これはデートだと思いたくない
「さ、さすがに初対面の人とふたりきりになるのはちょっと……」
今のわたしは町娘! 町娘がどんなふうに恋愛しているかは知らないけれど、ここで断るのは不自然じゃないはず!
さすがにここで笑顔で「はい!」と言う人は滅多にいない気がする!
「そっかぁ……残念だなあ」
「もしかして、わたしがたくさん品物を買ったから怒っているんですか? いつもたくさん買う人のぶんは残しておいたんですけど」
「何がどれほどいるかはね、変わるんだよ」
「今日は何がいるんですか? それは買いませんから」
「ふうん? 必要なものを買いに来たわけじゃないんだ?」
モーリスの目は笑っていない。ねっとりと絡みつく声を出している口だけが、笑みの形をしているのが恐ろしい。
お店のおばちゃんも不穏な空気を感じているのか、売り物らしいフライパンを両手で持っている。いざとなればモーリスを殴るつもりだろうけど、この男相手には悪手に思える。何をされるかわからない不気味さがあるのだ。
「料理を研究中で、いろいろ買っているんです」
「こんなにハーブや薬味ばっかり使うの?」
情報が欲しい。でも、今も表情などから、わたしから何かの情報を引き出されているかもしれない。何が正解かわからない。
……怖い。わたしの言動でみんなの、ロアさまの努力が台無しになってしまうかもしれないことが、心底恐ろしい。
——なにが向いているか、この道で合っているか……わからずとも努力し続ける強さが、ほしい。
ふと、いつの日かロアさまに語った自分の言葉がよみがえってきた。
同時に、ロアさまの言葉も思い出す。
まだキッチンメイドに慣れていない時だった。静かで、ロアさまと初めて本心で向き合った、お互いの気配しかない夜。
ロアという名を決めた夜。
—―ノルチェフ嬢も、素晴らしい努力を惜しまなかったんだな。
わたしは、わたしの努力を裏切りたくない。努力家の人から見ればちっぽけかもしれないけれど、精一杯あがいてきた。やれることはやってきた。
ロアさまの信頼を失いたくはない。堂々とあの人の隣に立って、恥じることのない自分でいたい。
息を吸い込んで、顔をあげる。高いところにある顔をキッと見据え、両手を腰に置いた。
モーリス・メグレと対峙しているあいだだけ虚勢を張れればいい! アリス・ノルチェフ、やったらあ!
「で、返事は? どうしてこんなものばかり買うの? 来たばかりなのに。ねえ、どうして?」
「わかりました。おじさんは、どうしてかわたしのことをすごく疑っているようですね!」
ビシッと指をさす。
「お茶に誘われてあげます。でも、ふたりきりは嫌です。少し進んだところに、広場がありますよね。そこでならいいです。いっさい危害を加えないでくださいね。精神的にも肉体的にも!」
「別に、危害を加えるつもりはないよ。ああ、よかった。お茶の誘い方には自信がなかったんだ」
「あれを聞いてお茶に行こうって人はいませんよ」
「お嬢さんがいるじゃないか。僕の初めての人だよ」
「ヒッッッ!!」
鳥肌が! 鳥肌がすごい!
「気持ち悪いことを言うのはやめてください! 絶対に! 二度と言わないでください! 本当に! 二度と!」
「……そんなに嫌がる?」
さっきまでの不気味さが消えたモーリスは、しょぼんと肩を落とした。
「わたしが誘われてあげたのは、そうしないとおじさんがずっと後ろをついてきて質問をし続けると思ったからです」
「きみ、僕の知り合い? どうしてそんなことまでわかるの?」
……もしかすると、わたしのまわりには変人が多すぎるのかもしれない。
変人の思考がわかる、イコールわたしも変人……いやっそんなことはない! はず!
「あんまり近付かないでください」
「信用されてないなぁ」
この状況で、どうすれば信頼できるというのだ。
歩き出す前に、まだフライパンをおろさないでいてくれるおばちゃんに頷いた。
「……いってきます」
「あんた、大丈夫かい!? ごめんよ、お嬢さんのことを話したばっかりに!」
「いいんです。……フライパン、借りていっていいですか?」
「おたまもつけるよ! 持ってきな!」
フライパンとおたまという武器を手に、モーリスと歩く。巨大で不気味なモーリスが道の真ん中を歩くと、人がすごい勢いで端っこによけていく。
モーセか? ここは海なのか?
