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トワイライト・クライシス  作者: 幸田 績
Phase:4.5 最高機密指定『徳永文書』
92/106

『徳永文書』 Part 5

 一行の右手に、白く大きな建物が見えてくる。宮城県の出先機関、逢桜あさくら合同庁舎も事後処理に追われているのか、ぽつぽつと明かりがいていた。



「ところで工藤君。その道の先輩として言わせてもらうが、同級生たちはキミと良平君の距離感に違和感を持っていたぞ」


「へっ、へぇ~……? そ~なんだぁ~」


「まさかとは思うが、遠縁の親戚であるという肝心な設定を説明しそびれていないだろうね?」



 運転手はその前を通りしなに軽い気持ちで問いかけたが、バックミラー越しに金髪ギャルの表情が凍りついたのを見て考えを改めた。



「……てへっ?」


「てへっ、じゃないよまったく。ターゲットとの信頼関係構築に必要な情報開示を行わなかったので大幅減点、本日のレビューは星三とする」


「んにゃああああああ!」



 合同庁舎を通り過ぎ、一行はトの字型になっている県道と町道の交差点にやってきた。ここの信号は矢印の補助表記がないタイプの時差式で、右折のタイミングが分かりづらいと悪名高い場所だ。

 隼人は右にウィンカーを出して車を車道の中央に寄せ、誰もいない歩道と途切れない対向車を注視しながら軽くため息をついた。



「ウチの給料ってか、生活費に影響するんだよそのユーザー評価! ハヤトんそれ知ってるのに! なのに! 星三ふつう!?」


「良平君は複数愛者ポリアモリーを公表している。サッカー界ダントツのプレイボーイ、節操のないハーレム男との偏見が未だ根強い中、キミの不始末で『未成年者に手を出した』とさらなる誤報が出ては困るのだよ」



 関係する全員の同意を得て、複数のパートナーと同時かつオープンに交際するポリアモリー。いわゆる「本命」が多数いる状態だが、それゆえに扱いの差も生じないため、全体として仲の良い関係性にまとまっているのが特徴だ。

 社会的に大きな影響力を持つ良平が当事者だと明かしたことで、少しずつ世間の理解は進みつつある。東海ステラでは「クラブに迷惑をかけず、サッカーできちんと結果を出せるならそれでいい」という考えのもと、彼の交友関係を見守るだけにとどめていた。



『やっぱ、早いうちに公表しといて正解だったな。ゴール裏からの〝ヤリチン〟チャントがだいぶ声量落ちたわ』


『……りょうちゃん』


『そんな泣きそうな顔すんなよ。たい焼きでも食べに行くか? ん?』



 それでもなお、彼のもとには激しい中傷が届く。妹分を「演じる」身として始まったつき合いながら、七海はいつしか良平を本当の兄のようにしたい、その輝かしい道のりを邪魔したくないと切に願うようになっていった。

 この想いを本人に知られたら、自分こそが彼の重荷になってしまう。そう考えたギャルはかぶりを振って前を見据え、後部座席から身を乗り出した。



「うん。ウチも困るから、そこら辺はおいおいちゃんとします。()()()()()()だし」


「……」


「でもさ、そっちだって人のこと言えないっしょ。あの校舎、あちこちぶっ壊れたまんまじゃん。人目についたらどう言い訳すんのさ」



 陽気におどけていた七海の声色こわいろが急に変わる。対向車が停まったのを見計らって、公用車は前の車に続き右へ曲がった。

 このあたりは官庁街だ。先ほど見かけた県の合同庁舎に加え、町の不動産業協会、年金事務所、そして逢桜町役場が近距離に集結している。規模もにぎわいもまったく異なるが、まるで霞が関周辺のようだと隼人は思った。



()()は損壊がひどく、修復が追いつかなかったのです。それでやむなく、特殊な機材を用いた空間認識能力への干渉と、プロジェクト……プロジェクター?」


「プロジェクションマッピング」


「――の合わせ技でごまかしました。貴女あなたにボロが出て見えたのは、認識改変を無効にする〈Psychic(サイキック)〉の理論武装解除が原因と考えられます」


「ふーん……」



 それまで黙って話を聞いていた四弦しづるが、突然内幕の説明を始めた。肝心なところでメカ音痴を発揮し、上司にフォローを入れられたのでカッコいい弁明とは評しがたいが、説明として筋は通っている。

 七海はそれ以上何も言わず、車内に重苦しい雰囲気が戻ってきた。まばらな街灯とすれ違う対向車のヘッドライトが窓の外を流れていく。



「あっ、班長さん。役場庁舎が見えてきました」


「今日の仕事はすでに終わった。もう少しカジュアルに呼んでくれて構わないよ、一ノ瀬君。もちろんキミが嫌でなければ、だが」


「承知しました。では……徳永さん、と」


「うん、ありがとう。やはり名前呼びのほうがしっくりくるな」



 目的地を前に、美少女ヒューマノイドがうまく沈黙を破ってくれたところで、四弦が「セクハラですよ徳永班長」としたり顔で割って入った。悪態をつくしかなくなるまで追い詰められたことが相当悔しかったのか、反撃の機会を今か今かと待ちわびていたらしい。

 隼人はハンドルを握ったまま首をすくめると、合同庁舎よりも広範囲に明かりのついた役場の建物へ目を投じ、役場の正門前でブレーキを踏んだ。

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