花が香る街
村を出発して数日。ハルト一行は昼下がりにとある街へと入った。そこは彼女たちが目指していた場所、花の街ブルームバレーであった。
「いい匂いですね」
アリアは初めて踏み入るブルームバレー特有の草花の香りを感じ取っていた。この街は花の街の通り名に恥じず、街のいたるところに花が咲いている。家の玄関に置かれたプランター、壁に飾られたフラワーアレンジメントなど、どこを見ても枯れていたり萎れている花は一つたりとも見当たらない。
「まるで香水が街中に振り撒かれてるみたいだ」
「実際に花を使った香水もあるんだぞ。見てみるか?」
「今はそれよりも宿の確保の方が先だ」
ハルトの誘いを突っぱねてループスは宿を探すことを優先させた。ブルームバレーは季節を選ばない観光地ということもあり、連日多くの観光客が訪れる。日が沈む前に宿を確保しなければ自分たちの寝床が危うかったのである。
それはハルトも承知していたため、一行は宿を探すことにした。観光はその次である。
観光地ということもあり、宿自体は数分歩けば見つかるほどにはありふれていた。しかしそのどこもすでに満室で、中々泊まれる宿にありつくことができなかった。四人が同時に宿泊するとなるとそれなりの大部屋が必要であるため、それがさらに宿探しの難易度を引き上げていた。
「なかなか宿が見つかりませんね……」
「前はどこに泊まってたんだ?」
「前は泊ってたっていうか、泊めてもらってたっていうか……」
以前滞在した場所をループスに尋ねられたハルトは言葉を濁した。彼女は以前衣食住を提供してくれた有志と出会い、そこに滞在していた。しかし今はその有志は不在となったために頼れるあてがなかったのである。
「泊めてもらってってどこに」
「前に花畑の解放運動に参加したことあるって言ったろ。それの主導者のところにな」
ハルトをブルームバレーに滞在していた有志。それは花畑解放運動の主導者、ヤグルマ・ガーベラであった。花を研究する学者であり、花畑を愛していた彼はそれを私物化していた上流階級の人間から花畑を取り返そうと活動を起こしていた。それまで上流階級の人間は庶民を虐げるものだという偏見を抱いていたハルトに見方を改めさせた人物であった。
「でもその人はもういない」
「いないって。何があったんだ?」
「殺されたんだ。俺の目の前でな」
ハルトは苦虫を噛みつぶしたような表情で過去の事件を語った。ヤグルマは活動の最中凶刃に倒れ、志半ばでその命を終えることとなってしまった。ハルト自身にとっては慢心が招いた辛い事件であった。
「花畑にお墓がある。明日にでも見に行ってやろうと思う」
ブルームバレーの花畑にはヤグルマの墓が立てられている。花畑の解放に力を尽くした彼に感謝の意を込め、彼の愛した花畑がいつでも見られるようにという市民の計らいによって作られたものである。
ブルームバレーはハルトにとってはただ楽しい場所というわけではない。そこには戦いと悲しみ、苦しみとで酸いも甘いも入り混じった思い出があったのである。
「大変だったんだな。お前も」
「まあな。話してたら気分が落ち込んだわ」
当時のことを思い出したハルトは耳を伏せて落ち込みながら宿探しのためにブルームバレーの街中を歩いたのであった。




