだ顔を上げない。
ゾクゾクッ。
ロリの全身に、快感に似た何かが駆け巡る。
無防備に、礼二郎は弱みをさらけ出している。
それを見ていると、いつもは抑えている嗜虐心が、強く首をもたげた。
途端に、ロリの中で〝もう一人の自分〟が暴れ出す。
(〝ロリス〟ダメよ、出てきちゃ。今は、れいじろう様をいじめる場面じゃないわ)
ロリは、もう一人の自分を、なんとか抑えた。
安堵の息を一つ吐くと、さて自分の主は、どう慰めたものか、と頭を捻る。
「ひとり……。――そうよッ」
ロリは呟き、その言葉で閃いた。
「ひとりですッ。――れいじろう様は、このダンジョンを、ひとりで攻略されたではないですか」
「ひとり……?」
顔を伏せたままだが、チェリーが呟いた。
しめた、とロリは追い打ちを掛ける。
「そうですッ。つまりソロでの攻略は、今でも、れいじろう様がトップなんですッ」
「僕が……トップ?」
チェリーがゆっくりと顔を上げた。
その目は、ドブのように淀んでいる。
ゾクゾクゾクッ。
ロリは礼二郎を抱きしめてそうになる。
いや、キスして、押し倒してしまいたい。
それを必死に我慢して、ロリは続けた。
「そうですよ。さすがです。やっぱり、れいじろう様が一番なんです」
言いながら、ロリは想像した。
スキルを使って、礼二郎を裸にして、さらに動けなくするのだ。
そうして、全身にゆっくりと舌を這わせる。
礼二郎が、許しを請うても、決してやめない。
ずっと、ずっと、全身を舐め続けるのだ……。
あぁ……。
想像するだけで、ロリのお腹の下辺りが熱くなった。
今の礼二郎ならば、組み伏せるのも容易だろう。
そんなロリの気持ちに気づいた様子もなく、礼二郎が重い口を開いた。
「僕が……一番?」
チェリーの目に、ほんの少しだけ光がともった。
(ああ、れいじろう様、レイジロウ……。あなたは、お前は、なんて愚かで愛おしいの……)
ロリと〝もう一人のロリ〟は、下腹部をさらに熱くしながら続けた。
「はい。れいじろう様は〝一番〟です。ロリは、そんなれいじろう様を尊敬しています」
この言葉は嘘ではなかった。
礼二郎のためならば、ロリは喜んで命を差し出すだろう。
「そ、そうかッ。そう言われると、そうだよなッ。ソロの記録は破られてないのだッ。それに、今日の最短記録に、僕も入っているんだからなッ。ナッハッハッ」
チェリーは立ち上がり、背を向けると、腰に手を当て、高らかに笑った。
(クフフフ、まったく手のかかる坊やだこと)
(ロリスッ?)
(ねえ、今すぐ食べちゃいましょうよ?)
(ダメだってば。そんなことしたら、イライア様から消されちゃうわよ?)
(つまんないわね……襲わないなら、ワタシは眠るわ)
(もう、ロリスったら)
(でも、なにかあったら、すぐに起こすのよ?)
(ええ、ありがとう。――おやすみ、ロリス)
ふたりの問題児を宥めたロリは、深く息を吐いて、礼二郎の隣に目を移した。
(さて、と。――次は、こず枝様ね)
ロリは仰向けで気絶するこず枝を見つめた。
心が黒く、重く、そして、ゾクゾクするを感じた。
(もし、この方がいなければ……)
この女を殺したあとに、二人で――いや、ロリスもいるんだった――三人で楽しんだら、どうなるだろうか?
(ダメよッ。こず枝様は、れいじろう様の大事な人なんだから)
こず枝を殺せば、当然、礼二郎は怒り狂うだろう。
そうなれば、辛いけど、礼二郎も殺さなくてはならない。
(れいじろう様を殺す、ですって?)
