思ったよりもえげつない結末だったこと
「恋の花は可憐に咲く」では、エンディングを迎えるとスタッフロールの後に、攻略評価ってのが出てくる。それまでのプレイ状況から攻略速度、主人公のパラメーター評価、好感度の上昇具合やアイテムコンプリート率などでABCDEの評価を叩き出されて、評価がよければ二巡目で少しお得な特典をもらえるんだ。所持金が多いとか、好感度上昇率が高くなるとか、パラメーターが上がりやすくなる、とかね。
標準はCで、Dまでなら罰はない。でも、あまりにもグダグダなプレイをしたらE評価の烙印を押され、とんでもないスチルが見られる。私がフィリップルートをしたときはB評価だったし、よほど悪意を持って手を抜かないと総合Eにはならないとのことで、ネット上でしかそのスチルは見られなかった。まあ、よくこんなスチルを入れたな、って感じの妙に力の入った、ヒロインの没落スチルだった。
つまり今から、メルティのこの二年間の努力(笑)が評価されるんだ。私たちはもちろん、銀色の賢者も黙っているけれど、その間、私の脳内ではお気楽なS森がぺらぺらと評価を喋っている。
『ヒロイン名:メルティ・アレンドラ 攻略速度:D クリア時攻略キャラ友好度:D パラメーター合計:E 人気レベル:E エンディング判定:E アイテムコンプリート率:E 総合判定:E』
……なんというかもう、笑いさえこみ上げるような結果だ。クリア時のキャラ友好度ということは、死亡したキャラや裏切られたフィリップ王子、実家でヒイヒイ言ってるロットからの受けは最悪だろうし、勉強をしないし学院での人気もないからパラメーターも人気レベルもE。エンディングも、どう考えてもバッドエンドだからE。どうしようもないなぁ!
『はい、総合Eということで、罰則を与えまーす! ちなみにあの地獄スチルなんてレベルじゃないよ! バグキャラも根っこはゲームのキャラだからね。僕の十八番のRPGのキャラになぞらえて、天罰を与えまーす!』
【そなたの行いは、見逃すことはできぬ。かといって、死ぬことは許さぬ。死よりも凄惨な、己の誇りを失う罰を受けるがいい】
脳みその中と外で、S森が全く違う口調でほぼ同じ内容のことを言う。そうして、銀色の賢者は泣きじゃくるメルティの頭上に、手の平を翳した。
光が迸るとか、音がするとか、そんなことはなかった。手を翳す、ただそれだけの動作を終えた賢者は、ゆっくりとこっちを向いた。
【勇気ある者たちよ、これからは、そなたらが主役だ。そして、次期国王よ。我に代わり、このグランディリアの地をよく治めよ】
最後の言葉は、レグルス様に向けられていた。つまり、S森もレグルス様が次の国王になることを認めたんだ。ゲームのシナリオからは大きく外れることにはなっても、それが正しいんだ。
レグルス様は深く頭を垂れる。
「……お言葉、胸に刻みます。必ずや、大賢者様の誇りになるグランディリアに致します」
【期待するぞ、人の子たちよ】
『それじゃ、元気でね! アリシア……だったかな。君も二度目の人生、こっちの世界でエンジョイするんだよ!』
銀色の賢者は相変わらずクール一徹だけど、脳みその中のS森は上機嫌だ。
メルティの身に何が起きたのかはよく分からないけど、私はレグルス様たちに気づかれないように、ふっと微笑んだ。
言われなくても、二度目の人生はしっかり謳歌するよ。
銀色の大賢者は仕事を終えると、仰々しいくらいの光の粉をまき散らしながら消え去った。本当に、目立ちたかったんだな、S森。
「メルティ!?」
ばたばたと忙しない足音。私たちの横を通り過ぎたその人は大粒の瓦礫につんのめりながら、力なく項垂れるメルティの元へと駆けていく。
「……ん? 生きてたんだ」
「ええ、もっと苦しませないとわたくしの気が済まないので」
「やりますね、ベアトリクス」
「ほほほ、せいぜい老後まで苦しむといいですわ」
