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第41話 【最弱賢者、心がぐぅ痛む】

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ 



「うまいか? 欲しければ、もっと出してやろう」


「すっごくおいしいッ。アルシェさんありがとうッ」

 


 身長4メートルはあろう巨大な女性が満面の笑みを浮かべている。

 その膝に座り、礼二郎の幼馴染みは、むしゃむしゃと食べている。


龍脈の結晶(ドラゴン・ブレッド)

 


 菓子パンがごとく、こず枝がパクついているものだ。

 龍神が無から作り出す、自らの主食である。

 幾多の権力者、有力者が求めて止まぬ伝説の食材だ。

 ひとたび人がそれを食せば、万病を治し、病を寄せ付けぬ体になると言われている。


 ひとかけら金貨10枚でも飛ぶように売れるだろう。

 もっとも、その場合、本物であると証明する必要があるのだが。

 

 ――『本家ドラゴンブレッド』だの『ドラゴンブレッド本舗』『元祖ドラゴンブレッド』だの……偽物が多く流通しているからである。

 礼二郎はうらやましそうにこず枝を見つめた。

 


「あの、龍神様……僕も食べたいなー……なんちゃって」


「なにゆえ、憎々しい汝に与えねばならんッ。のぅ、かわいいこず枝やッ」



 言って、巨大な手で、龍神は女子高生の頭を撫でた。

 その目は、まるで初孫娘を愛でる、おばあちゃんであった。

 

 ダメ元で言ってみた礼二郎だったが、やはりダメだった。

 それにしても――と礼二郎は思う。

 いまだかつて、ここまで龍神の心を掴んだ人間がいただろうか?

 付き合いの長いイライアならば、と礼二郎は隣を見た。

 そこでは、魔女イライアも唖然としていた。

 信じられないものを見る目で、龍神を見つめている。

 どうやら、初めて見る友人の姿らしい。

 


「今日はなんて良い日なのだッ。こんなにも()いこず枝と出会えたばかりか、小憎らしい男との、念願の対決がやっと叶うのだッ。フワーハッハッハッハーッッ」


 

 龍神様が、それはそれは楽しそうに笑った。

「ねぇ、アルシェさんッ。ちょっと世界滅ぼしてッ」と、こず枝が言えば「任せるがいいッ」と、簡単に世界を滅ぼしに行きそうである。

 その龍神へ、おずおずと礼二郎は、進み出た。

 


「あのー、そのことなんですが……。実は僕、あのインチキ女神に……あ痛ぁっッ」

 


 ゴワンッ。

 タライが礼二郎の脳天を直撃した。

 女神の〝天罰〟である。

 かなりのダメージであった。

 だが、レベル53で受けたときと、同じ程度の痛みな気もする。

 龍神が目を剥いて叫ぶ。

 


「な、なんだ、今のはッ?」


「あ痛たた……。今のは、女神の〝天罰〟です。僕は奴に力を奪われました。そのうえ、奴の文句や悪口を言うと、今の〝くだらない天罰〟が下ります」


「力を奪われた、だとッ?」


「はい、ですので、もし戦ったとしても、一瞬で終わってしまうかと……」


「《解析(アナライズ)》――なッ? レベル1ッ? レベル1だとッ。で、では、汝は我と戦えないと申すのかッ?」


「いえいえ、龍神様がお望みであれば、全力で戦わせていただきます。しかし、少々……いえ、かなり物足りないかもしれません」


「つまり汝は、我を……騙したのか?」 


 

 この世の終わりといった表情を、恐怖の龍が浮かべた。

 〝騙した〟

 その言葉に、礼二郎はドキッとした。

 確かにそうだ。

 礼二郎は、龍神を騙したのだ。

 

 手紙を書いたときは、レベルを下げられる前だった。

 その時点では、礼二郎は、龍神と戦える身体だった。

 だから厳密には嘘をついたことにはならない。

 だが、と礼二郎は考える。

 ――だが、あの女神が、礼二郎の力を、そのままにしておくはずがなかった。

 手紙を書く時点で、それは分かっていた。

 〝礼二郎の力〟に何らかの制限が課されることを、礼二郎は知っていたのだ。

 つまり、手紙を書いたときには既に、龍神と戦えない理由を、礼二郎は見つけていたのだ。

  


(あ、死んだな……)



 礼二郎が死を覚悟した。

 龍神は、礼二郎から、何らかの嘘を感じ取っている。

 そして、その嘘により、〝楽しみにしていた戦闘〟ができなくなったことも……。

 今更、『実はスキルで、一時的にレベルを落としてるだけでしたッ。てへぺろ!』なんて言えない。

 死ぬのが怖くなったから嘘を撤回するなんて、龍神様に対して、できるはずがない。だが。

 ――死にたい気分だったし、ちょうど良かったのかも知れないな。


(みんなを呼び寄せておいて、自分の都合でさよなら、だもんな。――最低な男だよ、僕は……)


 大事な仲間を傷つけた自分を許せなかった。

 今の礼二郎ならば、龍神の軽い一撃でも即死だろう。

 さあ殺せッ――礼二郎は心中で叫んだ。


 

「龍神様。僕は決して騙したわけでは……」

 

 

 だが、気がつくと、礼二郎は弁解していた。

 言って、自分で驚いた。


(どうして、いまさら言い訳なんか。――僕にはもう……)


 そのとき礼二郎の脳裏に、複数の顔が浮かんだ。

 それは、愕然とするロリだった。

 泣きそうなシャリーだった。

 怒りに震えながら、涙を流すセレスだった。

 そしてそれは――死にたくない理由であった。


(あぁ、そうか……僕は)