ロリは、その場面を想像した。
礼二郎を殺す場面を。
裸にした礼二郎の亡き骸に、裸で寄り添う自分を。
礼次郎のぬくもりがなくなり、自らも命を絶つ瞬間を、鮮明に想像した。
そして、ロリは永遠に礼二郎と、ひとつになる……。
(そんなの……)
ブルッ。ロリは大きく身震いした。
(そんなの、ロマンチック過ぎるわ)
裂けるほど口角を上げて、うっとりと、ロリが礼二郎の背中を見つめた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「う……」
こず枝が上半身を起こし、ブルブルと頭を振った。
「こず枝様。大丈夫ですか?」
ロリが心底心配そうに、こず枝の顔を覗き込んだ。
「ここは……」
「ここはダンジョンの中です」
「こず枝は転移ショックで気絶したんだ。気分は悪くないか?」
「だ、大丈夫よ。でも、なんだかアルシェさんが近くにいたような……」
「気のせいです、こず枝様ッ」「う、うむ、気のせいだぞ、こず枝」
「そうね。そんなに簡単に会えるわけないわよね……。アルシェさんに早く会うためにも頑張らなくちゃッ。さぁ、まずは、どうすればいいのかしら?」
「普通はある程度強くなってからダンジョンに挑むのだが、この世界にモンスターはいないからな」
「こず枝様が魔法を覚えるまでは、れいじろう様がモンスターを倒していきます」
「え? わたしは、なにもしなくていいの?」
「あぁ。厳しいことを言うようだが、今のこず枝には、なにもできないんだ。剣も素人がうかつに振ると、自分が怪我するだけだしな」
「大丈夫ですよ、こず枝様。レベル1になれば、攻撃魔法が使えるはずです。れいじろう様の戦い方を見て、“同じようになりたい”とイメージして下さい」
「イメージ? レイと同じように戦ってるところをイメージすればいいのね?」
「その通り。あと、剣は抜いておけ」
「え? だって怪我するからって……」
「こず枝様、構えてイメージするだけでいいんですッ」
「うむ、とりあえずは、僕達の言うとおりにしてくれ」
「わ、わかったわ」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「れいじろう様、その曲がり角で待ち構えていますッ」
「よし」
右手に剣を握った礼二郎が、空いた左手で石を拾い、前方に放った。
バッ。
なにかが、その石に飛びついた。
アメーバ状の生物だ。
大きさは30センチほど。
「あれがモンスターねッ」
前に出たこず枝が、興奮気味に声を上げ、後ろを振り返った。
「え? ふたりともどうしたの?」
ロリと礼二郎は、無言で固まっていた。
暫く間を置き、ロリが重い口を開く。
「れ、れいじろう様……あれって……」
「あぁ、あれはおそらく、ゴールデンスライム……【ユニークモンスター】だ」
礼二郎が剣を左手に持ち替えた。
右手を挙げると、手の甲に、赤い文様が浮かび上がった。
「え? レイ、いつタトゥーなんて入れたのッ?」
「こず枝様、あれは〝イライア様の魔術印〟です。こず枝様の賜った〝龍神様の加護〟と、似たような物です」
「こず枝、しっかり見ておけ」
礼二郎がモンスターに近づき叫んだ。
「《ファイアーボール》ッ」
20センチほどの炎の塊が、すごい勢いよく手から放出された。
ゴワッ
アメーバに直撃し、炎に包まれる。
ギィィィィッッ。
炎は消えず、モンスターが、断末魔の悲鳴を上げた。
ウネウネとした動きが、少しずつ緩慢になる。
やがて完全に静止すると、炎が消えた。
それまで微動だにせず見守っていたこず枝が、飛び跳ねた。
「きゃぁぁッ。今のが魔法なのねッ。すごーいッ。一撃で倒しちゃったわッ」
「こず枝様、一撃で倒せたのは、れいじろう様だからですよ。レベル1だと、スライムを倒すのに、普通は2回の攻撃魔法が必要なんです」
「我ながら、レベル1とは思えん威力だな。――だがこれは、僕のと言うより、師匠の魔術印の力だろう」
「レイって、レベル1なの?」
「今はレベル1だな。龍神様に言った手前、仕方あるまい」
「ふーん。なんにせよすごいわッ」
興奮冷めやらぬふうに言うと、こず枝は首を傾げた。
「――そう言えば、今のて珍しいヤツだったの? ふたりとも驚いてたけど」
ロリは、鼻から息をフンスと吐き、自慢げに言った。
「こず枝様、珍しいなんてもんじゃないですッ」
ロリは珍しく興奮し、手をバタバタさせた。
「あれは〝ユニークモンスター〟ですよッ。滅多に出会えないですッ。ですよね、れいじろう様?」
言って、ロリが礼二郎に振り返る。
礼二郎は、頷く。
「あぁ、倒すとすごい経験値だったり、レアアイテムを落とすありがたい敵なんだ。まさか1匹目で出会えるとは、こず枝はついてるぞ」
へえ、そうなんだ、とこず枝が感心し、なぜかまた首を傾げた。
「じゃあ、あそこにいるのは?」
「ん? あそこ?」
「あそこ」
礼二郎の質問に、こず枝は剣で示した。
その剣先の延長を見て、チェリーは目を丸くした。
「はぁっッ?」「えぇぇぇっッ」
そして、叫んだ。
ついでに、ロリも叫んでいた。
二人の視線の先には、モンスターがいた。
それはまたしても〝ユニークモンスター〟だった。
何万匹とモンスターを倒してきた礼二郎が、10数匹しか出会ったことのないユニークモンスターである。
ロリは、目をまん丸にして、礼二郎を仰ぎ見た。
「れいじろう様、ここって……」
言い淀むロリに、礼二郎は、
「――うむ」
断言した。
「〝接待ダンジョン〟だ」




