Side A - Part 3 特別ミッション
Phase:04 - Side A "Mio"
「うぇ~い! 待ってたぜ良ちゃん、イヤッホー!」
『俺のことも気にかけろ工藤、AI差別だ!』
「へ? おい、セナ! 待っ――どわぁぁぁぁぁ!」
「あ。落ちた」
顔を腫らして茂みから飛び出した手代木さんを追いかけ、枝の上で足を滑らせたりょーちんは二メートル超の高さから地面に転落した。
木の根元に広がる柔らかい地面の上で受け身を取り、ユニフォーム姿で大の字になったサッカー男子日本代表を見て、高野さんがあからさまに「バカですか貴方」って顔をする。
「はぁ……一体何をやっているんですかシャルル」
「りょーちんも木から落ちるの巻。つーかシヅ、おまえフランス語わかるからって、俺のことミドルネームで呼ぶのやめてくんない?」
「なぜです?」
「俺の彼女じゃないから」
……鈴歌、よくこのくだりにツッコまなかったな。あたしたち、その彼女特権使ってる人と今朝会ってるからね。しかも彼「女」じゃないし。
「お~、チャラ男らしからぬエモいお答え~」
「ん? 褒めてんのかそれ?」
『そう聞こえるならメディカルチェックを推奨するぞマスター』
代わりに手代木さんがりょーちんへツッコんだその時、みんなの〈Psychic〉が一斉にメッセージを受信した。仮想スクリーンの文字を見て、鈴歌が目を見開く。
【特別ミッション 原作者を護送せよ!
逢桜高校には〝ミオ〟という名前の女子生徒がいます。彼女は完全自律型AI〈エンプレス〉に作品を盗まれた被害者であり、原作者としてこの世界を元に戻す鍵を握る最重要人物です。
彼女を敵視し、逆恨みする者もいるようですが、彼女の生存なくしてあなたたち町民に未来はありません。そのことをよく心に留め置いてください。
成功条件 〝ミオ〟を捜し出し、大講堂前ホールまで護送する
参加資格 このメッセージの受信者全員
報酬 成功した時点で生存しているすべての逢桜町民の命
失敗条件 護送対象、または挑戦者自身の死亡
ペナルティ 世界滅亡(護送対象の死亡時のみ)
皆さんの健闘をお祈りします】
これか、あたし以外の全町民に配信されたっていう特別ミッション! 人が必死で〝防災結界〟の作動状況調べてた時に、なんてもの流してくれてんの!?
いくら調べても、メッセージの内容はたったこれだけ。あの日初めて聞いた磁気嵐警報と同じように、発信者が誰か、信用に値する内容かはわからない。
それでも、四人の結論は一致していた。たとえ不確かな内容でも、まずはあたしが生きて帰らないことには話が始まらないのだから。
「護送任務ですか。居場所の見当は?」
「ついてる。あそこの保健室で寝てるって話だ」
「何だと? 工藤、まさか先ほどの念話相手は……」
「安心して、リンちゃん。みおりんはウチらが助け出すから」
――ぱしゃん。
ふいに聞こえた水音で、みんなは我に返った。初めはかすかに聞こえる程度だったのが、次第に大きくなっていく。
廊下に大きく広がった血の池が、スライムのように激しく波打ちうごめいた。男子生徒をくわえて寝転んだままの化け物が、目を覚ましたんだ。
『! 見ろ、アイツ……!』
「信じられません。致命傷を負わされてなお、立ち上がろうというのですか」
〈モートレス〉は口をすぼめ、獲物を頬張りながら血をすすった。容赦なく流れ込む液体で溺れた男子生徒が、手足を激しくバタつかせて暴れる。
一口飲み下すごとに、怪物は理性を失っていった。友達が最期の抵抗を見せてもまったく意に介さない。むしろそれを嘲笑うかのように、口元を収縮させた。
ペリカンみたいに膨らんだ空間が、シュッと潰れて平たくなる。
大きな破砕音と汁気をたっぷり含んだ湿っぽい音が廊下に響き、化け物の口からはみ出たヒトの両手足がびくりと跳ねた。
「じゅるッ……ボキ、グチャッ……じゅるじゅる、ズビビッ――」
捕食者は頭を上下に振り、喉を鳴らしながらゆっくりと獲物を呑み込んでいく。やがて満足そうに舌なめずりをすると、床に這いつくばって食べ残しを綺麗に舐め取り始めた。
汚いうえにキモいって、ほんっと最低最悪! 原作者の顔が見てみたいね!
『こレ……で、フだり……』
「これで二人、と言っていますね。まだ誰かを狙っているようです」
「そいつはヤバいな。どうするよ、シヅ」
「シャルルとポンコツAIは、特別ミッションとやらに専念を。七海は彼女を連れて大講堂へ向かってください。この化け物は自分が止めます」
化け物の頭にあたる部分が変形を始めた。肉の芽が盛り上がって目ができ、鼻を形づくり、黒々とした毛が生えてくる。
巨大ムカデの顔がふたつに増えた。どちらも少し落ち着かない様子で、大玉転がしの玉くらいありそうな目をせわしなく動かしている。
「彼女、ではない。水原鈴歌だ」
『ポンコツAI呼ばわりも撤回を要求する』
「だからさあ、シャルルって呼ぶのやめろって。それとも――」
「おっと、その先はやめときな良ちゃん」
「ごちゃごちゃ言ってないで散りやがりなさいませ!」
高野さんのめちゃくちゃな怒号が飛ぶ。それとほぼ同時に、床の拭き掃除を終えた怪物の注意が鈴歌たちに向いた。
〈モートレス〉はさらに巨大化しながら、廊下のガラス戸を突き破る。身の毛もよだつ雄叫びを合図に、中庭へ血生臭い春風が吹き込んだ。




