第43話 【異世界組の方針】
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「なによこれぇぇぇっ!」
リビングへのドアを開けた加代が絶叫した。
眼前に広がるは、まるで貴族の屋敷だった。
映画でしか見たことのない、広々とした豪華絢爛な部屋だ。
呆気にとられる女子中学生の元へ、黒いドレスの女性が近づく。
「お主が我が弟子の妹御か。ふむ、あまり似ておらぬな。今日から世話になるゆえ、少し屋敷を改造しておいた。なに勝手にやったことじゃ。金は取らぬから安心するが良い」
「え、誰、お……モゴモゴモゴモゴ」
「にゃにゃにゃ!」「わーっ!」
加代の口を、猫娘シャリーとJKこず枝が物理的に封じた。
「『お』……じゃと? 『お』とは、なんじゃ……? いま、なにを言いかけたのじゃ……?」
本日三回目の全滅フラグが立ち、こじらせ魔女の黒髪が、さわさわとうねり始める。
これはダメにゃ、とシャリーは、小さな脳をフル回転させた。
「お……お、おっぱいにゃ!」
言うと、あとは任せたにゃ、とシャリーがこず枝を見て、頷いた。
以心伝心、こず枝は頷く。
「そ、そう! おっぱいです! イライアお姉さんのおっぱいが大きくて、加代ちゃん、びっくりしちゃったんです! ね、そうだよね? ね? お願いだからそうだと言ってぇぇっ!!」
シャリーとこず枝が、大粒の汗を流す。
必死に形相で、こず枝が加代へ、パチパチとウィンクをした。
さすがに何かを感じ取った加代は、口を封じられたまま頷いた。
恐る恐る、二人が加代から手を離す。
任せてと言わんばかりに、二人へニカッと笑い、加代は魔女へ向き直った。
「そうなんです! お姉さんのおっぱいが大きくて、わたしびっくりしちゃった! いいなぁ、うらやましいなぁ!」
加代、まさかのファインプレーであった。
普段、信じられないほど空気を読まないとは信じられないほど、空気を読んだ発言だった。
途端、魔女の髪は、スッと元に戻った。
「なんじゃ、そうじゃったか。――よし、ワシの魔術で、お主の胸を……」
「わーっ! それより加代ちゃん、部屋! 部屋に行ってみよう! イライアさんがすごく素敵に改造してくれたんだよ!」
こず枝が慌てて加代の手を取り、二階へと引っ張り去った。
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加代とこず枝が去った後、セレスに生暖かい視線が集まった。
「ど、どうしてわたしを、そんな目で見るのだ!」
「セレス様……」「セレス、ちゃんと、わかってるかにゃん?」
ロリとシャリーがジトッとした眼差しを、セレスに向ける。
「少しはわたしを信用してくれないかッ。ちゃんとわかっているッ。加代殿に、我らの目的を悟られないようにすればよいのだろうッ」
プンスカすたセレスの言葉に、イライアが意外そうな顔をした。
「ほう、ちゃんとわかっておったか。その通りじゃ。妹御には絶対に気づかれてはならぬ」
言ったイライアを、ロリが不安そうに見上げた。
「イライア様。どうして加代様に秘密にしなくてはならないのでしょうか? 本人に協力してもらえば、計画が早く進むと、ロリは思うんですが」
これに答えたのは、シャリーとセレス。
「わかる気がするにゃん。もし、ご主人様が今までずっとアチシの幸せを優先して、自分をないがしろにしてるなんて知ったら、アチシはきっと、自分が許せないにゃん」
「そうだな。そうなれば、加代殿の幸せが遠のく気がしてならん。やはり内密に事を進めた方がよかろう。しかし、どうしたものだろうか。我らならば話は簡単なのだが、実の妹殿ではな」
セレスの言葉に、イライアは息を吐いた。
「……セレスの言うとおりじゃ。じゃが、ここで話したところで答えは出ぬじゃろう。ワシ等のまずやるべきことは、この世界の知ることじゃ。――もうひとつのことは、わかっておろうな?」
「はい。でも、れいじろう様……お辛そうです……」
「あの匂いからすると、かなり我慢してるにゃん」
「そ、そんなにか! なら、いっそ、わたし達が……」
「……セレス、お主、まったく理解しておらぬではないか。もし、あやつが衝動的にワシ等と一線を越えてみろ。あやつは、ワシ等と妹御への責任を、同時に背負い込むことになるのじゃぞ。そうなれば自己犠牲厨のあやつが自分を責め、潰れてしまうのが目に見えておる。――じゃが、もしあやつから求めてきた場合は、各々の判断に任せることとする」
「つまり、ロリたちは……」「こちらから一線を越えないようにしにゃがら……」「それぞれ、良妻賢母ぶりをアピールすればいいのだな!」
「その通りじゃ。これはワシ等の中での戦いじゃ。あやつは複数の女子を伴侶とすることをよしとしておらん。もちろん、その考えが変わるに越したことはないのじゃが」
「でも、もし、ひとりしか選ばれないとしたら、ロリは……」
「そのときは、恨みっこなしにゃん」
「あぁ、選ばれないときは、大人しく身を……身を引こう……くぅっ」
涙ぐむセレスへ、三人の美女が哀れみの視線を送る。
「セレス様、まだ泣かないでください……」
「セレスが圧倒的に不利とはいえ、まだ勝負はついてないにゃん」
「セレスや、結婚だけが人生ではないのじゃ。今はまだ、早まるでないぞ?」
「わたしが選ばれない前提でなぐさめるのは、止めてくれぇッ! ……グスッ」
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「にゃあ、ロリロリ……」
魔女、女騎士が去ると、猫が幼女に話しかけた。
「その質問の答えは、“いいえ”よ。シャリー」
ロリが断言した。
「にゃるほど。まさか、ロリロリがご主人を諦めるとはにゃ」
「ウフフフ、違うわよね? こう言おうとしたんでしょ? 『バカ正直に、このままプラトニックに行くのかにゃ?』ってね」
「にゃにゃ! ロリロリは心が読めるのかにゃ!?」
「まさか……。そんな便利な力があったら、今頃れいじろう様とふたり――いえ、三人で子作りをしてるわ。ねぇ、ロリス」
言って、ロリがブレスレットを外した。
ロリの全身が薄く、青色の光を放つ。
猫シャリーは平然とそれを見つめる。
「ロリス、お前はどうするつもりにゃ? まさか、バカ正直にプラトニックにいくつもりかにゃん?」
ロリスと呼ばれた少女には、全身に青い紋様を浮かんでいた。
大きく背伸びをすると、ロリスは大人びた笑みを浮かべた。
「あら、こんにちわ、シャリーちゃん。もちろんルールは守るわよ? かんしゃく持ちのイライアを敵に回したくないもの。レイジロウの一線を越えなければいいのよね? こちらから越えなければ、ね。クフ……クフフフ……」
言いながら、妖艶に、そしていたずらっぽく、ロリスは嗤う。
シャリーは嘆息し、無駄とわかっている説得は、口にしなかった。
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【おまけ話】
『わー! なにこれ! 部屋が広くなってるぅっ!』
『すごいわよね……。ベッドなんて天蓋がついて、まるでお姫様の部屋だわ』
『ねぇ、こず枝さん……、もしあの人に“おばさん”って言ったら……』
『だ、ダメよ、加代ちゃん! 全員もれなく殺されるわよ!』
『えーっ! じゃあ、“老けたおねえさん”は?』
『ギリギリを探るのは止めてぇぇっ!』
追記) ちなみに礼二郎は異世界組を警戒しつつ、風呂に入っています。