……こういうのを見ていると、ああ、そういえばこの二人は悪役令嬢だったなぁ、と思い出す。
そんなほのぼのモードの私たちの前方で、ボロボロな格好のみすぼらしい青年――もといフィリップ王子がメルティに駆け寄り、その体を助け起こしていた。なんとなく、私もそっちに向かう。私が立ち上がって歩きだしたから、レグルス様たちもなんとなく付いてきた。
「メルティ! 無事か、怪我は……?」
簀巻き状態は誰かが解いてくれたんだろうか。上質な貴族服も泥まみれのフィリップ王子だけど、メルティも負けてはいない。瓦礫に押し潰されることはなかったにしろ、服も顔もドロドロだし、髪はメデューサかってくらい広がりまくっている。
メルティは最初、自分を助け起こす人物が誰か分からなかったようだ。怪訝そうにフィリップ王子を見たけど、それがかつての自分の信奉者だったと気づいたんだろう。ぱあっと顔を綻ばせ、その腕に縋り付く。
……なんだよ、ひょっとしてヨリを戻すのかよ、とげんなりした私たちだけど――
「はじめまして! 私、メルティ・アレンドラです!」
メルティの口から放たれた、違和感バリバリの言葉。思わず私たち五人の足が止まる。
いきなり目の前で自己紹介されたフィリップ王子は完全フリーズしている。そりゃそうか。でも、驚いているのはそれだけじゃなかった。
一番驚愕の表情を浮かべているのは、当の本人であるメルティ。彼女ははっと口を手で塞ぎ、しばし凍り付いたように沈黙した。きょろきょろと、目があちこちを彷徨っている。
誰も何も言えないまま、数秒が過ぎる。ごとん、と遠くで誰かが作業する音が響いた後、ゆるゆるとメルティは手を下ろす。そして――
「はじめまして、私、メルティ・アレンドラです……」
先ほどと全く同じ言葉を、口にした。え、何、これ?
「メ、メルティ? どうしたんだ、ほら、僕の名前を言ってくれ!」
フィリップ王子もメルティの変化が理解できないらしく、ガクガクとメルティの肩を揺すぶる。その目に浮かぶのは、はっきりとした恐怖の色。
揺すぶられるメルティは自分でも混乱しているらしく、あわあわと口を動かす。その口から紡がれるのは、先ほどから一言一句違わない、不気味な自己紹介。
「わた、私の名前は……メルティ……私の名前は、メルティ・アレンドラ……はじめまして……メルティ・アレンドラ……」
「……まさか、これが大賢者様のおっしゃった……?」
そう呟くベアトリクスの顔は、真っ青だ。未知との遭遇に、私たちは低く唸るしかできない。
これが、S森がメルティに課した罰。RPGになぞらえてって言ってたから……あれか。RPGのモブキャラはたいてい、何度話しかけても同じ言葉を繰り返すのみだ。キャラの台詞に重要単語があったりするというRPGの鉄則を守るためにああいう仕組みなんだろうけど、現実で目の当たりにすると、恐怖しか感じない。
たぶん、メルティはちゃんと言いたいことがあるんだ。でも口を開いても出てくる単語は、自己紹介のみ。自分の言いたいことが一切、相手に伝わらない。それどころか、不気味な自己紹介の無限ループという、相手に恐怖感を与える仕様付き。
フィリップ王子はメルティの身に起きた異変がやっと理解できたようだ。ぱたん、とメルティの肩を押さえていた腕が落ち、そのままフィリップ王子はばったりと仰向けに倒れてしまった。胸は上下しているから、息はしているようだ。
そうしている間も、メルティはひたすら同じ言葉ばかりを叫び続けていた。「私は! メルティ! はじめまして!」って感じに、その時の感情によって発声の調子は違うようだけど、シナリオ通りの台詞以外は、一切口にできない。
物語の路線から外れまくったバグキャラに対する、制作者の制裁……お、恐ろしいってレベルじゃない……これじゃ、生きる屍状態だ。
東の空が眩しい金色の光に包まれ、朝日が昇る。異変に気づいた騎士たちが駆けつけるまで、メルティはひたすら、同じ言葉を吠え続けていた。




