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トワイライト・クライシス  作者: 幸田 績
Phase:04 動き出した歯車
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Side C - Part 1 暗い家路

Phase:04 - Side C "Suzuka"

 帰りの車中は、それこそお通夜のような空気だった。ハンドルを握る一徹おじさんも、助手席でカバンを抱えた澪も無言。誰も口を開こうとしない。

 だからといって、隣人にすぎない私にはよその家庭の問題に口を挟む余地も権利もない。友人はうつむいたまま、車が右折のため速度を緩めたタイミングを見計らって口を開いた。



「――お父さん」


「二人とも、初日から大変だったね。帰ったらすぐにご飯用意するよ」



 私たちを乗せた軽自動車は正門を出て県道を右折し、逢桜あさくら大橋へ向かった。朝に自転車で通った道順を逆にたどり、私たちの自宅がある地区を目指す。

 車道の信号が黄色に変わった。前の車に続いて、私たちも橋の上で停車する。窓越しに見た夜の河川敷は、少しずつ開き始めた桜並木の若葉に街灯の光をさえぎられ、真っ暗な闇をたたえていた。



「鈴歌ちゃんのご両親、今夜は帰ってくるんだっけ? 少し多めに仕込んでてよかった~。お土産みやげに揚げたてのザンギ持っていきなよ」


「とぼけないで。あたし、お腹空いてない」


「それはいけないな、おかゆにする? あ! 帯広のおじいちゃんにもらったスーパースイートコーンのポタージュ缶あるよ。それだったら――」


「お父さん!」



 外食する習慣がほぼない川岸家において、夕食は一日の中で家族が顔をそろえる最後の機会だ。今夜はおじさん自慢の道産子どさんこ料理を囲む予定だと聞いている。

 その穏やかな日常に、予期せぬ場所への磁気嵐警報が水を差した。一人娘とその友人が通う高校へ〈モートレス〉が侵入したと知り、流華おばさんは気が気でなかったことだろう。


 そこに「夫であり父親でもある男が、化け物を相手にする戦いの最前線へ志願し配属された」という特大の爆弾を持って帰ろうというのだから、非難を浴びることは避けられない。

 いや、非難で済めばまだマシか。その場で離婚を言い渡される可能性もある。一徹おじさんは下がり眉をさらに下げて顔にハの字を作ると、ハンドルに両手を置いてその上に突っ伏した。



「分かってる、分かってるよ。うちに着いたら全部話す」


「お母さんにも?」


「りょーちんの言うとおり、説明を尽くすのは僕の義務だ。黙ってたら何も始まらない。澪だって現状いまを変えようと頑張ってるんだから」


「おじさん、やはりあなたは澪が――」


「たまには僕も、ちゃんとしてるところを見せないとね」



 運転手が顔を上げると、横断歩道の歩行者用信号機が点滅し始めた。渡る人の姿はなく、交差点を曲がってくる対向車のヘッドライトが親子の複雑な表情を照らし出す。



「実を言うと、緑の紙案件はこれが二回目で」


「は?」


「半年前だったかな、僕にもとうとう〈五葉紋〉が出てさ。今の決断も含めて二人になんて言おうか、悩みに悩んで耐え切れなくて」


「いやいやいや、あたし初耳なんですけどその離婚危機!」


「飲み屋でべろべろに酔って帰って『別れてください』って切り出した。そしたら流華さん、ぼろっぼろに泣きながら人の顔面にグーパン食らわしてさ。信じられる? 学校の先生が、右フックで思いっきり人の顔ぶん殴ったんだよ」



 信号が青になった。車は緩やかに走り出し、街灯もまばらな川東地区の住宅地エリアへ入っていく。

 気になるその後はというと、流華おばさんは床に倒れ込んだ夫へ馬乗りになって、胸元へつかみかかり「別れたら襲われなくなるのか? 違うだろ? 根拠もなしに寝ぼけたこと抜かしてんな!」と一蹴いっしゅうしたそうだ。


 提示した離婚届のPDFデータは、目の前で破棄されたという。驚くべきはその方法で、おばさんは〈Psychic(サイキック)〉のファイル共有機能で現実に投影された届書のデータを引っつかむと、本物の紙のように破り捨てたというのだ。

 電子データの削除エフェクトは砂のようにサラサラ消えてなくなったり、見えないシュレッダーで短冊状に切り刻まれたりするのが一般的。物理的に破いて削除する例は初めて聞いたぞ。



「あの夜、流華さんは『一人で抱え込むな』とも言ってくれた。数は力、家族はチーム。アタシもアンタとここに残る、アンタと澪の帰る場所を護るんだって」


「おじさん、DVって言葉知ってます?」


「流華さんが感情的になったのは、この一度きりだよ。彼女は今まで、どんなに怒っても人に手をあげることはなかった。学級崩壊しかけたクラスの担任になっても、決して子どもたちを暴力で従わせようとはしなかった」


「……」


「教師の仕事に誰よりも高い倫理観と誇りを持つ聖職者が、思わずこぶしを振るわずにいられなかった。僕は、それほどまでにあの人を深く傷つけてしまったんだ」



 私たちが住む日原ひのはら地区の端にある法務局の建物は、まだ明かりがいていた。今日は晴れていたはずなのに、その付近の路面は湿っている。

 私は自らの仮説を確かめるため〝じきたん〟を起動し、磁気嵐警報の発令履歴をチェックした。黒く反転したダークモードの仮想ディスプレイを指でなぞり、最高レベルの警戒度であるレベル5、緊急避難の欄から調べていく。

 だが、目当ての情報は見つからない。一段階下に移って流し読みを始めると、五番目にその仮説を証明する記述が残っていた。



【局地的磁気嵐警報(レベル4・全員避難)

 対象地域 宮城県逢桜町日原

 発令時刻 午後五時十一分】



 やはりそうだ。逢桜高校ほどの緊急性・危険性がなかったとはいえ、ここも戦場になっていた。そして、アステラシア社が特殊清掃に入った。れた道路は、人間と〈特定災害(モートレス)〉との間で命のやり取りが繰り広げられた跡なのだ。

 おじさんは専守防衛型の〈五葉紋〉だと言っていたな。ならば、別の誰かがここで「防災活動」をしたということか。私たちがさっき、学校で見たように。



「さて、そろそろ着くけど……」


「――あ」



 再び、車内を沈黙が満たす。車は県道から逸れて細い道に入り、メゾネット団地の駐車場に収まった。

 私たちは荷物を手に車を降り、建物に目を向ける。川岸家と水原家が隣り合わせになったC棟は――どちらも明かりが点いていた。

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