狐と狼の迷子探し
「君の名前は?」
ハルトは少女に名前を尋ねた。母親と一緒にいたということははぐれた母親はきっと少女の名前を呼びながら探しているはずである。その呼び声を聞き当てられれば手掛かりになるとハルトは考えた。
「私、アリサっていうの」
「そうか。アリサちゃんっていうんだね」
少女の名を確認したハルトは早速捜索に乗り出すことにした。ループスにアリサを抱きかかえさせ、聴覚を頼りに彼女の母親を探し始めた。
「俺がこの子を抱える理由あるか?」
「大人の視線の高さじゃこの子が見えづらいだろ。だから背の高いお前が抱きかかえてる方がいい」
疑問を呈したループスにハルトは理屈を説明した。大人は雑踏の中では子供を見失いがちである、よって大人と遜色ない背丈のループスと高さを合わせた方が見つかる確率が少しでも上がるという算段であった。
「お母さんってどんな格好してたか覚えてる?」
「うん。青いドレスを着てるよ」
「青いドレスね。髪の毛の色は?」
「金色だよ」
アリサから彼女の母親の外見的特徴を確認したハルトは町の人々に聞き込みを開始した。観光客であれば立ち寄りそうなところに目星をつけ、そこにいた人間に片っ端から聞き込みをしてアリサの母親の足取りを追った。どうやらアリサの母親もアリサを探していろいろなところを探し回っているようであった。
「ねえねえ。お姉ちゃんたちのお耳と尻尾は本物なの?」
母親探しの最中である程度ハルトたちに気を許したのか、アリサはふとした疑問に踏み込んだ。ハルトには慣れた質問だったがループスがそれを受けるのは初めてであった。
「もちろん本物だぞ」
ハルトはアリサの疑問に答えるように自分の耳と尻尾を動かして見せた。彼女にとって自分の耳と尻尾は恥ずべきものでもなんでもない。故にそれを見せることに何の抵抗もなかった。
「えっ、すごーい!触ってみてもいい!?」
「どうぞ」
疑う余地がなくなったアリサは興奮気味に踏み込んだ。対するハルトは少しだけ歩幅を詰め、アリサに近づいて自身の尻尾を差し出した。普段は気安く尻尾を触らせるようなことはしないのだが今は事情が事情なだけに話は別であった。
アリサは己の欲求のままにハルトの尻尾に手を触れた。
「すごーい!ふわふわー!」
「毎日ちゃんと綺麗に手入れしてるんだよー」
自分の尻尾をモフモフするアリサにハルトは得意げになって語った。耳と尻尾のことは彼女の中では子供たちに対する鉄板ネタであった。
「狼のお姉ちゃんのも触ってみていい?」
「えっ!?」
いきなり話題が自分に移ってループスは返答に困ってしまった。彼女はハルトと違って自身の耳や尻尾を触られることには不慣れであった。
「いいぞー、触っても」
そんなループスの事情を無視してハルトはニヤニヤしながらアリサにスキンシップを促した。彼女にとってはいつかの子供たちにもみくちゃにされるのを見殺しにされた時の意趣返しであった。
「うわっ!いきなり何するんだ!」
ループスはアリサからのスキンシップに対して迷惑そうな口ぶりを見せた。しかしその言葉とは裏腹に耳はピコピコと跳ねていてまんざらでもないようであった。
「やっぱり本物なんだ!」
「当たり前だろう!」
ループスは不器用であった。アリサに対して柔らかい物腰で話すことができず、つい荒っぽい口調で返事をしてしまった。
「心配しなくてもいいよ。狼のお姉ちゃんはちょっと口が悪いけどこんなことで怒ったりしないから」
ループスの口調に少し気が引けてしまったような素振りを見せたアリサにハルトがフォローを入れた。確かにループスは本気で怒ってはいないがそれは相手が迷子という立場であるがゆえに怒ることができないからである。相手がハルトであれば普通に怒っているところであった。
そんなやりとりをしながらさらにソルシエールの街中を歩くこと数十分、流石のハルトとループスも疲労を感じずにはいられなかった。特にループスはずっとアリサを抱いていることで腕が限界を迎えようとしていた。
