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第7話 ピラミッドの守り人

 ピラミッド。

 それは神秘の建造物。

 巨大な正立方体の岩を組み上げて作り出された姿は、異様とも言えるかもしれない。


「……おれ盗掘者の気分」


 入り口までやってきたおれは、長方形に口を開ける暗闇を見て、ぼやいた。

 ぶっちゃけ、その通りであった。

 求める<真実の鏡>は、ピラミッドにまつられる古代王への献上品だ。世界を救うのに必要だからと、いにしえの為政者が持ち出しを許してくれるかどうかはわからない。魔物と仲良くしていたかもしれない時代だったら、おれは入った瞬間に敵とみなされるだろう。


 砂漠地帯の道中のエンカウント率がやたら低かったのが、逆に不安をかき立てる。単純に、こちらのレベルが高くて魔物が襲ってこなかっただけだと考えたい。


「……行くか」


 覚悟を決めた。


<真実の鏡>はピラミッドの最深部にある。

 そこまでさまざまな仕掛けを突破していかなければならないのだが、例によってなぜか全部おぼえているので問題ではない。最短距離でいけるはずだ。

 問題はやはり魔物との遭遇……エンカウントだ。

 広い部屋だらけの構造をしているへんてこな設計とはいえ、逃げている最中にべつの魔物が引っかかって、連続戦闘でもたつくことは避けたい。ピラミッドの魔物は王を守る者なので、いっせいに襲いかかってくることがないのはありがたいが。


「……うーん、逃走率どんくらいまで上がってるんだろう」


 ぼやきながらピラミッドをすこしずつ進んでいく。

 走ると足音で魔物が寄ってきちゃうかもしれないからね。

 逃走率に凝ったシステムはなかったはずだ。自分のレベルと敵のレベルから補正をかけて、ランダムに成功か失敗が判断されるシンプルなもの……またこの謎現象か。


 がちゃり。


 とか考えていたら、金属のこすれる音がして、思わず悲鳴をあげそうになった。

 鎧型の魔物だ。ちなみになかは空洞のはず。

 特徴はオフェンス寄りの行動を取る。なのでディフェンス寄り安定なのだが、なぜだか一向に攻撃してこない。どういうこっちゃ。しびれを切らしてこちらから攻撃しちゃおうと思ったとき、鎧が微妙に動いた。


「盗掘者か?」

「いえ」


 おれ、すごく……棒読みです。だってこええもん!

 人間の言葉に精通した魔物もいるとはわかっていたけど、いきなりは心臓に悪すぎる。


 いやでも王墓の守護者ならこのくらいはできて当たり前なのだろうか。

 なんにせよ、びびりまくりで声も出ません。


「……」

「……」


「なにか言ってみよ」

「し、<真実の鏡>をお借りしたくて」


 なーに真面目に答えてんだおれ!

〝ほう、どうやら殺されたいようだな〟とかなっても文句なんざ言えねえぞ!


「ふむ、なにやら事情があると見たが?」

「まったくその通りで!」


 話のよく通る耳……はないか、鎧をお持ちの魔物さんで助かりました、はい。

 そこでおれは知りうる限りの情報をヨロイさん(と呼ぶことにした)に話した。


「なんと……我らの王の治めし地が邪悪なる魔物に荒らされていると」

「って聞いてここまで来たんですがね」

「我が王はいま安らかな眠りについておる」

「お手をわずらわせるのも悪いですよねえ!」

「わかっておるではないか」

「褒めてます?」


 ヨロイさんは表情が見えないので、感情を読み取ることはできない。兜の奥を見ても暗闇が満ちているだけである。なんとも不思議なお方だ。


「ではおぬしが代わりに真実の鏡を用いて魔物を討伐すると?」

「そのつもりです」


 ヨロイさんが歩き始めたので、後に続きながら話を合わせる。

 宝物庫に向かっているのだろう。

 ピラミッドのなかはひんやりとしていて、猛暑の外とはえらい違いだ。快適快適。


「勝算はあるのだろうな?」

「も、もちろんです!」


 ヨロイさんの出すオーラにひるんでしまった。


 この人、絶対に生前は将軍とか豪傑とかそんな感じの人だよ!

 まあ、なんにせよ必勝法のある相手は怖くない。怖いのは真実の鏡を手に入れるまでの道中なのだ。魔物が化けているいまの王にはさっさとご退場を願わなければならない。

 くっくっく……。

 攻略チャートに感謝! って、チャートってなんだったっけ? うーむ。


「おぬし、もしや、たばかっておるのではなかろうな?」

「いきなりどうしたんです?」

「瞳にあやしい光を見たものでな」

「はっはっは、ご冗談を。仮にも勇者がはかりごとなんてしませんよ」


 ……油断も隙もあったものじゃない、このヨロイさん。



 * * *


 宝物庫前。

 これまで見てきた入り口とは桁違いの大きさの長方形が、壁面に穴をうがっている。


「ここに<真実の鏡>が?」

「はい、最奥に安置されております」


 あれか……。

 燭台の灯りに照らされて、鋭く光る円形の物体があった。ほかの宝物よりもいっそう輝きを放っているように感じられた。

 近づいて手に取ってみる。

 後ろを振り返ると、なぜかヨロイさんは近づいてこようとしなかった。

 なんで避けるように遠くで見ているのだろう。


「うっ……」


 そんなことを考えているときだった。


「お、おれは……早く記憶を取り戻すために……」


 な、なんじゃこりゃ!

