第44話 【モテ期到来!】
【2019年1月24日(木)早朝】
(なにかおかしい)
通学電車の中でチェリー賢者は、周囲を注意深く観察した。
布団に忍び込んできたロリとシャリーのせいで寝不足だが、判断力は鈍っていない。
(気のせいではないな。やはり……)
チェリーは人目を意識しすぎる傾向がある。
しかし、この視線は、思春期な自意識過剰の産物とは別物だ。
(見られてるな。それも複数から)
ずっと刑事からの視線は感じていた。
しかし、今はそれに加えて、複数の気配がチェリーを捉えているのだ。
(まさか複数の警官を要所に配備して……。バカな! もしそうなら税金の無駄使いにもほどがある!)
チェリーは周囲の視線に気付かないフリを続けた。
「大萩君おはよう!」「おはよう、大萩くん! 今日はいい天気だね!」
チェリーは校門をくぐってから、もう何人もの学生から挨拶を受けていた。
廊下ですれ違うくらいで、一度も話したことのない同じ学年の生徒達だ。
しかも男女問わずである。
小太りメガネと、ガリガリメガネな友人、それに幼馴染みの女の子。
チェリーは、それ以外の生徒に初めて挨拶されたのだ。
(どういうことだ!?)
チェリーが神経を研ぎ澄ます。
(相変わらず視線は感じる……。ひとつは刑事のものだろうが、他は……。そうか、一般生徒のものだったのか。敵意はない……。むむ!? も、もしかして、昨日の騒動が噂になって!?)
『心配するでない、我が弟子よ。あの場にいた童子達の記憶は消しておいたでな。なに、礼は必要ないぞ、ククク』
そもそもの原因を作った魔女は、悪びれることなく、そう言った。
(師匠の記憶操作は完璧だ。だが……)
たしかに頭の中にある記憶は消える。
しかし、魂に刻まれた経験までは消えないのだ。
強烈な体験ならばなおさらだった。
インパクトの強い出来事は、魂深くに経験を刻み込む。
イライアの魔術でも、消すことはできない。
そう……魔王を討伐した直後の、礼二郎のように。
(僕は記憶を消されている……。師匠が判断して、そうしたのだろうが、いったいなにが……)
このことについて、師匠であるイライアはおろか、ロリ、シャリー、あのセレスですら、口を閉ざしている。
(それからだな。僕がみんなのことを猛烈に意識し始めたのは……)
大切に思ってきた仲間達だったが、魔王討伐後、その思いがそれ以前とは比べものにならないほど強く、大きくなっていたのだ。
(今の状況はそれに似たものか……。よほど師匠が怖かったのか? しかし、挨拶してきたのはクラスメイトだけじゃないぞ? ……ん? な、なんだ!?)
礼二郎が下駄箱を開けると同時に、ポロポロとなにか落ちてきた。
「これは……手紙か?」
折り紙のようにきれいに畳まれた6枚の紙だった。
それが、チェリーシューズボックスに放り込まれていたのだ。
(ま、まさか! ら、ら、ら、ラブレターなのか!? いや待て、不幸の手紙やもしれん!)
この携帯電話が普及した昨今、まさか物理的な手紙を受け取るとは……。
チェリーは、急いでそれを拾い鞄に突っ込むやいなや、そそくさと走った。
バタンッ! カチャッ!
ドアを閉じ鍵をかけ、チェリーは腰掛けた。
ドゥテイドゥテイ……。
心臓がチェリービートを刻む
鞄の中から、先ほどの手紙を取り出し丁寧に広げ、1枚1枚目を通した。
(なんてことだ……)
不幸の手紙ではない。
メールアドレスに添えられた熱いメッセージ……。
手紙の中のチェリーは、呪われるどころか、ひどく愛されていた。
先日の事件に刺激された一過性の感情かもしれない。
だが、手紙には、たしかに熱い想いがこめられていた。
ちなみに呪いはインチキ女神の分で十分間に合っている。
チェリーは便器からケツを上げた。
手洗い場へ行き、一応手を洗い顔を上げる。
そこには、「いやぁ、まいったな、こりゃ……」 特に参っていない顔の最強賢者が鏡に映っていたのだった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
【2019年1月24日(木)昼休みに入って15分ほど経過】
「うまい! このお菓子は最高だな!」
昼休みの1年2組教室窓際。
弁当を食べ終えたチェリーは、ポリポリと菓子をついばんだ。
後ろを振り向くと、お下げメガネ女子がパッと顔を背けた。
『大萩さ……くん。き、昨日はごめんなさい。よ、よかったらこれ……』
つい5分ほど前、お下げメガネ女子が赤い顔で手渡したもの。
それが、今食べてるお菓子である。
「大萩様かっこいいよね」「大萩さま……わたしのお弁当も食べて欲しいわ……」「礼二郎サマ、マジヤバい……」「山本くんもよくない?」
女子のささやき、そのすべてをチェリーイヤーはキャッチしていた。
(大萩様だって? フッ、やれやれ、まいったな。僕にはもう彼女(仮)がいるっていうのに……。それに山本君? ふん、僕の人気にはかなうまい)
そのときチェリーは友人の視線に気付いた。
うらやましそうな、妬ましそうな顔でチェリーを見つめている。
「ふたりとも、なんだその顔は? 僕にモテる秘訣でも聞きたいのか? ハッ! そんなの僕が知りたいよ。なにせ気がついたらモテてるんだからな。いやぁ自慢してるようで面目ない! ん?」
歯ぎしりする小太りメガネとガリガリメガネ。
横柄に演説をぶったテングチェリーは、ふと教室入り口を見た。
チェリーを手招きをする女子生徒。
「まったく、少しは放っておいてほしいものだな……。では諸君、少し失礼させてもらうよ」
満面の笑みを張り付かせた絶頂チェリーは、すっくと立ち上がった。
手招きする女子――菊水こず枝の元へ意気揚々と出向く。
「どうした、こず枝? サインならマネージャーを通してくれないか、なんちゃって」
「ここじゃちょっと……」
こず枝は神妙な顔で、小粋なチェリージョークをスルーした。
「なにかあったのか?」
真面目な顔になったチェリーが聞くと――
「うん。ちょっと相談したいことがあって……。少し時間いいかな?」
――こず枝は焦った様子でチェリーの手を引っ張った。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
チェリーが去ると、1年2組が途端、騒がしくなった。
チェリーが聞いたら有頂天になってしまう会話が、右に左に飛び交う。
「やっぱ、大萩様には菊水さんがいるから無理じゃない?」
「あー、2番目でもいいから、付き合ってくれないかな~。あれ?」
そのとき――
「こ、こんにちは! れいじろう様はいますか?」
――よく通る声とともに現れた褐色肌の美少女。
そして、それ以降の話題は、この少女へ集中することになる。




