Side A - Part 7 総力戦
Phase:04 - Side A "Mio"
渡り廊下を越えて、中庭経由でピロティへ。さっきあたしたちが通ってきたのと同じ経路で人面ムカデが再登場し、りょーちんへまっすぐ襲いかかった。
大口を開けての噛みつきをかわし、サッカーユニ姿の王子様は時計でいうと八時の方向、左斜め後ろに広がる敵の死角へ滑り込む。
両手で電子スターティングピストルを構え、頭のひとつを狙って発砲。今度はちゃんと攻撃判定が機能し、標的の血しぶきと絶叫が弾け飛んだ。
「ピぎゃアァああァあ!」
「おっと! 今の浅かったか?」
『問題ない。一番左のが延髄ぶち抜かれて沈黙した』
本来なら、りょーちんはここで「逃げろ!」と叫ぶはずだった。歓声は恐怖の絶叫に変わり、集まった人々が一目散に逃げ出す。
取り残された主人公たちは、揃い踏みした〈エンプレス〉と〈モートレス〉のタッグに苦戦を強いられる。あたしのプロットでは確かそうなっていたはずだ。
その潮目が……変わった。女主人公の書く物語に呼ばれたモデル――もうひとりの主人公によって、絶望は希望に塗り替えられた。
物語の中核を成すメインキャラクターが、運命づけられた自身の役割に逆らったら、現実はどのように変わるのか。効果はすぐに現れた。
「さっすがりょーちん、カッコええわぁ! ウチらも負けてられへんで!』
【おや? 高校生たちのようすが……】
「頭が三つに増えた分、ライフが三倍になっただけのこと。うち一つはりょーちんが仕留めてくれた。俺らであと二セット取りゃいい話よ」
『ん~、なるほど納得ゲーム理論。皆の衆、出番ですぞ~!』
なぎなた班の主将っぽい女子生徒が気勢を上げ、卓球班は男女一緒に集まって円陣を組む。空中に〈Psychic〉のマルチディスプレイを展開し、メガホンでしゃべってるオタク調男子は何班だろう。
「正直、ずーっと防災訓練ばっかで飽きてきてたんだよね。ようやくデビュー戦かと思ったら、いきなりこの学内モンスターハントですよ」
「最高じゃん、生きててよかった。何でもアリの異種格闘技、学校単位の総力戦とか青春かよ」
「アオハルだよ、りょーちん付きの。ってコトで……防災活動、やるぞ――!」
「おおおおおおお――っ!」
一番槍は女子ソフトテニス班。りょーちんの攻撃に気を取られたムカデの胴体へ、色とりどりのエフェクトがついた剛速球スマッシュを叩きつけた。
それを皮切りに、運動班も文化班も男女の別なくひとつになって、各自の得意分野を活かした多彩な攻撃が乱れ飛ぶ。
「上げるぞ、藤本! やっちまえ!」
「うおりゃぁああああ!」
男子バレーボール班のエースが放ったスパイクで、ムカデの真ん中の顔面がべっこり凹む。
息つく間もなく、今度はあたしたちの真後ろと下草が生い茂る林の中から、きらりと光るものがいくつも見えた。
「ほな、うちらの出番どすなあ」
「こちら弓道・アーチェリー連合部隊。逢桜スナイパーズ、準備オッケー?」
『いつでも撃てる。サバゲー同好会長、あとは任せた』
『敵影捕捉。構え――てえッ!』
草むらの中から、号令とともに無数の風切り音と銃声が響いた。矢と弾丸が雨のように降り注ぎ、敵の巨体を地面に縫い留める。
弓道班とアーチェリー班、ライフル射撃班とサバイバルゲーム同好会。古代と近現代、東洋と西洋、単発と連発の違いはあれど、同じ飛び道具同士の連携による一斉射撃だ。
「はい~。工作班との技術協力で堂々参戦、科学班で~す。てい」
「ギいゃアアぁア――!」
「挨拶代わりに火炎瓶かよ。キマってんなマッドサイエンティスト」
「ブツブツ……あの炎を触媒に黒魔術を……あ、オカルト研究同好会です」
『我々、ITエージェント友の会も忘れないでいただきたいですな!』
「そんなのあったの!?」
葉山先生の開いた口がふさがらない。鈴歌と工藤さんも呆然としてる。あたしも信じられないよ、命懸けの逃走劇がレイド戦になるなんて!
あたしたち生徒と教職員、そしてりょーちん。たった一言で互いの背中を押す相乗効果が生まれ、あれだけ怖かった敵とも落ち着いて向き合えている。
白く小さな人影は自分と〈モートレス〉の圧勝を確信してたらしく、大きく当てが外れたことを受けて盛大に不満をぶちまけた。
『許さない。よくも……よくも、このわたしに傷を……!』
「油断してっからそうなるんだよ。ひとつ勉強になったな」
『嫌味のつもり? わたしは本気で怒っているのよ』
「だったら、さっさと終わらせようぜ。俺も早く帰りたいんでね」
人面ムカデは先輩たちに気を取られ、〈エンプレス〉もりょーちんの足止めを食ってあたしと小林くんから注意が逸れた。それを見て月代先輩と鈴歌、工藤さんがすかさず駆け寄ってくる。
「今のうちだ、小林! 急げ!」
「っ……りょーちん! オレ、先行ってます!」
「澪、行くぞ! 手を貸せ、工藤!」
「離して、鈴歌! みんなが……りょーちんが、まだ!」
「そんなこと言ってる場合じゃないって!」
同級生の女子二人に引きずられる形で、あたしは大講堂前の低い階段を下った。あとは目の前のガラス戸をくぐって、エントランスホールに入るだけだ。
直前まですっごい抵抗感があったのに、いざ扉の前まで連行されると、さっきまでのためらいが嘘のように消え失せる。
前を行く先輩と小林くんに続き、工藤さん、そして鈴歌が中に入った。あたしも最後の一歩を踏み出し、すべてが終わる。誰もがそう思った、まさにその時――
「た、助けて……助けてくれぇぇぇぇッ!」
背後で、何とも情けない命乞いが聞こえた。葉山先生の声だ。勝手なことして〈エンプレス〉の人質にでも取られたのかな。
振り返ってみると、まさしくあたしが想像したとおりの光景が目に飛び込んできた。意地の悪い笑みを浮かべている犯人の正体を除いては。
「……大家、さん?」
「おっと、動くなよ。俺が人を刺すところなんざ見たかねえだろ?」
羽田正一。〝天上の青〟サッカー人生に華を添え、恩師で、ライバルで、切っても切り離せない大事な存在。
この場にいないはずの人、いつの間にか現れたその人が、果物ナイフを葉山先生の喉元に突きつけ、りょーちんを脅していたのだった。




