第114話 『奇跡の代償』
前書きと謝罪の言葉)
ひさしぶりの更新です。
さぼってごめんなさい〜ッ!
イライアの部屋から出ると、礼二郎は激しい目眩に膝をついた。
無理もない。
時の流れを何千分の1縮めていた空間から、日常の時間軸へと戻ったのだ。
初めて経験したものにとっては、二日酔いの気分を何百倍に酷くした感覚であろう。
幸いにして礼二郎は、亜空間転移で似たような経験を数多くこなしている。
言ってみればベテランである。
なので、さしあたっての不調は、ぐるぐると景色が回るのと、激しい胸焼けと、グワングワン殴られているような頭痛くらいだった。
「《高位治癒》」
治癒魔法を自らにかけた。
すると、テキメン体の不調は、きれいさっぱりどこ吹く風と消えて無くなった。
「ふぅ……」
立ち上がり、辺りを注意深く見渡す。
「特に変化は……見当たらないな」
そこは礼二郎宅のリビングだ。
以前イライアがかけた魔術によって広くなっているのも、いつも通りだ。
人影はない。
時計を見ると、午後7時12分。
風呂で加代が倒れていた時刻から、数分しか経過していない。
おかしい。
この時間なら、誰かしらリビングにいるはずだ。
まさか、今の礼二郎には、世界中の誰も認識できないということなのか?
「もしそうなら、僕は世界でひとりきり……」
礼二郎は、つい先ほど女神ファシェルの奇跡を使用していた。
イライアの助言通り『礼二郎を世界の認識から除外する』という奇跡を。
驚くことに、この奇跡の必要ポイントは、礼二郎が持っていたたったの3KPであった。
(イライアがいうには、加代を後遺症のある体に戻す改変エネルギーよりも、礼二郎の存在を消す改変エネルギーの方が低いため、世界が礼二郎に奇跡を叶えさせようとした結果らしい。ちなみに礼二郎にはいまいち理解できていない)
妹である加代が事故で負った大怪我。
歩くこともできない火傷だらけの体を治すため、礼二郎は自らを犠牲にしたのだ。
そのためなら、自分がどうなろうと構わないと、礼二郎は覚悟していた。
そうだ。
どんな苦労だって厭わないのだ。
小生意気でお調子者の、愛すべき妹を救うためならば。
だが、困ったことになった。
世界でひとりきりとなると、当初の予定が狂ってしまうからだ。
予定では、礼二郎は憎き女神ファシェルの要望に不本意ながらも従い、善行を成し、奇跡ポイントを貯め、新たな奇跡を行使するはずであった。
『大萩加代の治療』そして『大萩礼二郎を再び世界の認識に加える』という奇跡を、だ。
そうすれば礼二郎が、再び世界から認識されるのだ。
さらに加代が事故後の後遺症にまみれた身体になることはない。
なのに……。
他人を認識できないのなら、人助けなどできるはずもない。
つまり、奇跡を行使するための奇跡ポイントを貯められないのだ。
またもや打つ手なし……か。
このまま誰と会うこともなく、ひっそりと一人寂しく死んでいくのだ。
あまりにひどい未来予想図に、がっくりと膝を落とした、そのときだ。
「しまったぁぁぁッ!」
という声が聞こえた。
場所はリビング奥にあるキッチンから。
「ほいっぷくりぃむを切らしているではないか! これではただのすぽんじけぇきだぁぁっ!」
声の主は、間違いようもなく我が愛しきパーティーメンバー、ポンコツ風味のくっ殺女騎士――セレスその人――である。
「はぁぁぁ……」
礼二郎は深く深く、安堵のため息を吐いた。
この世界には人がいて、礼二郎にも認識できることがわかったのだ。
いてもたってもいられず、礼二郎は立ち上がると、キッチンへ走った。
無性にセレスに会いたい。
会って抱きしめたかった。
この喜びを二人で分かち合いたかったのだ。
キッチンへつながるドアを開けると……いた!
焼き上がったばかりであろうケーキ(スポンジのみ)の前で顔を両手で覆っている、エプロン姿の金髪女騎士セレスだ。
どうやらケーキの仕上げに使うクリームが切れているらしい。
相変わらず少し抜けている。
だが、そんなところもたまらなく愛おしかった。
「セレス!」
礼二郎が叫んだ。
だが、セレスは顔を隠したままだ。
よほどショックを受けているのだな、とそのときはこう思った。
後になって思えば、違和感はあった。
礼二郎はかまわず駆け寄り、セレスを後ろから抱きしめ……そして絶望した。
『大萩礼二郎を世界の認識から除外する』
この奇跡がきちんと発動しているのか不安だった。
だが、奇跡は確かに発動していたのだ。
その証拠に、礼二郎はセレスに――触れることができなかった。




