憩いの家、再び
その日の夜、ハルトとループスはリリアンに招かれる形で憩いの家へと足を運んだ。二人にとってはリリアンのことを深く知る絶好の機会であると同時にシーラの思いを伝えるまたとない機会でもあった。
「やあやあ、待っていたよ。今夜は貸し切りだから好きなだけここにいるといい」
「ではそうさせてもらおうか」
リリアンの饒舌な歓迎に対してループスは簡潔に返事をすると最寄りの椅子に腰を下ろした。ハルトもループスの隣に座り、リリアンが向かい合うのを待つ。
ほどなくしてリリアンは用意してきたお茶をテーブルに置き、ハルトたちと向かい合うように座った。
「飲みたまえ。なに心配することはない。今度は冷たいのを用意したからね」
リリアンはハルトをおちょくりながらお茶を飲むように勧めた。ループスが匂いを嗅ぎ、怪しいものが入っていない普通のお茶であることを確かめると二人は静かにお茶に手を付けた。
「ずいぶんと私のことを探していたようじゃないか。それは何か理由があってのことだろう?」
「まあな。とある人からアンタのことを探してほしいって頼まれてな」
リリアンが先回りするように話題を切り出すとハルトがそれに乗じて話し始めた。
「ふぅん。つまり君たちは他人の人探しの手伝いで私のことを探していたということか。で、依頼人は?」
「シーラ・マーキス。聞き覚えのある名前だろう」
ハルトがシーラの名を出すと、リリアンの饒舌が鳴りを潜めた。その様子は婚姻関係を結んでいた以外にも何か因縁がありそうな雰囲気を醸し出していた。
「彼がねぇ……」
「シーラはアンタのことを妻だと言っていたが、それは本当なのか?」
「相違ないよ。私はシーラと結婚しているし、彼との間に設けた娘も一人いる」
リリアンはハルトたちに正直に語った。
「じゃあどうして二人の元を離れたんだ?あんな立派な屋敷を持って、シーラの財力があれば何一つ不自由することもないだろうに」
「いやぁ……なんだかねぇ。不自由はしないけどなんだか窮屈な気がしてね」
ループスがリリアンに尋ねると、彼女はどこか言葉を濁すようにそう答えた。言葉を濁すというよりは自分の思考に言葉が追い付いていないという方があっているような口ぶりであった。
「冒険者でいたいならどうして娘さんを……レナちゃんを産んだんだ?」
「さぁ……その頃は自分の家庭を持つことが面白そうだと思ってたんだ。だからシーラとの縁を結んだし、望んで娘も産んだ」
リリアンは饒舌に語りつつもどこか浮かない表情をしていた。
「でも娘を産んでからやっぱりまた気ままな冒険がしたくなってしまったんだ。自由と名声を欲しいがままにしていた頃に戻りたくなったんだよ。勝手な言い分だってことはわかってるんだけどね」
一人の母親から自由気ままな冒険者に戻りたい。それがリリアンがシーラとレナから遠ざかった理由のすべてであった。身勝手な理由であるということはリリアン自身も自覚し、彼女はそんな自分の気まぐれと身勝手さに少なからず罪悪感を抱いているようであった。
「今になって私はまた迷ってるんだ。冒険者であることを続けるか、それとも母親に戻るか。ねぇ、君たちは気まぐれな私が今頃になって母親に戻れると思うかい?」
リリアンは己の中にある迷いをハルトたちに打ち明けた。彼女は自分がどうあるべきなのか自分で折り合いをつけることができなかったのだ。
ハルトとループスは返答に迷ってしまった。自分たちの答え次第ではリリアンの今後の人生の在り方を決定づけてしまうことになるのかもしれない。そう考えると迂闊に答えることができなかった。
「どうかな?」
「俺たちは母親になったことないからわかんねえけど……でも、レナちゃんに一度会いに行ってみるぐらいは悪くないんじゃないか?」
ハルトは悩んだ末に一度レナと顔合わせをすることを提案した。リリアンの母親としての葛藤は元々男であったハルトには到底理解できないものである。しかしリリアンの娘であるレナが母親を恋しく思う気持ちを理解することはできた。
「娘は……レナは私のことを覚えているだろうか。あの子が物心つく前に離れてしまったが……」
「覚えてるんじゃないか?少なくとも、自分に母親がいたってことぐらいは」
娘が自分のことを覚えていないのではないかと不安を抱くリリアンに対し、ループスはレナの中に母親に関する記憶が朧気に残っていることを伝えた。以前に彼女の寝言を聞いたとき、母親を呼んでいた。これは自分に母親がいたという記憶がなければ出てこない言葉である。
「そうか……じゃあ、一度会ってみるよ」
「明日シーラさんに会いに行く予定があるんで、よければ一緒に」
ハルトはリリアンに手を差し伸べた。シーラの、レナの、そしてリリアンの、それぞれの願いを一つにまとめる最大のチャンスであった。
こうしてハルトたちはリリアンをレナに会わせる約束を取り付けたのであった。




