卒業式に向けた準備をすること
――さあ、本日もやって参りました! 木曜夜十時、「ちょっといい話、聞かなぁ~い?」のお時間です! 今日のゲストは……じゃん! 乙女ゲームプロデューサーとして現在脚光を浴びてらっしゃる、×森×太郎さんです! ×森さん、どうぞ!
――どうも。センセイショナル・プロダクションの×森です。
――×森さんは、今年の春に発売された乙女ゲーム、「恋の花は可憐に咲く」のプロデューサーでいらっしゃいます。実を言いますと、私も「恋花」に填っちゃった人間なのです!
――そうですか。ちなみに、一番押しのキャラは?
――もちろん王道のフィリップ王子! 真っ先にルート選択して、すぐにラブラブエンドを迎えました!
――それは何よりです。私は元々乙女ゲーム専門ではないので、今回初めて乙女ゲームを手がけて、不安が多く残っていたのですよ。
――……そういえば、×森さんは元々は、RPG系専門のプロデューサーでしたね。とすると、同じゲームでも大きくテーマが変わって、戸惑うことも多かったでしょうね。
――そうですね。RPGとはそもそものゲームの進行方向が違いますからね。乙女ゲームらしさを出すように、チームメンバーからも情報を得て、「恋花」の制作に当たりました。
――乙女ゲームにはあまりRPG要素は入りませんからね。
――いや、実はそうでもないのですよ。
――……と言いますと?
――私も遊び心で、「恋花」の中にかなりの裏設定を盛り込んでいるのです。ほとんどはネタ出しの時点で却下されたので流れたのですが、密かにそういった要素も盛り込んでいるのですよ。まあ、デバックルームにでも入らない限り、プレイヤーの目に触れることはないでしょうが。
――なるほど……ちなみに、どんな要素なのか、今このラジオを聞いている皆さんに伝えてくれちゃったりしませんか?
――うーん……どうしようかな。
――そこを、なんとか!
――分かりました。ここだけの話ですよ。……「恋花」のメインヒロインになるキャラ。デフォルト名はメルティ・アレンドラという子がいます。
――はい。
――実は、彼女は――
ティリス男爵家での朝食。カリカリに焼けたベーコンに、ちょんと半熟卵の黄身を付けていただく、この幸福……うーむ。
私は朝食をいただきつつ、ベアトリクスとカチュアに、学院の卒業式のことを尋ねてみた。
結果は――即答だった。
「行きますわよ? 元生徒会副会長として、はなむけを贈りたいと思いますの」
「伯爵令嬢として、参加義務があるとお父様から手紙が届いています。断る理由もありませんね」
つまり、またしても店を三人とも開けてしまうことになる。うーん……。
私たちのやり取りを黙って聞いていたお兄様が、ふと顔を上げた。
「……そういうことなら、どうだろう。僕がしばらく店にお邪魔しようか?」
「お兄様が?」
向かいの席のお兄様を見ると、お兄様はナイフとフォークを置いて、ちょこんとウインクを飛ばしてきた。
「そう。確かアリシアたち、そろそろ新規採用に向けて動きだしているんだろう?」
「ええ、ホールスタッフとキッチンスタッフを雇って、私たちが店を離れていてもやっていけるようにしたいの。で、ゆくゆくは」
「店舗拡大、だね」
全てお見通しのお兄様も重々しく頷く。そして、ぴんと右の人差し指を立てた。
「だから、君たちが卒業式に参加している間に、僕の方で採用事業を進めておこうかと思うんだ。ティリス男爵領の雇用促進も懸かっているからね。僕としても是非、雇用事務に顔を出しておきたいんだ」
「いいの?」
「もちろん、最終的な雇用選定は君たちにしてもらうよ。でも、それ以前の公募事務や応募者の整理、宣伝なんかは僕の得意分野だ。それくらいならお手伝いさせてもらうよ」
私はお兄様から目を離し、両隣に座っていたベアトリクスとカチュアの方を見る。
「二人はどう思う? 私は、お兄様に手伝ってもらうのも手かと思うけれど」
「いいと思います。今後のことを考えると、次期男爵の手と顔を借りることは非常に有意義です」
「そうですわね。最終選定はわたくしたちが担うとしても、ロイド様のお力をお借りすれば間違いはないでしょうし」
二人はそれぞれの意見でオッケーを下してくれた。
そういうことで、卒業式に参加している間は、お兄様に店の鍵を預けることにした。正し、お兄様はご自分でも「料理はダメなんだよなー」と言うように、家庭科の成績は芳しくない。男爵家令息としては当然だけど、そこでお兄様は厨房は必要以上使わないことを約束した。使うのは、湯沸かしのみ。後は、随行する使用人がやってくれるそうだ。ほっ。
その後一日掛けてお兄様と雇用に関する打ち合わせをして、私たちは男爵家の馬車で王都に向かった。
ベアトリクスとカチュアは、王都で一旦お別れだ。王都にある方のそれぞれの屋敷では二人のご家族が待ち構えていて、家族で卒業式に参加するということだ。ここからは、私単品行動。ちなみに私の両親は、祝電だけ送って式には参加しないそう。侯爵家や伯爵家と違って、うちには招待も来ていないからだと。
ベアトリクスとカチュアがいなくなって私は一人で馬車に揺られ、王都のティリス男爵家の屋敷にたどり着いた。夜会なんかに参加するときは、私たち一家の拠点はこっちの屋敷になる。他の貴族よりずっと小さな家だけど、それで十分事足りる。
「お嬢様、お帰りなさいませ」
ぱたぱたと飛んできたのは、若い侍女。彼女は私より一つか二つほど年上なだけで、子どもの頃からお姉さんのように慕ってきた。今回、卒業式の仕度は全て、彼女や屋敷付きの使用人に任せることになる。
私は上着と帽子を彼女に渡し、こぢんまりとした玄関ホールに立った。うん、この狭さが居心地いい。
「ただいま、チェリー。予定はもう聞いてるね?」
「はい。二日後の学院卒業式にご参加なさるのですね」
「そういうこと。新しくドレスを仕立てる時間もお金もないから、今あるものを適当に見繕ってね」
うちはお金に余裕があるわけじゃない。もっと高位の貴族なら夜会のたびに新しいドレスや靴を仕立てるんだろうけど、そんなことしたら金庫が空っぽになってしまう。そこまでしなくても、うちの侍女たちがあり合わせのドレスで立派なものを仕立ててくれるんだから、文句はない。うちは一家揃って倹約家なのだ。
ところがチェリーは目を丸くして、くすくすと堪えるように笑いだした。
「あらやだ、お嬢様ったら。お古なんてお出しするわけないでしょう」
「え?」
「約束の品だ、ということで届いておりますよ。超一級品」
何のことか訳が分からずぽかんとする私をほっといて、チェリーは胸の前で手を組んで、きらきらの眼差しで明後日の方を見ている。
「私、到着した日に少しだけ拝見したのですが……まあ、すばらしいこと! 私、今まであんな素敵なドレスを見たことがありません! 手で触れるのも憚られるほどのまばゆき輝きで……あれをお嬢様が着るところを想像すると、私、あぁっ!」
「ちょ、待って……何の話?」
私はいつもの妄想ムードに突入したチェリーの肩を掴んで現実に引き戻させる。
約束の品、って何? まさか、お父様たちが私に内緒で高い買いものをしたとか――?
チェリーは、大きく瞬きした。そして、にいっと音がしそうなほど顔を綻ばせた。
「レグルス王子殿下からの贈り物です!」




