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トワイライト・クライシス  作者: 幸田 績
Phase:04 動き出した歯車
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Side A - Part 6 狙え、撃て

Phase:04 - Side A "Mio"

 両手で構え、狙いを定め、息を整えて「()()()」と念じる。

 引き金は最初こそスカスカと軽かったけど、ある一点で何かが引っかかる感覚がしてから急に重くなった。油断して力を強めたところで、急に右手の人差し指がガクッと手前に吸い込まれる。


 汗ばんだ手の中で、電子スターティングピストルの音がした。予想より強い反動が返ってきて、腕が大きく真上に跳ねる。

 確かに胸を狙ったのに、相手は髪一本揺れていない。外した。あたしの腕では標的の輪郭りんかくすらとらえられないんだ。



「ダメ……りょーちん、当たらない!」


「落ち着け、まだ一発撃っただけだろ。泣きごとを言うにはまだ早い。自分で創った法則を思い出せ、()()()()()()()()()()んだよ」



 知ってるよ、りょーちん。ビギナーズラックなんて、ご都合主義の世界だけ。現実はこれこのとおり、脚色されててもうまくいかない。

 そうしてる間にも、子どものシルエットはさらに光の粒を取り込んでいく。足元から伝わる振動もますます強まってるのに、小林くんはまだ逃げようとしない。



「もういい、おれが迎えに行く。二人ともそこで――」



 しびれを切らした月代つきしろ先輩の申し出を、大型新人(物理)は途中で制した。大講堂に背を向けて、あたしのほうにまっすぐ歩み寄る。



「こ、小林くん!?」


「すいません、キャプテン。オレも残って戦います」



 そして――あたしの背中越しに一回り大きな手を伸ばし、銃のグリップを握る手を優しくもしっかりと、包み込むように支えてくれた。

 平凡なモブ女子がクラスの人気者、高身長スポーツ男子に後ろから密着されるという少女マンガみたいな展開に、ヤジと弾幕コメントと投げ銭が乱れ飛ぶ。



「おおー、コバっちダイターン!」


「大林。あとで殺す」


「なんで逃げないの!? あたしのことはいいから、早く――」


「さっき撃った時、縦にブレたろ? 肩と腕に余計な力が入ってるんだ。銃を握る時の力加減は、生卵を持つ時と同じくらい。握るっていうより、添えるイメージだな」



 振り返ると、クラスメイトは真剣な眼差しで前を見据えていた。ゴールまでの道筋を計算し、至高の一発を叩き込むタイミングを計っている目だ。

 この人の勝ちへの貪欲どんよくさ、真剣さはりょーちんにも負けてない。ギャラリーも異様な雰囲気を感じ取ったのか、徐々に静かになっていく。



「反動は抑えるんじゃなく、受け流すもの。もっと低く構えて、力抜いて」


「う、うんっ」


「オッケー、上手うまいぞ。そう――そこだ」



 重ねた手から、小林くんの脈と体温が伝わってくる。直接触れ合ったことで、彼の見ている世界とあたしの視覚が同期シンクロし、ひとつにけて交わる。

 さっきまで影も形もなかった照準サイトが視界に現れ、子どもの腰のあたりに狙いをつけた。これなら……今なら、いけるかもしれない。



「ターゲット、ロック。大丈夫だ、絶対できる!」


「当たる。当てる。当ててみせる――!」



 ふたり分の強い意志を乗せて、さっきより慎重に右の人差し指へ力を加える。乾いた電子音がピロティに反響し、女の子の胸に風穴が開いた。



【きたああああああ】


【上達したなミオちゃん】



 いくつものテロップが空中をすっ飛んでって、小銭のジャラジャラ跳ねる音が頭の中にこだまする。

 そういえばこの投げ銭、誰の財布に入るんだろ。冷静に考えたら、世界観作った原作者への原稿料っていうかさ、あたしにもちょっとくれたってよくない?



『あっ、当たった!』


『小林選手、ナイスアシスト! 見事、敵の胸を撃ち抜きまし……』



 でも、そんな冗談を言えたのはここまで。撃たれた敵が声もなく後ろに二、三歩ふらつくと、辺りを飛び交う光が一斉に消えた。

 いち早く異変を察知したりょーちんが、ピストルを返せと言ってくる。胸騒ぎを覚えたあたしの前で、小さなシルエットがおもむろに顔を上げた。

 目に入ったのは、表情が読み取れないのっぺらぼう。それなのに、そのはずなのに、視聴者を含め居合わせた全員が怒りに満ちた声をはっきり聞いた。



『――許さない』


「え……」


『ゆるさない。許さない。許さない許さなゆるさアアアアア!』



 ホバリングしてた中継ドローンの音声が急に途絶える。思ったより大型のメカは白い煙と異音を勢いよく吐き出すと、一直線にあたしのほうへ突っ込んできた。

 電子スターティングピストルが立て続けに鳴る。プロペラの軸を狙ったりょーちんの射撃は正確で、しかも速い。AIカメラをだまして故障させ、ぶつかる前に墜落させようとしてくれてるんだ。



(だけど、その「目」が故障したドローンには()()()()()()()()()()()()。これって、人間の幻想看破と同じ状態……!)


「チッ――ダメか、小林!」



 最推しの舌打ちに目で応え、小林くんはあたしを押しのけるようにしてドローンの軌道上に割り込んだ。迫り来る巨大な鉄の虫を前に、サッカー班の大型新人が立ちはだかる。



「小林くん! 何を――」


ちろ、クソ虫! おらぁあああッ!」



 鋭くひらめいた右脚が、プロペラを備えた腕の何本かを正確に蹴り砕いた。バランスを崩し、ふらつきながら元の航路へ戻ろうとするドローンに、追撃のボレーシュートが襲いかかる。

 鉄くずはピロティを支える柱に激突し、搭載されたリチウムイオン電池の発火によって爆発炎上。これで目先の脅威は排された。あとはこの光る女の子――〈エンプレス〉をどうにかすればいい。



「やった……! りょーちん! オレ、やりましたよ!」


「いや、まだだ。あいつが来る」


「あいつ?」


「目を覚ましたって言われただろ。後半戦の始まりだ」



 足元が揺れる。空気が凍る。騒がしいスタジアムでもめったに聞かないような大声で、武器を手にしたストライカーが叫ぶ。



「みんな! ()()()――!」

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