Side A - Part 1 空想概念マウントバトル
Phase:04 - Side A "Mio"
――さて、と。鈴歌の証言だけじゃ記録として心もとないんで、ここからは原作者の川岸澪による解説付きでお送りしたいと思います。
ただでさえ「様々な視点を組み合わせて、ふたつの物語を浮かび上がらせる」なんて文学的にもトリッキーな書き方してんだから、離脱者を増やさないためにやれることはやっとかなきゃね!
『あぁあああああ――!』
男子生徒、万事休す! となったこの場面、鈴歌は化け物の頭が「爆散した」って言ったけど、実はホントに爆発したわけじゃなくてさ。こう……投網みたいにぶわーっと広がった肉の膜が、死期を悟って絶望する人間に絡みつく様子を表現したかったのよ。
そんで、エサを包み込んだ〈モートレス〉は何度も何度も頭を振り上げ、もがく獲物を丸呑みにしていくの。コモドドラゴンの捕食シーン、見たことある?
「きゃあああああああ!」
「チッ……七海!」
工藤さんの絶叫。セーフモードが視覚的に砕け散って解除されたのとほぼ同時に、高野さんのスナイパーライフルが火を噴いた。ガラスが割れるけたたましい音がして、せり上がった人面ムカデの胴体に小さな穴が開く。
人間でいう頸動脈にあたる部位を、幻想の弾丸は正確に穿った。化け物に一言も発する余裕を与えず、小さくも致命的な傷口から真っ赤な噴水を作らせる。
〈モートレス〉が動きを止め、男子生徒をくわえたまま床に倒れ伏したのを見て、光の玉はようやく鈴歌たちに注意を向けた。
『あら? あらあら? お久しぶりね!』
「高野さん、気づかれた!」
「分かっています!」
自衛官は〈エンプレス〉に銃を向け、トリガーを絞った。一発、二発……無理やり抑え込まれた発砲音と、次弾を送り込むボルトハンドルの機械的な音、赤レンガの敷かれた地面に空の薬莢が落下する軽やかな音が不穏なハーモニーを奏でる。
ここで、少し前のことを思い出してほしいんだけど、高野さんは何もないところにスナイパーライフルを「召喚」したでしょ? この人の武器は現実世界に存在しない。想像の産物なんだ。
でも、それを向けて撃たれた〈モートレス〉は、リアルでも傷ついた。攻撃するフリをしただけで、どうして相手にダメージが入るんだと思う?
「これが、澪の世界……〈Psychic〉とイマーシブMRによる合わせ技、ヒトとAIによる共同作業の究極進化形――!」
正解! さすが鈴歌、ちゃんとわかってたみたいだね。
そう、これぞあたしが『トワイライト・クライシス』作中で使おうと編み出した戦闘システム。その名も「空想概念マウントバトル」だ!
その名のとおり、これは互いに想像力を駆使して攻撃・防御といった概念を生み出し、それらをぶつけ合ってマウントを取る「戦い」。思い浮かべたイメージはデータ化され、MR――あたしたちが見ている世界に実際の「感覚」となって出力される。
空想を事実とでっち上げて疑わず、揺るぎない妄想ができる人ほど、より解像度の高いデータを得られて有利になるのも大きな特徴だ。現実主義者の鈴歌にはちょっとキツいかも。
「この逢桜町における〈Psychic〉の普及率はおよそ七割。だが、スマートフォンやその他通信機器を含めると、何らかの形で常時インターネットとつながっている町民の割合は九十八パーセントにものぼる」
「へっ? え?」
「私たちの脳はもう、状況を正しく認識していない。あの日〈エンプレス〉がバラ撒いたコンピュータウイルスによって、現実の感覚が狂わされているんだ!」
鈴歌が真相に迫る間も、高野さんは〈エンプレス〉に対する攻撃の手を緩めない。銃を撃つ「演技」を〈Psychic〉で細かく補正し、リアリティの高い精密な情報を出力する。
さっきの人面ムカデは、それを真に受け「撃たれたのは事実」と判断した。脳がライフルの向きから架空の弾道をでっち上げ、着弾点を予測。首の細胞がピンポイントで暴走し、まるで本当に撃たれたかのようなエフェクトで死滅させる自傷行為を起こしている。
高野さんの攻撃は、それくらい正確だ。からくりを知らない人が見たら、ホントに撃ってると信じて疑わないと思う。
でも――
「……なんで? なんで、しーちゃむの攻撃効いてないの!?」
「妄想で攻撃が成立するなら、その逆もありうる。くそっ、なぜそんな単純なロジックに気づかなかったんだ私は!」
「ちょっと待ってよ! リンちゃん、どゆこと?」
「あの飛行物体は『攻撃は空想、物理的には何の影響もない』と自分自身に言い聞かせ、あえて避けずにいる。その仮定が事実であり続ける限り、どんな攻撃も打ち消されてしまうんだ!」
「えっ、とぉ……しーちゃむ?」
「自分の射撃はウソだとバレている、ということです!」
あたしの考えた作中用語では、この攻撃失敗(防御成功)判定を「幻想看破」って呼んでる。こうなると相手は「現実での物理攻撃を伴わなければダメージが通らない」って一種の無敵状態になるんだ。
今の〈エンプレス〉って光る玉じゃん? プラズマは実体ないじゃん? 触れる実体がないってことは、物理攻撃通じないじゃん。
……これ、人類詰んでない? なにこのふざけたチート設定!?
『素敵な祝砲をありがとう、スナイパーのお姉さん。少しはこの世界に慣れたかしら?』
「やはり着弾しませんか。命中してはいるのですが」
うわー……完全に幻想看破されてる。何発撃ってもノーダメージだよ。声のトーンだけでナメられてるってわかるのがめっちゃウザい。
『ギフテッドのお姉さん、あなたは高校生になったのね。おめでとう』
「お前に会ってめでたくなくなったよ」
あんなに明るかった工藤さんが、青ざめた顔で鈴歌にしがみついた。廊下のガラス窓をすり抜け、中庭に出て緩やかに明滅しながら近寄ってくる光を、同級生の背中越しにガタガタ震えながら見つめてる。
『そちらの派手なお姉さんは……ふうん。こういう子もお好きなのね』
「なっ、何? こっち来ないで、もうやだぁ……!」
ふよふよ浮かぶ〈エンプレス〉が意味深なことを言ったその時、みんなの頭上で窓が開く音がした。上空に何かが飛び出し、ケヤキの枝に飛び移る。
顔はないけど、相手の注意が逸れたのはなんとなくわかった。通じる保証はなくとも、攻撃するなら今がチャンスだ!
思わず口を開きかけた鈴歌は、工藤さんの身体の震えがスッと止んだことに気づいた。不審に思って振り返ったら……あの子、にやりと笑ってこう言ったんだって。
「――なーんて、ね」




