受け継がれる名前
「アリア、少し話がしたい」
その日の夜、ループスは夕食後にアリアを呼び止めた。彼女の今後にまつわる大事な話をするためである。事前にそれを知っていたハルトはしれっと席を外した。
「カーラ、悪いが少し席を外してくれないか?」
ループスはカーラに退席を促した。他人を介在させないことでアリアに気負いさせないようにするためである。カーラにはその意図は伝わらなかったものの彼は言われるままにその場からいなくなった。
二人きりになったところでループスはアリアに話を切り出した。
「あの……二人きりで話したいことってなんですか?」
「お前に関することだ。アリア、お前は本気で学校に行きたいんだな?」
ループスはアリアの意思を確認した。もしこれに対してアリアが『はい』と答えれば彼女を奴隷の身分から解放するつもりであった。
それに対するアリアの答えはすでに決まっていた。
「はい。私はエリアル魔法学院に……入学したいです」
アリアは改めて自分の意思を、自分の言葉で正面からループスに伝えた。彼女はソルシエールの魔法学校ではなく、ループスたちの母校であるエリアル魔法学院を目指していたのである。
そうと分かればループスからできることは決まっていた。
「そうか……それならお前を奴隷から解放しなければならんな」
「えっ……?」
アリアは己の耳を疑った。彼女はハルトとループスの奴隷という立場を悪く思っていないどころか、寵愛と言っても過言ではない待遇に居心地のよささえ感じていた。
「いいかアリア、これからお前を奴隷から解放する理由を説明する」
事情を把握できてないアリアにループスは順序だてて説明を始めた。
「お前のような奴隷には認められていない自由が三つある。一つは『結婚』、もう一つは『就労』、そしてさらにもう一つが『就学』だ。だから奴隷の身でいる限りお前はどれだけ努力してもエリアル魔法学院には入学できない」
ループスから告げられた事実にアリアはひどく衝撃を受けた。自らの身分のせいで現状では入学が認めらず、努力がすべて無駄になってしまう。だからループスは奴隷という身分から解放しようとしていたのである。
「だから俺たちはお前を奴隷から解放する。ハルトも了承済みだ。ただし、お前が俺たちの奴隷でなくなることでできなくなることもある」
奴隷に存在する数少ない権利、それは『所有物として所有者の庇護を受ける権利』であった。現在アリアはハルトとループスに養われており、彼女たち以外から不当な扱いを受ければ所有者であるハルトとループスによる報復が認められている。しかし奴隷でなくなれば二人の報復が認められなくなるのである。
「これから先はどうしていけば……」
「心配するな。お前にはビシャスが付いている。何かあれば背中に宿したソイツに守ってもらえ」
ループスはアリアの背を押すように語り掛けた。元々アリアは精霊であるビシャスと契約しており、彼女の意思一つで使役できるため自衛手段は十二分に、むしろ過剰なぐらいに持ち合わせていた。
「解放するもしないもお前の意思一つだ。お前はどうしたい」
ループスはメリットとデメリットを説明したうえでアリアの意思を確認した。それに対するアリアの答えは決まっており、彼女はそれを伝えるべく口を開く。
「私は……奴隷から解放されたい……です」
「……わかった」
アリア自身の口から出たその言葉を聞き届けたループスはアリアを奴隷から解放することを決めた。それに伴い、ループスはアリアに最後の問いを持ち掛けた。
「アリア、最後に聞かせてくれ。奴隷から解放されて一人の人間に戻るお前に名前を与える必要がある。お前はルナールブランとノワールロア、どっちの名が欲しい」
ループスは今回の話の本題である『名前の決定』をアリアに委ねた。人となったアリアがこれからの生涯を通じて使っていく大事なものである。
死にかけていた自分を発見し、手を差し伸べて命をつなぎ留めてくれた恩人であるハルトと家族を失ってからずっと孤独だった自分に理解を示し、寄り添ってくれているループス。アリアにとっては二人の名を授かれるのはこの上ない名誉であり、そのどちらか一方を選ぶのは究極の選択にも等しい。それに対してその場で答えを出すことはアリアには不可能であった。
「ごめんなさい……この場では決められない……です」
「そうか。いきなりこんな重い決断を迫って悪かったな」
アリアがこの場で決めることができないことを伝えるとループスはアリアに心理的負荷を強いてしまったことを詫びた。すべて自分のためにしていることであるということを理解できるだけにループスの気遣いはなおさらアリアに深く突き刺さる。
「答えが出たら教えてくれ。その時が、お前が奴隷でなくなる時だ」
ループスは話を終えると立ち上がり、話が終わったことをハルトとカーラに伝えるためにその場から姿を消した。
アリアは生涯で最も重い決断を委ねられたのであった。