モーリスの後ろを、フライパンと鍋を構えながら歩くわたしも、同じくらい注目されている。
大抵の人が「無事か!?」「助けようか!?」という視線を送ってくれているのに、軽く首を振る。この街の人たちは、本当に優しい。
「広場についたね。お茶に誘ったわけだから……飲み物がなくちゃいけないね。買ってくるよ」
「いえ、いいです。先にお話ししましょう」
「そう? えーと、レディは立たせちゃいけないから、ベンチにどうぞ」
モーリスはハンカチを取り出し、ベンチに置いた。来るまでにエスコートしようとしたり、さらっとハンカチを出したり、そういう貴族的な常識はあるようだ。
「ハンカチをどうしてベンチに置くんです?」
「え? これは君が座るために置いたんだよ」
「ハンカチは手をふくもので、座るものじゃないです」
何を言ってるんだ、という顔で見る。ここで当たり前のように座って、貴族だとバレるわけにはいかない。
「え? ああそうか、平民はこういうことをしないんだった」
「よくわかりませんけど、年寄りは座って、若者は立っているものですよ。おじさんなんですから、座ってください」
「じゃあ、きみも一緒に」
さすがに、自分の背後に立たれて、フライパンを構えられるのは嫌だったらしい。
できるだけ離れたベンチの端に座った。
「で、この街に来たばかりのきみが、どうして調味料やハーブばかり買ってるの?」
「……その前に、どうしてわたしが街に来たばかりだって思うんですか?」
「え? だって、今まで一度も市場で見たことがないから」
「……人の顔を記憶してるんですか?」
「うん。僕はそういうのが得意だからね」
それって、わたしの受け答えをはっきり記憶できるってことだよね?
怖い。というか不気味。変。
隠さずに、胡乱者を見る視線を送る。
「……作りたい料理に使うから買っていました」
「何を作るの?」
「どうしておじさんが知りたがるんですか?」
「だってきみ、怪しいから」
「怪しいおじさんに怪しまれても……」
「それもそうか。でも、聞かなきゃ帰せないよ。僕ときみはずっと一緒だ」
「ヒッッッ!! 気持ち悪いこと言わないでって言いましたよね!?」
「これも駄目なの?」
しょんぼりする時のモーリスは、やっぱりさっきまでの怖さが消えている。いろんな感情のオンオフを機械のスイッチで操作しているみたいで、はっきり言って怖い。
何がきっかけでスイッチが押されるか、全くわからない。気落ちしている時以外は、口角だけ上げているから、余計に。
「で、どうしてかな? 何を作るの?」
「……カリーです」
「カリー! いいねえ、あれを作るんだ」
「知ってるんですか!?」
「食べたこともあるよ。あれはおいしいよね」
「カリーらしきものは作れたんですけど、実際のカリーを食べたことがないので、本物はどんな味か気になっていたんです」
「じゃあ、きみが作ったら僕が味見してあげよう。ひとまず疑いが晴れたから、今日はこれでおしまい。……これ以上拘束すると、お店の人が品物を売ってくれない気がするし」
たぶん、その予感は間違っていない。
「きみのカリーができたら行くよ。どこに泊ってるの?」
「怪しいおじさんに言うわけないじゃないですか」
「それもそうか」
あっさり引き下がったモーリスは立ち上がった。こっちが座っているのにモーリスが立つと、巨人みたいに見える。
「おじさんがハーブをたくさん使うなら、別の市場で買いますけど」
「気にせず、そこの市場で買うといいよ。このタイミングできみがいなくなれば、僕が殺したとでも思われそうだ」
うーん、否定できない。
「また今度、市場で。カリーがどうなったか聞くからね。あれは数日でできるものじゃないから、すぐにわかる」
「はあ、そうですか」
一晩寝かせたカレーをご所望か?
意味がわからんと大きく書いてあるわたしの顔を見て、モーリスは少しだけ気をゆるめた。こちらに背中を向けて、キザに片手をあげて去っていく。
数秒後、ようやくモーリスの言葉の意味に気がついた。
モーリスに近付いたり情報収集する理由としてカレーの名を使っているのなら、すぐにバレるって脅しか!
カレーは一日でできるのに何言ってるの? とか思ってたよ!
「お嬢さん、大丈夫かい!」
「何もされなかったよな?!」
近くのお店の人たちや、広場にいた人が駆け寄ってくる。へたりこむわたしを囲んで、タオルやジュースを差し出してくれた。
「こ、怖かったあ……」
そりゃもう、腰が抜けるくらいに。






