Side B - Part 6 誰が為に君は怒る
Phase:04 - Side B "Kimitaka"
「ショウ! アンリ!」
今朝、クラス分けのAR掲示板があった場所に、軽バンタイプの白いワゴン車が停まっている。人影が見えるのはその脇、車体右横のスライドドア付近だ。
開け放たれたテールゲートから伸びてるのは小型のスロープ。車椅子で乗り降りする時に使うアレが外に出てる。
その車に向かって、りょーちんは〝ショウ〟って呼びかけた。この人がその名前で呼ぶのは幼なじみのハネショーこと、羽田正一選手以外にいない。
詳しい事情はわからないけど、車内にはハネショーともう一人誰かがいて、外に立つ女の人とトラブってるってことか!
「シヅ! 何してんだおまえ!」
「リョーチン、オカエリ! シャッチョサン、助ケテ!」
「ああ、ちょうどいいところに。班長が貴方のご友人をお連れしたようなので、車外へ搬出を試みたところ急に暴れ出したのです」
あれ? 思ったより小柄だな。男と揉めたって事実だけ聞いたら、みんな被害者はこの人のほうだって勘違いしそう。
でも……失礼を承知で率直に言うけど、オレはこれが初対面となった陸上自衛官・高野四弦さんの物言いにどこか冷酷な印象を受けた。
「――触った?」
「はい?」
「女性不信と恐怖症持ってる人間に、ベタベタ触ったのかって訊いてんの。そんなことしたらパニック起こして大暴れするに決まってるだろ」
「はあ」
「あと、そのヨウム。大好きな社長さんに手ぇ出されて心底お怒りだ。今の激おこ状態で外に出してやったら、おまえの指食いちぎるかもな」
「テメー、ブッ飛バスゾ!」
「火力高いっすねアンリさん。あと、その乱暴な言葉遣いどこで覚えた?」
空気がひりつく。気づけばりょーちんは車の横で壁ドンの体勢を取り、相手と真っ正面から険しい表情でにらみ合っていた。
き、きっと不幸な事故だよりょーちん! この人は知らなかっただけ。そう、誤解が解ければ丸く収まるはず……
「くだらない。そんなことで怒っているのですか、貴方は」
「高野君!」
「信頼は積み上げるもの、恐怖は繰り返すことで慣れるもの。手をつかまれたくらいでギャーギャー騒がないでください。はっきり言って迷惑です」
そう信じて事態を見守っていたオレたちの前で、高野さんは故意にやったことだと悪びれもせずのたまった。これには徳永さんも黙っていられず、鋭い一喝が飛ぶ。
つかまれた「くらい」? 迷惑? ふざけんなよ、迷惑なのはアンタだろ。よくりょーちんの話聞いたあとにそんなセリフ言えるな!
そんな言葉が喉元まで出かかった時、りょーちんがちらりとこっちを見た。オレたちを制するようにスッと手をかざし、高野さんに向き直る。
「国民ひとり護れない自衛官サマが、ずいぶんとまあ偉そうに。残る一人は自分が保護するとか言っといて、何なんですかあのザマは」
「あれは不可抗力です。話をすり替えないでください」
「不可抗力! すげーな、行方不明を装って後始末押しつける税金泥棒は言うことが違えわ。オウンゴール許しといて言い訳すんじゃねえよ」
「ッ……貴方ね――!」
「やめなさい良平君、命令だ! 高野君も噛みつくな!」
ミドルネーム呼びを許すほど、心を開いた間柄。りょーちんとハネショーの間に特別な絆があることは、さっきの〈エンプレス〉戦でもはっきりわかった。
そんな大事な人を傷つけられたら、この人はどう出るか。結果は火を見るよりも明らかだ。
「チッ……わかった、もういい。そこをどけ」
「できません。今の羽田氏は貴方にケガを負わせる可能性があります。その汚らしい鳥も、騒いで邪魔をしかねません。退がりなさい、シャル――」
「俺をその名で呼ぶなって言ってんだろ!」
もう和解なんてあり得ない。大切な人とその家族を軽んじた相手に対し、りょーちんは完全にブチ切れていた。
普段、特に女の人相手には絶対やらない荒々しさで、最推しは高野さんを扉のそばから押しのける。それから、打って変わって明るい調子で「お邪魔しま~す」と車内に声をかけ、中に踏み込んだ。
直後、大きな物音とハネショーの悲鳴が聞こえて、思わずみんな身構える。徳永さんの制止を振り切り、オレは車のそばに駆け寄った。
「来るな、触るな! それ以上俺に近づくなぁっ!」
「大丈夫だ、ショウ。俺の目を見ろ」
「皆が言うんだ、お前に価値はないって。こんな身体じゃ役立たずだって!」
「しっかりしろ、そんなこと言うやつここにはいない」
「ワァー! リョーチン、助ケテ! 助ケテ!」
「大声出してごめんな、おまえには怒ってないよ。落ち着いたら一緒に帰ろう」
灰色のデカい鳥が、ケージの中で翼を広げて騒いでいる。りょーちんは近くにあった黒い布を手に取り、優しく声をかけながら自分の姿が見える面以外を覆うようにそっとかぶせた。
それから、錯乱状態に陥った飼い主の両手を押さえつけてなだめる。泣きながら首を横に振って嫌々をするハネショーに、りょーちんは何度も「俺の目を見ろ」と繰り返した。
「お前だっていつか、静岡に帰っちまう。みんな……みんな、俺から離れていく。カネが無いくせにプライドは高い、クソ野郎の面倒なんざ見てらんねえもんな」
「いやいや、そん時はおまえも連れてくよ。どうしてもここに残りたいなら止めないけど、横須賀育ちの都会っ子にはちょっと交通が不便じゃないか?」
「はっきり言えよシャルル、俺が邪魔だって! 人の足を引っ張るんじゃねえって! どうせお前も本当は『さっさと死んでくれ』って思ってんだろ、なあ!」
「ごちゃごちゃうるせえな。俺の目を見ろ! 見るんだ、正一!」
抵抗が緩んだ瞬間、ふたりの影が一瞬重なる。拘束を解かれ、震える手をおでこに当てたハネショーのうつろな目に、徐々に光が戻っていった。
大声で絶叫してたヨウムもおとなしくなって、唸るような声のあと「シャッチョサン、大丈夫?」と問いかけてくる。
「昔、試合前にやってくれたろ? 勇気の出るおまじない。ビビりな俺が額にキスを許したのは、おまえが初めてだったんだぜ」
「あ、あああ……! シャルル、俺……俺……っ!」
「いいよ、もう何も言わなくていい。独りでよく頑張ったな、ショウ」
夜の暗がりに、二本の腕が伸びる。トレーニングウェアを着た背中がしゃがみ込み、右肩を抱き込んでもらう形でその手を組ませた。
介助者にしがみつく格好になったハネショーは、そのまま車椅子の上で声を上げて泣きじゃくる。りょーちんは何も言わず、ただその頭を優しく撫でた。
ついのぞき見ちゃったけど、しばらく二人と一羽きりにしてあげるべきだな。オレは物音を立てないようにそーっと後退し、みんなのところにこっそり戻った。