 声が勝手に出てくる!


「魔王グリフォンを倒さなきゃいけないんだあああああああ!」


 駄目だ、逆らえない。

 のどに魚の骨がつっかえて、それが取れずに苦しむ状況と似ている。


「ふむ、ほんとうでしたか」


 そう言ったのはヨロイさんだ。

 おれも聞き返す。


「まさかこれが?」

「ええ、真実の鏡の前では真実しか語れません」

「驚かさないでくださいよ……ったく」


 信用ないなあ、おれ。

 まあうさん臭い勇者やってるからね。


「しかし、記憶喪失の勇者とはまたなんとも言えない立場ですな」

「返す言葉もございません!」


 おれは平謝りした。

 記憶喪失ってことは、もしかすると敵の可能性だってあるわけだ。まあ人間の姿や形をしている時点でおれは人間側ってことになるんだろうけど。

 それでも後ろめたさは残るってもんだ。

 もっと堂々と勇者として接したかったぜ。

 おれの肩をヨロイさんは軽くかちゃかちゃと叩いて、話す。


「なにも責めることはできません」

「ヨロイさん……」

「よ、ヨロイさん……?」

「あ、すんません。勝手に自分のなかで呼んでました」


 すると、ヨロイさんのオーラの質が変わったように感じた。なんかこう……寂しげに。

 罪悪感があるなあ。


「すみません、ちゃんとお呼びすればよかったですね」

「いえ、我が輩など名無しの鎧でけっこうですよ、勇者どの」

「それにしては……どうにも……気分が優れないように見えるんですけど」

「察しもよいですな、その通りでございます」

「?」

「勇者どの」

「はい」

「我が輩を殺してください」

「はい?」


 なにやら物騒なことを口にしたヨロイさんだった。



 * * *


 ヨロイさんは長らくひとりでピラミッドを守ってきたらしい。

 しかし、孤独からもう成仏したいと願うようになり、とても長い月日が過ぎたという。


「我が輩は狂う寸前なのですよ、勇者どの……」

「……」

「知性のない化け物として存在し続けるよりも、誇り高い死を望みます」

「……」

「まだ少年のあなたには酷なことかもしれません。ですが、勇者であるあなたに頼みたい」

「……」

「王墓の守護者として戦い、勇敢に散ったならば、眠れる王も納得してくれるでしょう」

「むりだ」


 おれは小さく声を出した。


「勇者どの?」

「むりですよ! そんなの、むごすぎる……報われない!」

「そんなものなのです」


 その後も長々とヨロイさんは説得してくれた。

 しかし、おれは、どうしても許しがたい感情を抑えきれずに否定した。

 この世には<役割>というものが存在して、ときにあらがえないものであることを知った。戦線都市ビシャルゴで出逢ったサシャがそうだった。都市長は明言しなかったが、もしも彼が倒れてしまった場合はサシャが代わりを担うはず。


 重要な役割にある者ほどその重大性は増す。

 理解はできる。

 が、受け入れるのは無理だ。

 代わりに別のことを考える。

 勇者である自分が死んでしまったらどうなるのだろうか。新しい勇者が生まれて、そいつが魔王を倒す旅に出るのだろうか。答えはわからない。


「勇者どの」

「……」


 ヨロイさんの声で意識を引き戻された。


「難しく考えることはないのです」

「どういうことですか?」


 おれは声が震えるのを抑えながら聞き返した。


「我が輩も魔物の類い。それを討伐するだけだと考えればいいのですよ」

「そんな!」

「我が輩は魔物です、このままではいずれ魔王の配下になってしまうでしょう」

「……」


 ヨロイさんの決意は固かった。

 このまま逃げるのもありだろう。戦闘を行ったら時間がかかってしまう。無視をして脱出し、本来の目的地へ向かうのが正しいはず。

 なのになぜだろう。


「放っておけません」


<真実の鏡>がぴかっと光を放った。その光はどでかい部屋を一瞬だけ白く染め、ヨロイさんの全身を照らした。黒々としたオーラが晴れ、砂漠地方独特のものと思われる数珠をいっぱいにつなげた鎧があらわになった。


「おお……」


 ヨロイさんが声をあげる。

 真実の鏡が、勇者の力に呼応したのだろう。褐色肌の偉丈夫がそこにいた。自分の姿を見てとても感激しているようだ。


「な、なんということだ。これぞ、我が輩の真の姿……勇者どのあなたというかたは」

「おれはなにも……」


 なにもできない。

 おれは歯がみをして、悔しんだ。

 それをヨロイさんは、人間の姿で優しくたしなめる。筋肉質だが、柔軟性もありそうな褐色の肌が目に焼き付く。


「勇者どの、これでよいのです。我が輩の望みをあなたはすべて叶えてくださった」

「ずるい……」

「なんですと?」

「そんなのずるいですよ、ヨロイさんだけいい思いをしているじゃないですか!」


 やけっぱちだった。

 だだをこねる子どもだった。


「すると勇者どのは我が輩になにか願うことがあると?」

「はい」

「ではなんなりと。我が輩にできることならなんでもして差し上げますぞ!」

「ヨロイさんの願いは叶えてさしあげます」

「ふむ」

「でもただじゃさせません、全力でおれと勝負してください」

「ふむ…………、なんですと!」


 今度はヨロイさんが驚く番だった。

【おしらせ】


 このお話を気に入っていただけましたら、下記2点をよろしくお願いいたします。


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