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第110話 【最後の日】

 黒いタール状の砂糖液を、セレスは元の皿に戻す。


 塩を入れられないだけマシだと思おう。


「なあ主殿、加代殿は、もう15歳だろう?」

「……今月までは、まだ14だ」


 礼二郎が憮然と答えた。


 細かッ、という突っ込みを、セレスはグッと飲み込む。


「ま、まぁ14でもいい。その歳なら恋の1つや2つ、当然ではないか?」

「……そうは思わん。加代はまだ子供だ」

「たとえ早熟だとしてもだ。わたしはいい兆候だと思っている」

「いい兆候?」


 セレスは真面目な顔で頷く。


「加代殿はいつも笑っている。だがそれは、気丈に振る舞っているだけなんだ。あの子は誘拐されて監禁されたのだぞ?」

「…………」

「知っているか? あの子は1人を恐れるようになった。それを必死に隠し続けてるんだ」

「…………」

「どうして弱音を見せないのか、主殿ならわかるだろう。それは、優しさだ。皆に心配をかけまいとする、あの子の優しさなんだ」

「……」

「その優しさに慣れてはダメだ。甘えてはダメだ」

「……」

「なあ主人殿。心の傷は、そう簡単に癒えるものではない」


 礼二郎がテーブルの上で、両の拳を握りしめる。

 全身が震えているのは、今だ捕まらない犯人への怒りのためであろう。


 礼二郎の手に、セレスはそっと自分の手を添える。


「だが、いつかは癒える。どんな傷もだ。わたしが言うのだから、間違いない」

 

 礼二郎はハッとして、セレスを見つめ返す。

 盗賊に誘拐されて、10日間監禁された過去を持つセレスの目を。


 セレスは、視線を柔らかく受け止める。

 

「それまでは、心の拠り所が必要なのだ。わたしにとっての()()()のように」

「……」

「男性恐怖症になっても、おかしくなかったんだ。それが、恋という前向きな気持ちになったのだぞ? わたし達は、ただ温かく見守ってやるべきではないか?」


 しばしの沈黙、そして、


「ふぅ……。そうだな。セレスの言う通りだ」

「では……」

「おかげで頭が冷えたよ。明日、きちんと風見さんに挨拶をしよう」

「ふふ、偉いぞ、主殿。次は主殿が出迎えるのだぞ。もう、ロリの八つ当たりはこりごりだ」

「セレス」

「ん?」

「ありがとう」

「いや、別に……な、なんだ? そんなに見つめないでくれッ」

「ダメか?」

「だ、ダメじゃないッ。ダメじゃないが……」

「……」


 表情を柔らかくして、礼二郎がそっとセレスの手を取る。

 ジッと、2人は見つめ合い、


「あるじ、どの……」「セレス……」

 

 同時に席を立ち上がると、テーブル越しに顔を近づけて……、


 ピンポーン。


 ()()で硬直する2人。

 すると、セレスが、


「あっはっはッ! すごいタイミングだなッ」


 あまりの間の悪さに笑ってしまった。

 まさに、絶妙なタイミングだ。

 いいムードは、一気に霧散した。

 今や影も形も無い。



 ∮



「んだよッ、もーッ」

 

 ブツクサ言いながら、礼二郎は玄関へ行き、ドアを開ける。


 と、


「「おはようッ」」



 メガネが2つ、飛び込んできた。

 小太りメガネは、キョロキョロと家の中を覗き込む。


「礼二郎男爵ッ。素敵な朝だなッ。ところで、〝Theボクの嫁〟ロリちゃんはいずこ?」


 こいつは、細井順一。生粋のロリコンである。


 もう1人、ガリガリメガネは花束を、震えながら差し出した。


「れ、礼二郎男爵ッ。こ、これ、イライアさんにッ」

 

 こいつは、高見一平。ゴリッゴリの熟女マニアだ。


 笑顔で花束を受け取ると、礼二郎はニコリと笑う。


「おはよう、糞虫共。なるほど今日はムカつくほどいい天気だな」


 不本意ながら、2人は礼二郎の親友達である。

 


「あと、ロリは、決してお前の嫁じゃないし、イライア師匠は、断じて熟女ではない」


 楽しい学生生活が、今日も始まった。



 そしてこの日が、礼二郎の高校生活、最後の日となる。




追記)


『異世界でセレスさんが、拉致監禁された件について』の話。


 結論からいうと、セレスさんは無事です。


『ある事情』で盗賊達にくっ殺されていません。

 そして、くっ殺されていないことは、礼二郎達にも言っていません。

 言えない事情があります。


 イライアだけは気づいているようです。

 ですが、こじらせ魔女は、空気を読んで黙っています。


 ちなみに、人嫌いの猫娘シャリーが、人間セレスを気に入っている理由は……。

 セレスを『盗賊に手込めにされた可哀想な人間』だと思っているからです。

 猫さんは少し歪んでいるのです。


以上、余計なストレスを読者様に与えるのは不本意なので、少しだけネタバレでした。


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次回はなぜか本編より人気な『ミスアンラッキー part3』です。



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