Side B - Part 3 すれ違う想い
Phase:04 - Side B "Kimitaka"
「これは、お父さんが自分から望んだことなの?」
「……そうだよ。僕から異動を志願した」
「ペンを剣、法律を盾に、知識で戦うのが役場でしょ? 自衛官でも警察官でもないお父さんが、なんで体を張ってんの」
「僕の〈五葉紋〉は防御特化型。二〇〇人を超える大所帯に、たった一人の珍しい力。それを手にしたと知った時から、こうするって決めてたんだ」
川岸はうつむき、声を震わせた。オレも訊きたいよ、親父さん。この町は自分の命より大事なのか? アンタじゃないと護れないのか?
最優先すべきは自分の命だ。誰かを護りたいなら、まず自分が生き残らなきゃ。死んじゃったら何もできないし、全員助けるのは神様だってたぶん無理。
いくら大好きで愛着のある町でも、大事な人を泣かせてまで護るものじゃない。その熱い気持ちはわからなくもないけど、同意はできないな。
「公務員ってさ、仕事上の命令には従わないといけないんだよね。その力で戦えって町長さんにでも命令された?」
「逆だよ。町長と課長補佐会からは生き延びてもらわないと困る、前線に出るなと引き留められた。代わりに主事級の若手たちが――今朝見送ったのもその一人だ」
「だったら、どうして!」
「現実に背を向けたくないからだよ!」
川岸の親父さんが目に涙を溜めて叫んだ。自分はどう生きたいか、この命をどう使いたいか――あの事件を機に、人生観を見つめ直さなかった人なんていない。
募集要件は「殉職する覚悟がある者」という都市伝説までささやかれる逢桜町の公務員で、悩み抜いて出した結論がこれなら猛反対されるのは目に見えてる。
この人は言わなかったんじゃない、言えなかったんだ。心から家族を想うからこそ、余計な心配をかけないために本当の理由を黙ってたんだ。
「傲慢なのはわかってる。でも、僕が手を伸ばせば救える命があるかもしれない。誰かを切り捨ててつかんだ未来に、僕は価値を見いだせない」
「でも……だからって……!」
「嫌なんだ。もうたくさんだ! 戦うことでしか前に進めないなら、僕は――!」
すすり泣くような親子の声がホールに響いた。何か二人に気の利いた言葉をかけたかったのに、オレの足りない頭では何も思いつかない。
どうすべきかとまごついていると、りょーちんが両手を叩いて「はい、そこまで!」と強引に話を切り上げさせた。
「あのね、過ぎたことをたらればで話してたらキリがないの。この調子じゃ真夜中までかかっちゃいますよ、お二人さん。反省会と親子ゲンカは家でやってください」
「っ……そう、ですよね。すみません」
「あたしからもごめんなさい。それと――ありがとうございます」
「気にすんなって、俺は早く帰りたいだーけ。小林も時間ヤバくない?」
「あっ! そうでした、早く寮に戻んないと!」
最推しの指摘で、オレは大事なタスクを思い出した。サッカー班の最下級生は十五分前に食堂へ集まって夕食の準備を整え、先輩たちの到着を待つのが仕事だ。遅刻を理由に手伝いませんでした、なんてことになればオレの信用は地に落ちる。
かといって、目の前の頼まれ事を放り出すのはもっと悪い。夢にまで見た最推しとの共同作業ならなおさらだ。
そう、オレは徳永さんから、気絶した葉山先生をりょーちんと一緒に近くのベンチまで運ぶよう命じられたのであーる! この采配にはマジで一生感謝したい。
「あ……っと、その前に。りょーちん、理論武装解除OKです」
「理論武装?」
「戦隊ヒーローや魔法少女は、仕事を終えたら変身を解くでしょ? 〈五葉紋〉もあれと同じ。防災活動を終えたあとは、きちんと現実に戻らなきゃね」
川岸の親父さんが涙をぬぐい、役場の人らしく丁寧な解説をしてくれた。
いわく……りょーちんや一部の人の〈五葉紋〉には、そこに意識を集中させて合言葉を口にすると、身体機能や感覚を飛躍的に引き上げる効果があるらしい。
この合言葉〝ブルーム・アクト〟を唱えることを〈開花宣言〉といい、それによって自身やまわりに何らかの変化が起きる現象、及びその状態を理論武装っていうそうだ。
「了解です。そんじゃ――〈サクラチル〉」
(あ……)
りょーちんは〈Psychic〉を介して、理論武装を解除した。ポラリスのユニにブロック状のノイズが入り、ファン受け抜群の童顔に反して筋肉質な身体を覆っていた重ね着が分解される。
その下から現れたのは、ややゆったりめのシルエットをした紺色のトレーニングウェア。左胸にチームのエンブレムっぽいマークがついてるな。
つーか何? 何なのこれ? 何着ても似合いすぎだろオレの最推し!
トレードマークのネタTシャツから、ファンミーティングのコスプレ衣装、記者会見に着てくる高そうなスーツ。日本代表公式ウェアのモデル務めてたのも納得の着こなしを至近距離で拝めるとか、心臓いくつあっても足んねーよ!
「ありがとう、二人とも。あとはそこに寝かせておけば大丈夫だ」
「起こさなくていいんですか?」
「澪君のお父様、一徹君が応援を呼んでくれてね。じきに人がやってきて、特殊清掃と葉山先生の介抱を行ってくれる。彼女も立ち会うから心配は無用だ」
「はい。お任せください」
徳永さんの言葉に違和感を覚えて辺りを見回すと、オレたちの左手、大講堂の隣にある音楽棟とつながった階段から、ひとりの女子生徒が下りてきた。




