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トワイライト・クライシス  作者: 幸田 績
Phase:4.5 最高機密指定『徳永文書』
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『徳永文書』 Part 2

 ――令和某年四月一日 午後六時一五分頃  宮城県逢桜(あさくら)高校 入学式当日



「それじゃあみんな、おっさきぃ~!」



 見送りを受け、公用車はゆっくりと動き出した。一列に並んで手を振る澪たちの姿がどんどん小さくなっていく。

 突き当たりの丁字路を左に曲がり、完全に何も見えなくなると、工藤七海は窓から出していた頭と手を白い軽バンの車中に引っ込めた。スライドドアの内側についたハンドルを回して車内を閉め切りながら、運転席に座す男の背中を見やる。



「ねーハヤトん、これって役場の車っしょ? なんで今どき手動の窓なの?」


「この車、エブリイは軽貨物車だ。後部座席にまで人を乗せる機会はそう多くない。ゆえに、後ろの窓を開けることも少ないはずだから、手動で事足りると考えての設計ではないかな」


「ほぇ~、そっかぁ。しーちゃむはどう思う?」


「は?」


「だーかーらー、この車の後部座席にある窓はなぜ手動なのでしょーか? 十秒以内にお答えください。それではスタート!」



 前髪と側頭部に赤い筋の入った彼女の長い金髪が揺れ、街灯の淡い光を反射してキラキラ輝く。それがよほど目障めざわりだったのか、助手席の同乗者は振り返るなりまゆをひそめた。

 首のあたりで軽く毛先の跳ねた黒髪が印象的な、防衛省所属の陸上自衛官・高野四弦(しづる)。彼女はやはり男女を問わず、浮ついた人物が嫌いであるらしい。



「……後部座席がパワーウィンドウでは、走行中に荷崩れが起きた場合、荷物がスイッチに当たって自動で窓が開くおそれがあります。窓の開閉が手動なのは、積み荷の落下による事故を防ぐための物理的対策を兼ねていると思われます」


「なる~。しーちゃむ、あったまい~!」


「いい加減にしなさい、七海。そのいかにも頭が悪そうな話し方をやめなさいと言っているでしょう。非常に不愉快です」



 三人を乗せた車は、逢桜高校の本校舎より少し規模の大きな赤レンガの建物が立ち並ぶエリアを走り抜けていく。新一年生のオリエンテーションでは「町外に出られなくなった大学生・院生たちのための実習施設」と説明されたが、それが真っ赤な嘘であることをこの三人は知っていた。


 このエリアの建造物には、明らかな異変がある。看板の一部が削り取られた附属図書館、壊れたテーブルが転がるカフェテリア。壁と柱に刻まれた、巨大な五本の爪痕つめあとと歯形……

 ここには、得体の知れない「何か」がいる。車内へ一気に緊張が走った。



「そろそろ到着だ。工藤君、脇に詰めてくれ」


「あ~い」


「敵性反応はありません。このまま進んでください」


「了解。安全運転で行かせてもらうよ」



 一行が道なりに進んできたのは、業者がキャンパス外からの出入りに使う通路。主要な建物の裏手を網羅し、正門を通らずとも敷地外に出られる。

 左向きの青い矢印に【大講堂・高校食堂】と書き添えてある看板の手前で、車はウィンカーをき左折した。照明ひとつない袋小路、闇が満ちた搬入口の手前で、車のヘッドライトにたおやかな人影が照らし出される。



「すまない、一ノ瀬君。遅くなった」


「大丈夫ですよ、()()さん。こちらもつい先ほどまで片づけをしていまして、ちょうど皆さんと入れ違いに撤収したところです」



 七海が側面のスライドドアを開け、可憐な雰囲気の少女を車内に迎え入れた。運転手と不機嫌そうな自衛官に会釈えしゃくをして、一ノ瀬マキナが後部座席の乗員に加わる。

 サイバー民間警備会社・アステラシア社製のヒューマノイドである彼女は、自然な所作で自ら着席しシートベルトを締めた。銀髪に真っ赤な瞳という特異な容姿でさえなければ、機械だと見破れる者は少ないだろう。



「いくらヒューマノイドとはいえ、この真っ暗闇に女子高校生を独りで待たせるなんて何を考えておられるのですか? パワハラですよ」


「やれやれ……高野君、キミは私の監督か? 不適切だのパワハラだの、そんな脅しで私が頭を下げると思ったら大間違いだぞ」


「何ですって?」


「言い忘れていたが、高野建設の会長と私は知己ちきでね。このたびの任務でご一緒すると話したところ、ワガママ娘の甘えた根性を叩き直してやってくれと直々に頼まれたのだよ」



 高野建設は同業他社と共同企業体を結成し、国が発注する工事を中心に業績を伸ばしてきた中堅建設会社である。この逢桜町内においては昨年、一連の事件で損壊した国・県の施設における補修工事を単独で受注したところだ。

 その会長の末娘であることを常々(かさ)に着てきた四弦は、同時に厳格な母親の目を恐れてもいた。予想外の反撃を食らった自衛官は硬直し、おびえたような顔を運転席に向ける。



「嘘、です。あり得ません。お母様が、徳永班長と知り合いのはず――!」


「疑うなら、今すぐ〈テレパス〉で問い合わせてみるといい。内閣府はキミが思うよりもずっと顔が広い組織なのだよ」


「お母様と……ほかに、何をお話しになったのですか」


「キミの仕事ぶりを聞きたいと仰せだったから、今日の活躍をお伝えしようかと。良平君の怒りを買って、あわや大惨事だったとな」



 ハンドルを握る着物の男はドアが閉まったことを確認すると、緩やかにアクセルを踏み込んだ。そのまま前進しつつ転回し、元来た道と重なる三叉路を左へ。

 空気が重さを持ちのしかかってくるような雰囲気の中、公用車は再び暗い夜道をヘッドライトで照らしながら進んでいく。



「そ……っ、それだけは! それだけは、どうか……」


「キミは肩書きで人を判断するのか? 気に入らない上司の指示は無視していいのか? 個人的な感情と仕事は分けて考えなさい」


「は、い……っ」


「分かったら、以後勝手な行動は慎むように。いいね」



 上司の低い声は落ち着いてこそいるものの、静かな怒りを感じさせる語調だった。四弦は口をつぐみ、膝の上で両手を握り締めて、母の影の恐怖と言い負かされた屈辱に耐えている。


 欠点を指摘するだけなら誰でもいいが、失敗のフォローは限られた人間しかできない。そして、この場でそれができるのは自分だけだ。

 ざんばら髪のサムライは言わんとする内容を整理すると、県道との合流点を前に一時停止したタイミングでこう切り出した。

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