第104話 【絶許】
※あ、これ恋愛の話じゃないのでは?
と、気づいたので、ジャンルを変更します。
現代恋愛→ローファンタジー
世界は息苦しく、灰色一色だった。
昼休みのチャイムが鳴る。
葉子は座ったまま動かなかった。
弁当を出す気力も無い。
――こんな……。
葉子は思った。
――こんなに、だなんて……。
理不尽な命令が下されてから、葉子は誰とも話していない。
ナッツンとも、だ。
周りの人間は、まるで葉子が存在しないかのように振る舞う。
――カヨッペは、ずっと……。
たった半日なのに、耐えがたいほど孤独だった。
この孤独をカヨッペは……。
その日々を思い、葉子は涙を堪えきれなかった。
――カヨッペ、ごめんね。わたし、全然わかってなかったよ。
これは罰だ、と葉子は思った。
親友に、こんな思いをさせた自分への罰なんだ、と。
葉子は、ただ座ったままなにもしなかった。
じっと、自分の罪を見つめ、罰を受け続けた。
心の中で謝り続けながら、ずっと……。
そのとき、ドアが開き、周囲から声が消えた。
「もじゃ子ぉッ! 樹利亜先輩が様子を見に来てくれたぞッ!」
静寂を破り、府鳥美沙が楽しそうに叫ぶ。
その後ろには、竹刀を持った樹利亜。
葉子は涙を拭うと、拳を強く握り、折れるほど歯を食いしばった。
――まだ足りないのか。
――さらにわたし達を苦しめようというのか。
葉子が恨みを込めてねめつけると、美沙が一瞥し鼻で笑う。
樹利亜に至っては、見ようともしない。
爪を噛みながら、血走った目でなにか呟いている。
二人は真っ直ぐ、カヨッペの席へ向かう。
――まさか〝手紙〟の制裁を?
――あの竹刀で、カヨッペに?
震える足に活を入れ、葉子は立ち上がった。
せめて、カヨッペの痛みを半分に、と。
そのとき、パンッ! と大きな音が響いた。
間に合わなかったか、と音のした方へ急ぎ振り返る。
予想通り、竹刀を振りかぶる樹利亜がいた。そして……、
予想に反し、顔を押さえ、怯えた目の美沙がいた。
「樹利亜先輩、なにを……ぎゃっ!」
悲鳴を上げる美沙へ、樹利亜は竹刀を振り下ろした。
何度も、何度も、何度も、何度も。
呆然と見つめるカヨッペ。
鬼の形相で竹刀を振るう樹利亜。
蹲り、叫ぶ美沙。
三人の周囲から、人が消えた。
クラスの全員が遠巻きに、固唾を呑んでこのリンチを眺めていた。
5分は経過した頃、持つ手が疲れたのか、樹利亜は竹刀を放り投げた。
そこからは、さらに凄惨さを増した。
美沙の髪を掴んで引き起こし、顔面を殴った。
転がる美沙の腹を、頭を踏みつけ、蹴り上げた。
泣いて許しを請う美沙を、樹利亜は奇声を上げながら、延々と痛めつけた。
やがて、美沙の悲鳴が止まった。
すみません、すみません、と力なく謝る美沙の声、そして樹利亜の荒い息だけが静寂の場に漂う。
あまりの展開に、葉子とナッツンは、立ったまま身動きできない。
次の瞬間、樹利亜が膝をついた。
「すみませんでしたぁぁぁッ!」
叫び、両手を床につき、土下座した。一切の迷いがない動きだった。
「大萩さんッ、酷いことして、すみませんでしたッ! 二度としませんッ! どうか勘弁してくださいぃぃッ!」
床に額を擦りつけ、樹利亜はさらに叫んだ。
あの樹利亜が?
いつも肩で風を切って歩く、あの樹利亜が土下座を?
いったいなにが……。
蛙のような格好の樹利亜を見下ろし、カヨッペがゆらりと立ち上がる。
「勘弁、ですって……?」
呟き、表情が困惑から怒りへと変貌した。
「できるわけないじゃない! なにがあったか知らないけど、わたしはあんた達を絶対に許さないわッ! ――出て行ってッ! あんた達の顔なんて見たくもないッ! 早く出て行ってッ!」
「ヒッ!」
カヨッペは学校中に聞こえるような声で叫んだ。
こんなに怒ったカヨッペを、葉子は初めて見た。
葉子の知るカヨッペは、土下座までした相手を拒絶する子じゃない。
樹利亜の謝罪を、快く受け入れるはずだ。
なのに怒る理由を、だが葉子は理解した。
――わたし達の為……。だよね、カヨッペ?
これは、『葉子とナッツンへの仕打ち』に対する怒りだった。
長い間、『自分が受け続けた仕打ち』にじゃない。
たった数時間、友に与えた仕打ちが許せないでいるんだ。
――カヨッペ、あんたって子は本当に……。
想い、葉子は人知れず、胸を熱くした。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
ペコペコ頭を下げながら、ボロボロの美沙を連れ、樹利亜は去っていった。
ポツンと立ち尽くすカヨッペは、葉子を見つめていた。
その瞳には、困惑と猜疑の色が浮かんでいる。
無理もない。
あまりに事態が急変し過ぎた。
理由のわからないカヨッペは、樹利亜の罠かと疑っているかもしれない。
だが、今このクラスで、葉子だけは知っていた。
――お兄さんだ。
葉子は確信した。
――カヨッペのお兄さんが、なにかをしてくれたんだわ。
それがなにかは、わからない。
でも、そんなことは、どうでもよかった。
「……カヨッペ」
クラスのみんなが、恐れ、沈黙する中、葉子が口を開いた。
ビクッと身体を震わせ、カヨッペは葉子を見つめた。
親友の目に光がともる。
その大きな瞳を見つめ、葉子は小さく頷いた。
「カヨッペ……」
もう一度呼びかけると、カヨッペは唇を動かした。
だが、言葉は出ない。
何度も口を開いては、噤み、そうしてやがて、ひと言だけ発した。
「……いいの?」
カヨッペは、小さく言った。
葉子は大きく頷く。
「いいの? わたし……みんなと話して、いいの……?」
震える唇で発したカヨッペの言葉に、たまらず葉子は駆けだした。
そしてカヨッペを――大好きな親友を、力一杯抱きしめた。
「ごめん……今までごめんね、カヨッペ……ひとりにして、ごめんなさい……」
抱きしめて謝った。
謝りながら涙を落とした。
ずっとこうしたかった。
ずっとこう言いたかった。
気がつくと、葉子も抱きしめられていた。
「ごめんなさい、カヨッペッ! わたし……わたしは……うわぁぁぁぁぁん!」
ナッツンが、葉子とカヨッペに抱きつき、大声で泣いた。
葉子も声を上げて泣いた。
そして、カヨッペも。
やがてクラスの全員が、カヨッペを囲んだ。
皆が謝り、多くが涙した。
カヨッペは迷うことなく全てを許した。
そして巻き込んでごめんなさい、と自らも謝った。
彼女らを、誰が責められよう。
圧倒的暴力を前に、一介の中学生では為す術も無かった。
そんな状況で、口に出さずとも、ふがいない自分自身に、全員が憤っていたんだ。




