軍人と狼の親子喧嘩
クリムとループスを追いかけ、ハルトがマグナレイド家の屋敷の外へ出るとそこには剣を交えて壮絶な戦いを繰り広げる二人の姿があった。しかしそれは決して互角の戦いなどではなく、技量と経験で圧倒的に勝っているクリムの攻勢をループスが辛うじて凌いでいるような状態であった。
「どうしたァ!その程度でよく俺に勝つなどと抜かせたもんだ!」
「う、うるさい!」
クリムの挑発的な物言いに対してループスは精一杯の強がりを見せた。軍人として武術を鍛錬し、それに倣った戦闘ができるクリムに対してループスは技術などを持ち合わせていない。野性的な直感と身体能力だけでなんとか食らいついているような状態であった。
二人の戦いを見ていたハルトはあることに気が付いた。ループスの剣が光っていない。彼女は一切の魔力を込めていなかったのである。魔力を込めた魔法剣で切り結べばクリムの軍刀を溶断することなど容易い。しかしそれをしないのは彼女にクリムを殺す意思がなかったからである。
しかしいくらループスが強がったところで状況が覆るようなことはない。クリムはループスの反抗を押しのけ、優勢をますます固めていく。
鍔迫り合いを仕掛けてループスの片膝を地に着かせ、彼女の腹に前蹴りを入れて突き崩すとすかさず首を狙って追撃で斬りかかった。ループスが首を上げたときにはすでにクリムは眼前、咄嗟に身を翻して直撃を免れるものの、剣戟はループスの後ろ髪をバッサリと切り裂いた。
「弱い!弱いわ!」
クリムの攻勢は止まらない。彼の一手一手にループスに対する明確な殺意があることはハルトの目から見ても明らかであった。このままではループスがその手にかけられるのは時間の問題である。
見かねたハルトは銃を抜き、クリムの足元を狙って引き金を引いた。
「ッ!?」
炸裂音と共に足元が抉り取られたのを見たクリムは咄嗟にループスから距離を取った。音のした方を目で追い、その先にいるハルトを睨みつけるがハルトも銃口を向けたままクリムを睨み返す。
「なぜ邪魔をした」
「アンタ自分の子供を殺すつもりか?」
「親に逆らうなど子のすることではない」
クリムの言い分はあまりに頑固に凝り固まっていた。言葉で訴えかけても効果がないことを早々に察したハルトはこれ以上は何も言わなかった。
「興が醒めたわ。こんなに弱いのを一方的にいたぶっても面白くもなんともない」
ハルトの介入で冷静さを取り戻したクリムは剣を下ろすとループスを睨みつけた。その言葉通り、ループスがクリムを殺さないように魔力を抑えていたのを差し引いていたとしても、二人の間には明確な実力差があった。
「一週間の猶予をやる。それまでにマグナレイドに戻るか、まだ逆らうかじっくり考え直すんだな」
クリムはループスに対してそう言い残すと踵を返して屋敷へと戻っていった。力の差を見せつけられたループスは呆然自失とし、ただ去り行くクリムの背を眺めることしかできなかった。
「勝てなかった……」
ループスは上の空になりながらそう呟いた。実力で勝てず、確実にとどめを刺されるところをわざと見逃されるのはクリムの教育の影響を少なからず受けている彼女にとっては耐えがたい屈辱である。
ハルトはループスにかける言葉が見つからず、ただ彼女のそばにいることしかできなかったのであった。