 礼二郎の胸がチリリと痛む。


(僕はみんなに、謝りたいんだ……)


 礼二郎は、自分の気持を知った。

 知ったからには、もう、死ぬわけにはいかない。

 生きて帰って、皆に謝らなくてはならない。

 たとえ、みんなに許されなくても、だ。

 謝ろう。

 謝って、言おう。

 こんな僕だが、側にいて欲しい、と。

 ――だが、現実は甘くなかった。

 

  

「……騙したんであろ?」

  


 龍神が、真っ直ぐに礼二郎を見つめ、言った。

 龍神は何かを確信していた。

 だが、礼二郎は死ぬわけにはいかない。

 なんとか許しを請わなければ。


「い、いえ……」



 だが、いくら考えても、わからない。

 龍神を説得できる答えが、どうしても見つからない。

 


「……騙したんであろ?」


 

 言い淀む礼二郎に、龍神が繰り返した。

 ジッと礼二郎の目を見つめる。

 


「はい……。結果的に、そうなります。済みません……」



 礼二郎は再び、死を覚悟した。

 


(どうやらもう、皆に会えそうにないな。――ロリ、シャリー、そしてセレス。済まなかった)



 礼二郎は、即死できるように脱力し、真っ直ぐに立つ。

 龍神は、美しい彫刻のように動かない。

 


「我は……我は……」

 


 間を開け、龍神が静かに呟いた。

 大爆発する前のアレであろう。

 どんな風に殺されるのだろうか、と礼二郎は考えた。

 

 

「へっ? りゅ、龍神様ッ?」

 

 

 思わず叫ぶ礼二郎の目に、信じられない光景が映る。

 それは、瞳から大粒の涙を零す、龍神の姿だった。

 

 

「うわぁぁぁぁぁぁんッ!!」

 

 

 唐突に――巨大な堰を、一気に切ったように、龍神が泣き叫んだ。

 


「騙しおったぁぁぁッ! 我を騙しおったぁぁぁッ! うわぁぁぁぁんッ!!」

 


 4メートルの巨人が天を仰ぎ、泣き叫んだ。

 これには、礼二郎も驚いた。

 隣にいるイライアも、目を見開いている。

 


「こ、これ、我が友アルシェよ。そ、そんなに派手に泣くでない。威厳もなにもあったものではないぞ?」

 


 だが、イライアの言葉は届かない。

 龍神は豪快に泣き続けた。

 


「嘘つきだぁッ! こやつは嘘つきだぁぁッ! 我は……我は楽しみにしてたのにぃぃッ! びゃぁぁぁぁぁぁッ!!!」

 


 礼二郎の額に、大粒の汗が浮かぶ。

 礼二郎は、覚悟を決めていた。

 死ぬ覚悟を、だ。


(くッ。まさか、こう来るとはッ)

 

 権威の象徴。

 力と美の権化。

 人々が恐れ、敬い、そして憧れる存在。

 ――龍神サンダルパス=アルシエラ――

 その龍神が、眼前で泣いている。

 恥も外聞もかなぐり捨て、泣き叫んでいるのだ。

 そしてそれは、〝礼二郎が原因〟なのだ。

 


(な、なんという罪悪感だ)

 


「きゃッ」

 


 4メートルの巨大な美女が、こず枝をそっと退けた。

 ズーンッ。

 強大な頭を地面に突っ伏し、嗚咽を上げた。

 


「嘘つきだ……。ヒック……我を……騙しおったのだ……。ヒック……」


「アルシェさん……」

 

  

 こず枝が龍神の巨大な頭を撫でた。

 そして、礼二郎に向き直った。

 

「ねぇ、レイ……」

 

 言って、言葉を止めた。


 ――『レイ、なんとかしてあげられないかな?』

 

 こず枝は、そう言いかけたのだ。

 

 しかし、それは、龍神と戦ってくれ、と言うのと同義だった。

 そう、礼二郎に強いることだ。

 こず枝はそれに気づいた。

 だから止めた。

 

 礼二郎は――実は、礼二郎も、こず枝と同じだった。

 龍神の涙を止めたかった。

 子供のように泣き叫ぶ龍神の願いを、叶えたくなっていたのだ。


(やむを得まい……)


 礼二郎は、再び覚悟を決めた。

 死ぬ覚悟ではない。

 今度は〝別種の覚悟〟を、だ。

 そして、言った。

 


「龍神様、それでは、こういうのはどうでしょう?」

 


 礼二郎の言葉を聞いた龍神は、ゆっくり顔を上げ、言った。

 

 

「それは、ヒック、本当であろうな?」


 

 そして、涙は止めた。

 ★

 

【おまけ話】

 

『そこで待っておれ』 (※人化する龍神)

『アルシェさん……きれい……』 

『汝は、我が……怖くないのか?』 

『うん、全然怖くないわ! だってすっごくきれいなんですもの!』 

『こ、こず枝! ダメ口はいかん! 敬語だ! 敬語を使わないか!』 

『汝は黙っておれ! こず枝や、近うよるがいい。腹は減ってないか? これをやろう!』 

『わー! なにこれ、おいしそう! アルシェさん、ありがとー!』

『よいよい。もっと近うよれ。あぁ、こず枝よ、汝はなんとかわいいのだ! ほれ、好きなだけ食べるがいい!』


『『…………』』(チェリー&こじらせ魔女)

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