再戦の行方
クリムの待ちを一方的に崩す戦術を取ったループスはどう決着をつけるかを考え始めた。クリムとの戦いがどうすれば終わりなのかは不明瞭であった。どちらかの命が尽きるまでか、それとも降参を認めるまでか。ループスはクリムの戦意を喪失させることで降参を促す方向で勝負を決めることにした。
衝撃波の回避と防御で体力を消耗したクリムに対し、ループスは剣を白熱化させたまま突撃を仕掛けた。魔力で白熱化させた刃でクリムの軍刀を溶断するつもりであった。
(……負けるッ!?)
迷いなく突進してくるループスの気迫にクリムは初めて実子に対して恐怖の感情を覚えた。元の姿を奪い、一度は力の差を見せつけて再起不能にできるほどの傷を負わせたはずの子が今自分を超えようとしている。目的のために極限まで自分を追い込める執念と不撓不屈の精神を持っていたことをクリムは知らなかったのである。
「なぜだ。なぜお前はそこまでできるのだ!?」
「貴方を超えたいという一心を貫き通したまでです!」
攻勢に転じたループスはクリムに対して言い放つ。その矢先に繰り出した袈裟斬りがクリムの軍刀にぶつかり、その刃を熱で溶かして音もなく真っ二つにした。
切り離された刃は地面に落下し、クリムは手持ちの武器を完全に喪失することとなった。
しかしクリムは投降の意思を示さない。刃の折れた軍刀を投げ捨てると素手でループスへと挑みかかった。実子には意地でも負けるわけにはいかないというプライドが彼を突き動かしたのである。
至近距離で不意を突かれたループスはまんまとクリムに殴り飛ばされ、剣を手元から落とした。
「剣を落とした程度で勝ちを確信するなど甘いわ!」
クリムは殴り飛ばしたループスに喝を入れた。まだ勝負はついていない。身体が動く限りまだ勝負を続けるつもりであった。それに応じ、ループスも拳を握りしめて格闘戦に臨んだ。
上流階級らしさとはまるでかけ離れたあまりに泥臭い殴り合いが展開され、マグナレイド邸の玄関前にて両者の拳が相手を殴打する音が響き渡る。
顔が腫れあがり、鼻血が垂れて口の中が切れようとも二人は断固として勝負を捨てず、闘争心をむき出しにして殴り合いを続けた。
互いに言葉を忘れたままの殴り合いは数十分にも及んだ。互角な打ち合いの末、ループスとクリムは互いに立つのがやっとの状態まで消耗していた。すでに足取りもおぼつかず、まっすぐに進むことができないほどであり、なにかをまともに一発もらえばそれで決着がつくような状態であった。
決着をつけようと勝負に出たループスは潰れかかった視界にクリムを捉え、彼の方へとよろめきながら進んだ。対するクリムもループスに一撃を入れるべくふらつきつつも進んでいく。
「ッ!」
「……ッ!」
互いの拳がまじりあう刹那、ループスは咄嗟に姿勢を低くしてクリムの鳩尾に抉りこむように拳を叩き込んだ。ループスに姿勢を低くされたことで彼女の顔を殴ろうとしたクリムの拳は空を切り、一方的に一撃を加えられてよろめきながら大きく後退した。
鳩尾に渾身の一撃を入れられたクリムは呼吸が大きく乱し、それでも食い下がろうとするもののその膝はガクガクと震え、ついに崩れ落ちてうつ伏せに倒れこんだ。もうこれ以上の戦闘の続行は不可能であった。
「ハァ……ハァ……もういいでしょう父上」
「……見事であった」
二人の戦いはついに終わった。クリムが自身の敗北を認めたのである。剣の勝負に敗れ、殴り合いもあと一歩及ばず、完敗といってもよい結果であった。
「約束です。父上、俺の独立を認めてくださいますね」
「……好きにすればいい」
ループスは口頭で約束を確認するとクリムは倒れた身体を仰向けに直して開き直るように吐き捨てた。
「ループスよ。最後に一つだけ聞かせてくれ。家名も、地位も、名誉も捨ててまでお前がしたいこととはなんなのだ」
クリムはループスに問いを投げかけた。これが我が子と交わす最後のやり取りになる覚悟であった。
「俺がしたいこと……それは、ハルトと一緒に旅を続けることです」
『ハルトの隣で一緒に旅を続けること』それがハルトと二人で行動する中でループスが見つけた『心の底からやりたいと思うこと』であった。
「ハルト……あの子狐か」
「ええ。あの子狐こそが俺という人間の在り方を変えてくれた存在ですから」
ループスにとってハルトはいろいろな意味で特別な存在である。自分よりも一点において優れた能力を持ち、自身とは正反対の庶民という身分に生まれ育ち、自分とは何もかもが異なっていた。元の姿を失おうとも、その姿を奪った張本人である自分と共にあろうとする姿勢がループスの中にあった凝り固まった考えを変えてここまで至らせたのである。
「父上、俺からも一つだけ聞かせてください。なぜ俺をこのような姿にしたのですか」
ループスはクリムにかねてより抱いていた疑問をぶつけた。自分をこの姿にしたことに理由があるのか、それを知りたかったのである。彼女もまた、これが父と交わす最後の会話にするつもりであった。
「お前のその姿は私の妻……お前の母そっくりそのままなのだ」
クリム曰く、今のループスの姿は耳と尻尾以外は死に別れた母親の生き写しであった。変身の魔法をかけたのは彼ではなくケルスだがクリムの中にあった亡き妻への未練が無意識のうちにそのような姿を描いたのである。
「そうだったのですか」
疑問に対する回答を得たループスは落とした剣を回収し、鞘に納めるとクリムを一瞥した。別れの前に父親の姿を目に納めておこうという計らいであった。
「さようなら、父上。恐らくもう会うことはないでしょう」
ループスは踵を返すと戦闘のダメージを引きずったままよろよろと歩いてマグナレイド邸を去っていった。父親から独立を勝ち取った今、彼女は『ループス・マグナレイド』ではなく名実ともに『ループス・ノワールロア』として認められたのである。
日が昇り始める中、ループスはハルトの元へ帰るべく一人ウォルフェアの街を歩くのであった。




