Side A - Part 9 終幕
Phase:04 - Side A "Mio"
世間は等身大のりょーちんと大家さんに見向きもしない。悲惨な過去を乗り越えて戦い続ける天才と、選手としての絶頂期に道を断たれた悲劇の秀才。その役柄を「演じている」間しか、彼らは彼らでいられない。
「俺とお前が義兄弟、ねえ……」
尊敬、友情、嫉妬、後悔――様々な想いが複雑に入り混じる繊細で尊い関係は、きっと当事者にしか理解できない。
鈴歌みたく斜に構えた人なら、ふたりの関係を傷の舐め合いと評するかな。でも、それほどまでにお互いを想い合う気持ちは痛いほど伝わってくる。
さっきの「壊したい」発言は、その負の部分。大好きな人だからこそ、その人物像を〈エンプレス〉に穢されるのは我慢ならない。
利用されるくらいなら、自分の手で消してやる。裏を返せば、りょーちんはそれくらいの覚悟で大家さんと向き合ってるってことなんだ。
「――本当に?」
ニセ大家さんが口の端を吊り上げ、笑みを浮かべた。ゲスで下品な問いかけに、にじり寄ったりょーちんが足を止める。
最悪だ。この敵、とにかくラフプレーが過ぎる。対する我らが男主人公は、その場で目を閉じ深呼吸すると、ギアを一段下げた低い声でこう答えた。
「正一以外にはノーコメントだ」
耳をつんざく悲鳴がして、あたしたちは人面ムカデに目を向けた。巨大な怪物が火柱に呑まれ、激しく燃え上がっている。
あたしのバーチャル原稿によれば、幻覚を見た〈モートレス〉が自然発火したとのこと。オカルト同好会が「魔法は実在する」とみんなに誤認させたことで、エセ黒魔術が現実になったそうだ。
『うーん、わかったようなわからないような……市川さん、解説お願いします』
『はい。では、まず大前提として――この町には魔法が実在します』
『は?』
『社会通念や一般常識、オカルト的にどうこうということはいったん置いといて、ただそういうものだと思ってください。彼らは私たちに〝魔法は実在する〟と思わせ、実際に魔法を放つポーズを取りました』
『……はあ』
『すると、それを覚知した私たちの脳は錯覚を起こし、実際に起きている現象がまるで魔法のように増幅されて見えるのです。今回は〈モートレス〉自身も自己暗示にかかっていたため、さらなる大打撃を与えることに成功しました』
『なるほど……なるほど?』
火炎系魔法の再現でもたらされる科学的効果は、異常発熱による体温の急上昇だ。この設定・概念を現実の現象だと誤認してしまうと、人面ムカデの脳は燃え盛る炎に全身を焼かれたと思い込む。
肉は削げ、骨が露出し、重度のやけどを負って然るべき。なのに、実際には触られてすらいない。そのギャップで敵は混乱してしまった。
『すると、脳はつじつまを合わせるため、全身の細胞を活性化させます。これにより〈モートレス〉はものの数秒で熱中症に陥り、人間なら死に至る体温を超えてなお、大量の熱を発し続けたのです』
『結果、自身の体温で体内の脂肪が融解したと。バターみたいですね』
『〈モートレス〉は、科学班の火炎瓶攻撃ですでに着火していました。巨大なオイルタンクと化した胴体に、フェンシング班が穴を開けたらどうなるでしょう?』
『爆発炎上によるセルフ火葬とか狂気の沙汰でござる……』
『イヤァァァァァァ!』
みんなの悲鳴がピロティにこだまする中、りょーちんが〈エンプレス〉へ電子スターティングピストルを投げつけた。相手はとっさにそれを振り払おうと手を振り上げ、人質の首元から刃物を離す。
そこへ、一気に肉薄したストライカーの正確無比な蹴りが襲いかかる。ニセ大家さんの左手から、すっぽ抜ける形でナイフが飛んだ。
「ぐっ!? 何をする、佐々木!」
「こやかましいな、さっさと行け!」
葉山先生はりょーちんに腕をつかまれ、突き飛ばされる形で敵から解放される。そのやり方がお気に召さなかったのか、恩人に舌打ちをしたクソ担任は急ぎ足でこっちに走ってきた。
邪悪な笑みを崩さないニセ大家さんの手には、払いのけたはずの銃が握られている。さっき読み取った視覚情報から、まったく同じものを複製したんだ。
『しまった……! 良平!』
マネージャーの警告を待たず、りょーちんは回避行動に移った。低く身を屈めて横っ跳びし、床に転がったオリジナルへ手を伸ばす。
〈エンプレス〉も両手を構えた。特別な絆で結ばれた、因縁のふたりが銃を向け合う。
「終わりだ、シャルル!」
「おまえがな!」
それはまるで、映画のようなラストシーンだった。二発の電子音が同時に響き、りょーちんの色白な右頬に一筋の赤い線を刻む。
鮮やかなコントラストを目に焼きつけ、あたしの思考は再び動き出した。今だ――とささやく声に従い、地面に置いていた足を浮かせる。
「澪、こっちだ」
「……うん」
鈴歌のエスコートを受けて、原作者〝ミオ〟は最後の一歩を踏み越えた。一声も発しなくなった人面ムカデが、地響きとともにくずおれる。
「はぁ……いいわ。今日はこのぐらいにしてあげる」
「その顔で女言葉しゃべんなよ、気色悪い。視聴者の皆さ~ん、ショウはこの数万倍バチクソイケメンなんで、誤解なきようにお願いしますね~」
【はいはいノロケノロケ】
【(俺の)ショウさんですねわかります】
【さっさと結婚しろ】
「ぶはッ!?」
気づけば〈五葉紋〉の光は収まり、手首の輪っかも薄らいでいた。仮想スクリーンがサラサラと分解し、光の粒になって消えていく。
視聴者コメントに吹き出す小林くんをよそに、りょーちんはゆっくり立ち上がってニセ大家さんの元へ歩み寄った。大切な人はおでこに穴が開き、車椅子の上で焦点の合わない目をしている。
「俺を生かしたこと、あとで後悔するぞ」
「あなたこそ、そのリアンとやらに縛られないことね」
ニセ大家さんの身体がキラキラと輝き出した。登場した時と同じく、白い光の粒が辺りに満ちる。
どこまでが本当で、どこまでが嘘なのか。この女帝がひた隠しにする事件の目的と真相は、あたしとりょーちんにもまだわからない。
「さようなら、皆さん。また会いましょう」
大家さんの輪郭が崩壊を始めた。肉と油の焦げついた臭いを残し、〈エンプレス〉は美しく霧散する。
終わった……あたし、やれたんだ。ここにいるみんなと、生き残った町民全員を助けられたんだ!
『ここで速報、速報です。逢桜町はただ今の時刻、午後五時五十八分をもって、町内に出されていた磁気嵐警報をすべて解除しました』
『これに伴い、逢桜高校生徒会執行部も、校内における防災活動の終了を宣言しました。繰り返します。本日の防災活動について、終了宣言が出ました――』
すっかり暗くなった春の夜空に、チャイムと校内放送が吸い込まれていく。波乱ずくめの高校入学初日は、こうして静かに幕を閉じた。




