そこにいた証
花畑を観光し、土産も購入してブルームバレーでやることが無くなろうかとしていた時のことであった。ハルトは唐突に寄りたいところを思い出し、ループスたちを巻き込んでその場所へと訪れていた。
ハルトに連れられ、一行がたどり着いたのは大きな屋敷であった。
「ここは……?」
「俺が前にブルームバレーに滞在してたときに世話になってた家だ。今は家主不在で空き家になってるけどな」
目の前にそびえたつ屋敷は亡きヤグルマの邸宅であった。ここは彼が生前暮らしていた家であり、彼の仕事場でもあった。
現在は唯一の住人であったヤグルマが不在となっているため、誰も住んでいない空き家である。
「誰も住んでないのに綺麗ですね」
「たぶん誰かが管理してるんだろうな」
アリアは誰も住んでいない邸宅が綺麗に保たれていることに疑問を抱くがそれに対してハルトが推測を語った。花畑にあった彼の墓標も綺麗な状態を保たれていたため、誰かが管理をしていることは明白であった。
ハルトが門を開き、一行はヤグルマ邸へと足を踏み入れた。玄関までの通路をまっすぐに進みながらハルトを除いた一行は周囲を見回す。庭先の草木は適度に整えられており、伸びっぱなしになっているものはない。気を遣って手入れされていることが窺えた。
屋敷の中には当然ながら誰もいなかった。管理されているとはいえ、清掃が行き届いているわけではないらしく、明かりの灯っていない内部は薄暗い。また人が立ち入ることもあまりないようで、内装の一部は埃を被っていた。
「懐かしいなぁ。ここから右に進むとヤグルマの研究室があって、研究室の奥にはたくさんの鉢植えがあって、それからそれから……」
ハルトは当時を懐かしむようにぶつぶつと呟きながらせわしなく屋敷の中を駆けまわり、そのたびに彼女の足元で埃が舞う。しかしその表情は楽し気とはいい難い、どちらかと言えば寂しそうなものであった。
「お前はどこの部屋を使ってたんだ?」
「えーっと、確か……」
ループスが話題を振ってハルトを呼び止めた。するとハルトは足を止め、踵を返すと屋敷の階段を登っていった。ループスたちはハルトの後ろを追いかけながら屋敷の中を探索していく。
「この部屋だ。ここを開けたら……」
ハルトは扉を開けた瞬間に言葉を失った。部屋の様子はこの屋敷を借してもらっていた当時と何も変わらない状態のままだったのである。そっくりそのままの姿で一部埃を被っているその様子はまるでこの空間の時間が止まっているかのように錯覚させた。
「あまり楽しそうではなさそうだが」
「そりゃそうだ。ここには遊びに来たわけじゃない。見てもらいたいんだ。ここにはかつて『人が生きていた』ってことをな」
ハルトは表情を曇らせたまま語る。それもそのはず、彼女がここを訪れたのは観光目的ではない。かつて自分が見てきたものを仲間たちにも共有するためである。ただ綺麗な面だけではない、清濁併せたすべてを見せるつもりであった。そしてヤグルマの屋敷はハルトにとっては『濁の部分の象徴』であった。
「ここの家主はどうして不在なんだ?」
「死んだんだ。昔あった戦いでな」
「戦いってどんな……?」
ループスとアリアは過去にあった出来事について当事者であるハルトに尋ねた。それが彼女にとって苦い記憶であることはこれまでやり取りから容易に想像がついたが、本人からそれを見せてきた以上は真実を知っておきたかった。
「俺がここに来た頃、ブルームバレーの花畑は心ない上流階級の人間に乗っ取られていたんだ。法外な入場料をふんだくって私腹を肥やすための道具にされていた」
ハルトはヤグルマが亡くなるまでの経緯を語る。その背景にはかつてあった『解放運動』が密接に関わっていたのである。
「でも中には花畑を取り戻そうと声を上げて活動していた奴もいたんだ」
「で、ここの家主もその中の一人だったと」
「その通り。ヤグルマは運動の指導者だったんだ」
カーラの推察にハルトは答え合わせをした。
「俺はそんなヤグルマにたまたま拾ってもらったんだ。ヤグルマは解放運動の戦力が欲しかっただろうし、俺は花畑を見たい。利害の一致って奴だな」
かくしてハルトとヤグルマは運命的な出会いを果たした。ヤグルマはそれまでハルトが毛嫌いしていた上流階級の人間であった。だが見返りなしに庶民に寄り添う姿勢、同じ上流階級相手に戦う姿はハルトの中の偏見を塗り替えるには十分な材料であった。
「指導者であったがゆえに殺されてしまったと」
「そうだな。しかも、俺の目の前で……」
ハルトはヤグルマの今際の際を今でもはっきり覚えている。自分が付いていながらヤグルマを守ることができなかった。完全に不覚を取った結果招いた末路であった。
そしてこの一連の出来事がハルトの『仲間を誰も傷つけさせないし、殺さない』という信念を確固たるものにしたのである。
「そんなことがあったんですね……」
「そう。だからここは俺が絶対に忘れちゃいけない場所なんだ」
ハルトは耳を伏せて哀愁に満ちた目で明後日の方向を眺めながらそう言った。彼女にとってヤグルマの屋敷は当時のことを忘れさせないための楔であった。
こうして、ループスたちはハルトが過去に体験した『負の記憶』を知ることとなったのであった。




