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トワイライト・クライシス  作者: 幸田 績
Phase:4.5 最高機密指定『徳永文書』
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『徳永文書』 Part 3

「良平君はキミが無責任に仕事を投げ出したと思っているが、本当はあの〈特定災害〉の顔が二つになった時点で手に負えないと判断したんだろう?」


「え……」


「独りでは足止めすら不可能。ならばギリギリまで自身に注意を引きつけ、タイミングをはかって行方をくらます。保護対象の生徒は見捨てるほかない。サバイバル戦略としては適切な判断だ」



 予想だにしなかったねぎらいの言葉に、後部座席の学生たちが「マジ? しーちゃむヤバすぎ」「すごいです、高野さん」と反応する。

 すると、しおらしく下を向いていた四弦はたちまち元気を取り戻し、助手席でふふんと胸を張った。



「そ――そうでしょう、そうでしょうとも! ようやく自分を正当にご評価くださったようで何よりです。引き続きご指導ご鞭撻べんたつのほど、よろしくお願いします」


「わ~お……一ミリも反省してねえなこの女」


「やめなさい工藤君!」



 ポラリスの運営事務局長にして、逢桜町あさくらまち危機管理課〈特定災害〉対策班を率いる最高権力者。細い目にまあまあ整った顔、ゲゲゲの鬼太郎を黒髪にしたような感じで、つかみどころのない飄々(ひょうひょう)とした雰囲気が言いようのない怪しさをかもし出す。

 これまた〈黄昏の危機トワイライト・クライシス〉を受けて国家情報局(NIA)へ格上げとなった、内閣情報調査室――いわゆる〝内調〟職員の徳永隼人は、なるほど確かに喰えない男であった。



「しーちゃむもりないねぇ。これで何戦何敗?」


「お黙りなさい。あの男の縁者だからといって、なぜ貴女あなたまで軽薄になる必要があるのですか」


()()()()()()なんで。りょうちゃんは誰とつながってるか思い出せないくらい縁遠いけど、小っちゃい時に一回だけ会ってる親戚のお兄ちゃん。それをリスペクトしてる妹分なら、別にチャラくたっておかしくないっしょ」


「工藤君の役柄では、むしろ派手めでなければ不自然だぞ。せっかく華の女子高校生になったんだ、やり過ぎない程度に楽しみなさい」


「だよね~。ハヤトん、わかってるぅ~!」



 車内に七海の笑い声が弾ける。隼人は左右を確認すると、口角とスピードを上げてアクセルを踏み込み、ハンドルを切った。帰宅ラッシュで混み合い始めた夜の県道に、左折車がするりと紛れ込む。

 逢桜高校正門前と、その近くのファミリーマートを何食わぬ顔で通過。本来あり得ない時間、あり得ない場所に、あり得ない顔ぶれを乗せた公用車がいるのに、通行人や並走する車が不審がる様子は見られない。



(官公庁の多くは五時十五分終業。逢桜町役場も閉庁する時間だが、ここはつい先ほどまで〈特定災害〉が出ていた地だ。磁気嵐警報が解除されたあと、町職員が被害調査で町内を巡回するのは何らおかしなことではない)



 まさに隼人の読みどおり、非常事態が日常と化している逢桜町の町民たちは「常識」の基準に狂いが生じていた。

 心を無にして、化け物と人間が殺し合った跡を黙々と調べて回る人たち。この町で働く公務員の仕事をそう認識している住民たちは、彼らに感謝こそすれ、非難などという()()()()なことは考えもしないのである。



「ところで、どう? ウチの働き。潜入調査員エージェントのパイセン的にどうだった?」


「尊敬の対象かつ自慢の親戚が同じ町へやってきて、戸惑いつつも嬉しさを隠しきれない妹キャラ――か。なかなかの名演技だった」


「ほう」


「保健室の一件では、良平君と我々の三者間〈テレパス〉もつつがなく通じた。水原君と一緒に行動していると聞いた時は驚いたよ」


「そりゃまあ、ウチとつるむようなタイプのコじゃないしね。リンちゃんのこと知ってんの?」


「内閣府はギフテッド学園の運営にも関わっているから、彼女が入学候補生だったという話は聞いていた。あれだけ勘の鋭い子によく気づかれなかったな」


「イエス! さっすが、違いのわかるなんちゃら技官!」



 運転手はハンドルを握ったまま、流れるようなコメントを返した。霞が関では不評だったが、とっさに相手を立てるこの言い回しは一朝一夕いっちょういっせきに身につくものではない。

 それを知ってか知らずか、素直に賛辞を受け取った七海は嬉しそうに声を弾ませる。場の雰囲気を明るく変えてくれた少女の笑顔に免じて、上司の職名をデタラメに覚えていることは不問に付そうと隼人は思った。



「国家安全保障会議《NSC》対策室、首席情報調査技官。そのNSCに出向する前、私が持っていた肩書きだ」


「ああ、そういえばそうでしたね。首席情報調査ぎ――首席!?」


「そうだよ? 工藤君と一ノ瀬君にも話したと思うが」


「知 っ て た」


「はい。詳細についてのデータはありませんが、そう伺っています」



 助手席の四弦が目を白黒させ、今日一番の大声を張り上げた。どうやら隼人への反感が先立つあまり、その正体がすっかり頭から抜け落ちていたようだ。

 本来なら、下っ端の自分とは接点すらない政府の影武者。力と経験の差は歴然である。この男へ噛みつくという行為は、ペルシャ猫が雄ライオンにケンカを売るようなものであろう。



「ってかその肩書き、よく噛まないで名乗れるね。漢字と略称の暴力で草」


「内調だった頃からそうだが、我々は所属を伏せ派遣先の職員になりきって活動している。私も近年は首相官邸に詰めていた。だが、その実態は――」


「……ドキドキ」


「極秘事項につき、これ以上のコメントは差し控えさせてもらおう。キミたちの豊かな想像力にお任せするよ、はっはっは」


「ハ~ヤ~ト~ん!」



 不満げに抗議するギャルを尻目に、隼人はからからと笑った。笑いながら、フロントガラス越しに高く遠い夜空へ目を向ける。

 街の光と遠すぎる距離のせいでよく分からないが、蔵王山を望む南西方向――かつて過ごした東京方面の空は、心なしか少し明るく見えた。


 かつて江戸幕末、明治へと移りゆく激動の時代には、薩摩藩さつまはん出身の人間が深く関わっていたという。自分も同郷なのは単なる偶然だが、偉大な先達せんだつたちはどんな思いでこの空を見上げていたのだろうか。



(再び、こん世界は大きく変わろうとしちょるのかもしれん)



 大して進まないうちに、行く手の信号が黄色になった。対向車の通過を待ち、前にいる車列を送り出す間に赤へ変わるだろう。

 サムライは考え事をやめて車の運転操作に専念し、ペダルを踏み変える。速度を落とした公用車はゆるゆると夜の市街地を進んでいった。

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