Side C - Part 7 宿敵
Phase:03 - Side C "Suzuka"
『あああ謝る、謝るから殺さないで! アレが原因なんだろ? 今朝のアレ。マジで反省してるよ、助けてくれるなら全裸で土下座でも何でもする!』
答えはない。光は鈍く明滅しながら、着実に距離を詰めてくる。それが逆に彼の恐怖を煽り、呼びかける声はどんどん切羽詰まっていった。
『お、俺、羨ましかったんだ。りょーちんから死ぬほど大事にされてるのに、ツンデレぶって素直にならないハネショーが』
『……』
『羨ましかった。腹が立った。幸せそうだった――だから非難った。俺らはいくら努力しても報われないのに、あいつには何でも向こうからやってくる』
『……』
『おかしいだろ、なんで独りじゃ何もできないヤツが得するんだ! 社会のお荷物が健常者より恵まれてるなんて、世の中間違ってるだろ!』
ないものねだりの逆恨みをまくし立てる同級生の目から、一筋の涙がこぼれた。ガラス窓から差し込む夕日を浴びて、雫がダイヤモンドのような輝きを放つ。
(なんて、綺麗な――)
この世のものとは思えぬ光、絶望が生んだ生命のきらめき。思わず目と心を奪われた次の瞬間、さらにあり得ない事態が私たちを襲った。
『だったら、そんな世界書き換えてしまいましょう?』
発光体がしゃべった。合成音声という点は同じでも、ヒューマノイド副会長とは質が違う。聞けば心をかき乱し、不安を増幅させる不協和音だ。
『足りなければ奪う。欲しければ犯し、喰らい、殺す。何を今さらためらうの? あなたたち人間さんは今までずっと、そうやって生きてきたでしょう?』
「まさか、そんな――」
高野さんが「まさか、そんな……」とつぶやき、黒い瞳を驚きに見開く。工藤は声の正体に結びついていないようだが、ただならぬ状況であることは理解したらしく笑みが消えた。
半年前に目覚めてから、私はずっとお前を捜していた。三月二十七日を悪夢に変え、唯一の友である澪を苦しめ、逢桜町の町民に暗い影と深い遺恨を残したお前のことを。
あの日からずっと、私たちの中にはやるせない想いが渦巻いている。誰に、何を、どう表現したらいいか分からない。それ自体が大きな苦しみだった。
(ああ、でも、これでやっと――)
『さあ、欲望に身を任せて。あなたも家来におなりなさい』
やっと、この気持ちをぶつけられる。前代未聞、万国共通、人類史上最悪にして不倶戴天の宿敵。歴史上から可及的速やかに消し去るべき汚点、存在してはいけない致命的なエラー。
人類の英知を結集し、最大級の非難と戦力をもって切除すべき、サイバー空間に巣くう悪性腫瘍。完全自律型人工知能〈エンプレス〉に!
「……っ、ダメ! そいつの口車に乗んなし!」
「おい、工藤!」
『何を恐れているの? 大丈夫よ。わたしの決めたルールを守る限り、悪いようにはしないわ。そう――』
私たちの存在に気づいていないか、あえて無視しているのかは分からないが、光の玉はそのまま軽い調子で言葉を続けた。
ちょうどそのタイミングで薄気味悪い電子音が鳴り、緊張で張り詰めた私たちの神経を逆撫でする。
ぴろん、ぴろん。
ぴろん、ぴろん。
『空に太陽があるうちは変身しない、とか。おわかりいただけたかしら? 日が落ちたのはたった今。あなたのお友達はせっかちさんね』
『まさか、こいつがこうなったのは……』
『いいえ? その姿はお友達自身が望んだものよ。わたしに従う人間さんは、自分の未練や信念、やりたいことに合わせて変身するの。この人はもっとたくさんの噂を聞いて、言いふらしたくてたまらなかったのね』
『何だよそれ、わかんねえ。もう何もかもワケわかんねえよ! なんで俺がこんな目に!』
ふむ。この女帝のやり方というものが、少し分かってきた気がするぞ。
れっきとした理由があるのか、暴君の気まぐれかは不明だが……こいつは〈モートレス〉化した人間に何らかの制約を与え、その行動を縛っている。
芋虫状になったこの生徒が抵触したのは「変身するタイミングは磁気嵐警報の発令後でなければならない」といったところか。それが〈エンプレス〉にとってどれだけの重みを持つ背信行為なのかは分からないが、確実に言えるのは――破れば懲罰が下される、ということだ。
『あんた……俺を、殺すのか?』
『独りよりも二人、二人よりも三人。せっかく頼もしいお友達がいるんですもの、合体して強くならない手はないんじゃないかしら』
『グル……ゴボッ……おア、あ……』
発言の意図を悟った男子生徒の「やめてくれ!」という懇願を無視し、光の玉はチカチカと点滅し始めた。顔一面に耳を生やし、彼に向けて振りかぶられたまま時を止められていた怪物の頭部が、不気味な音を立てながら肥大していく。
「やだやだやだ、キモいキモいキモい!」
「いいですか、二人とも。この町は太陽が沈めば戦場と化し、気を抜けばもれなく地獄行き。早く大人になりたいのなら、甘い考えは捨てなさい」
ぴしり、と視界にヒビが入った。セーフモードの限界が近い。赤黒い時限爆弾と化した巨大な頭を見据えながら、高野さんは私と工藤に非情な現実を突きつけた。
「少しでも長く生き延びたいなら、仲間を見捨てる勇気を持つこと。できないのならもろとも死ね。この件に関わるということはそういう意味です」
『あぁあああああ――!』
長い廊下に絶叫が響く。金髪ギャルの震える両腕が、後ろから私を抱きすくめたその時――大気を震わせる轟音を伴い、〈モートレス〉の頭部が爆散した。




