溶けて混ざる
心臓が大きな音をたてて跳ねた。
不意打ちの質問に、頭がうまく回らない。
「聞かせてもらえないか。アリスの返事がどのようなものであっても、私がアリスに何かを強要することはない」
「ロアさま……」
「先ほどの店に関することは気にしなくていい。私がアリスのために何かしたいと思って伝えたことだが、アリスの気持ちを聞いた後に言うと、私の気持ちに応えなければならないと思わせるかと思って……。
いや、前に言っても同じか? すっ、すまない、そういう気持ちで言ったのではなく、ただ……!」
わたしを傷付けたかもしれないと思ったロアさまの顔が青ざめていく。
「大丈夫です、わかっています。ロアさまは、わたしの夢を応援すると言ってくれました。その提案をしてくれただけですよね?」
「そ、その通りだ。……アリスの気持ちが知りたいと思うあまり、いらないことを言ってしまった……」
「いらないことじゃありません! ロアさまは本当に忙しかったのに、わたしの意思を尊重する提案をしてくれました!」
「……ありがとう、アリス」
ようやくわたしを見たロアさまの目が、熱っぽく潤んでいる。
「誰かを愛して、気持ちを伝えたのは、初めてだったから……。アリスの気持ちを聞きたくて焦ってしまった」
ロアさまの丁寧に撫でつけていた髪が、少し乱れている。頬はやわらかに染まり、瞳にはたしかな熱が宿っていた。
ゆらゆらと燃えて、わたしを求めている、熱っぽい視線。
「アリスが結婚したくない気持ちは知っている。貴族は結婚が義務だから、恋愛の延長に当然のように結婚が待っている。
だが今は、それは置いておかないか? 私も褒賞として、一生結婚しなくてもいいと許可をいただいたんだ」
「ロアさまが!?」
「兄上には驚かれたが、納得してもらったよ」
そっと重ねられた手が、燃えるように熱い。
見つめる先で、ロアさまの顔がゆるゆると曇っていった。
「アリスが不安なのは、わかっている……とは、アリスではない私が言いきってはいけないな。アリスが不安なのは当然のことで、アリスの気持ちを第一に考えたいと思っている」
「……ありがとう、ございます」
「私はアリスと恋愛をしていきたい。気持ちと信頼を積み重ねていきたい」
重ねられたままだった手に、きゅっと力が入る。
上に重ねているのに、わたしの手を抑えつけもせず、握りもしない。
わたしの意志を尊重してくれている手。
「アリスが、好きだ」
「ロア、さま……」
「アリスが私と同じ気持ちなら、どうか……」
その後の言葉は、ロアさまの口の中で小さくなって聞こえなかったけれど、十分だった。
顔が熱い。心臓がうるさい。
……わたしは恋愛が怖い。
でも、ロアさまは人を裏切らないと確信している。
となると、あとはわたしの気持ち次第じゃない?
信じるか、信じないか。
たったそれだけのことなのに、とてつもなく重い。
緊張で乾いた口をなんとか開いて、ロアさまをまっすぐ見つめて、わたしの心をそっと声にのせた。
「……わたしも、ロアさまが好きです」
偽りのない、本当の気持ちだった。
「正直に言うと、まだ怖いです。それでも一歩を踏み出せるのは、相手がロアさまだからです。
……わたし、ロアさまを信じます。お互いを尊重して、気持ちを繋いでいきたい」
「アリス……」
目が潤んでいるロアさまに微笑んでみせ、ぐっと握りこぶしを作る。
「それでも駄目になる時はなる! 恋愛に絶対はない! お互いが努力して駄目だったなら、そういうことだったと受け入れます!」
呆気に取られてわたしを見ていたロアさまの顔が、くしゃっと崩れる。
「ふ……ははっ、そうだな。人の気持ちがどう変わるかはわからない。寄り添えるよう努力することが大事だな」
「はい。それでもロアさまとなら、と思えたことが、わたしにとって大きな一歩です」
「そう思ってくれたことが、本当に嬉しい」
とろりと溶けた顔で見つめられると、嬉しいと同時になんだかすごく恥ずかしくなる。
重ねられていた指がくすぐるように動いて、手の甲をなでられた。
「ろ、ロアさま……。その……困ります」
そんなふうに触られるのは初めてだ。ロアさまの愛情表現だろうけれど、心臓が跳ねすぎて、顔が熱くて、まともに考えられない。
「……そんな顔で困ったと言われても、困るな」
「ど、どんな顔でしょう……」
「私だけが見ていたい顔だ」
そう言うロアさまの顔は、嬉しさと愛で染まっている。
……ロアさまが言った「自分だけが見ていたい顔」って、こういう表情かな。
「……じゃあ、ふたりきりの秘密にしましょう」
「そうだな」
指はいつの間にか動きを止めていた。
手を握って、見つめ合うと、どちらからともなく笑い出す。
嬉しさをたっぷり含んだふたりの笑い声が混じって、夜空に溶けていった。
これにて完結です。
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました!