気づけば陽も少しずつ沈みかけ、日没の時が近づいてきていた。
「本当にお母さん見つかるかな……?」
日没が近くなってきたという事実がアリサの中の不安を煽った。両親がいない環境に慣れているハルトとループスの二人とは違い、まだ幼いアリサは長時間親と離れ離れになることはこの上ない不安材料であった。二人がついていることでいくらか緩和されてはいるものの、このまま夜を迎えてしまうのではと考えるとやはり怖気づいてしまった。
「大丈夫。絶対のお母さんとまた会えるから」
「その通り。まだ日が沈むまでは時間があるからな」
弱気になりかけているアリサにハルトとループスは励ましの言葉をかけた。今の境遇に置かれて一番つらいのはアリサであることを二人も理解していた。
「……待って、アリサちゃんを呼ぶ声が聞こえた」
ハルトの耳にはアリサを呼ぶ声が聞こえた。確かにアリサを呼ぶ声であり、その声色から必死になって彼女を探しているようであった。
「俺も、君と同じ匂いを遠くから感じた」
ループスの嗅覚も確かにアリサと同じ匂いを遠方から感じ取っていた。二人のそれぞれ異なる優れた感覚でアリサの母親の気配を感知していた。
「お姉ちゃんたちを信じて、もうちょっとだけ頑張ってみようか」
「……うん」
アリサを元気づけ、ハルトたちはアリサの母親捜索を再開することにした。ハルトの聴覚とループスの嗅覚に反応があるのであればきっともうすぐ見つかるはずであった。
音と匂いを頼りに捜し歩くことさらに十数分、ついにその時は訪れた。
三人の目に青いドレスを着た金髪の女性の姿が映った。それはアリサが証言した彼女の母親の姿と一致していた。
「アリサ!アリサどこに行ったの!?」
女性はアリサのことを探しているようであった。その声と匂いからハルトとループスは彼女こそがアリサの母親であることを確信した。
「お母さん!」
ようやく母親を見つけたアリサはハルトたちの元を離れて女性のところへと駆け寄っていった。その後ろ姿を眺めながらハルトたちもゆっくりとアリサの方に歩みを寄せた。
「アリサ!どこ行ってたの!?」
「ごめんなさいお母さん!」
アリサの母親はようやく見つけた娘をしっかりと抱きしめて受け止めた。どうやら必死になって探したのはお互い様のようであった。二人が無事に再開を果たしたことにハルトとループスは安堵で胸をなでおろした。
「そこの狐のお姉ちゃんと狼のお姉さんが一緒にお母さんを探してくれたの!」
アリサはハルトとループスの方を指さしながら母親に再開までの経緯を語った。
「娘を助けてくださって本当にありがとうございます!なんとお礼をすればよいのか……」
アリサの母親はハルトたちに深々と頭を下げた。大事な娘を無事に返してくれたことは感謝してもしきれなかった。
「いやいや、俺たちは当然のことをしたまでです」
ハルトは母親に対して謙遜する態度を見せた。口下手なループスに喋らせるよりも自分が表に立った方がことをスムーズに進められると考えての対応であった。
「狐のお姉ちゃんありがとー!」
「どういたしまして。アリサちゃんを助けてくれた狼のお姉ちゃんにもありがとうって言ってあげて」
「狼のお姉ちゃん、ありがとー!」
アリサはペコリと頭を下げながらループスにお礼を告げた。ループスは初めて正面から感謝されて言葉では言い表せないような感情を始めて覚えた。そんな彼女の尻尾は左右にパタパタと揺れていた。
自分の尻尾が動いているのに気づいたループスはその感情が『喜び』であることを理解したのであった。
「もうはぐれちゃダメだからな」
「うん。バイバーイ!」
ハルトとループスはアリサに別れを告げた。アリサは彼女の母親に手を引かれてどこかへと行ってしまったのであった。
「やるじゃん」
「まあ、当然のことをしたまでだな」
ハルトに煽てられたループスはまんざらでもない様子で答えた。彼女は口下手で、自分の感情に素直になれない不器用な性格なのであった。




