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トワイライト・クライシス  作者: 幸田 績
Phase:03 宿敵
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Side C - Part 2 保健室へ潜入せよ

Phase:03 - Side C "Suzuka"

「ええーっ、なんスかその楽しそうな集まり!? オレ初耳ですよ!」


「うん。だから今誘ってんじゃん」


「『話の途中だが敵襲だ!』的なゲームのノリで勧誘すな。アホなの?」


「いっぺんリアルで言ってみたかったんだよ! りょーちん推しの、りょーちん推しによる、りょーちん推しのためのゆる~い班内同好会なんだけど。どうかな」



 まったくもって活動内容が不明瞭だが、たい焼き男を引き合いに出されたサッカー小僧の心は九割方「行きます!」に傾いている。

 だが、奴は今しがた私たちと保健室を訪ねることにしたばかりだ。すぐには首を縦に振らない。

 その様子を見かねてか、工藤は自分の荷物に加えて大林のカバンを引っ提げ、教室の外で待つ持ち主に無理やり押しつけた。



「行きなよ、コバっち。運動班はパイセンの命令に絶対服従なんしょ?」


「どんだけブラック部活だと思われてんのウチ!? それに、お前らと行くって先に約束しただろ」


「は? 小林、お前さっそく女子と遊びに行くつもりだったの? しかも二人」


「う~わ、生意気~。これだからチャライカーは……」



 大林は「違う違う、違いますって! 説明の機会をください!」とゴネてみせたが、先輩たちの目が笑っていない笑顔を見て観念したようだ。



「ちょっと、マジ勘弁してくださいよ! ってか、なんで先輩方までその呼び名知ってんです?」


「小林はりょーちん推し。りょーちんはチャラい。ゆえに、小林がチャラいストライカー、略してチャライカーに進化するのは時間の問題である。以上」


証明終了(Q.E.D.)だな」


「なんでですか――!」



 先輩たちは大柄な後輩の両脇を抱え上げ、軽い調子で「それじゃ、コイツ借りてくね~」と外のテラスへ引きずっていった。

 この校舎はテラス伝いに同じ階層の教室へ横並びに移動できる構造だから、どこか近くの空き教室に連れ込んで「お話」をする気なのだろう。


 三人の姿が見えなくなると、工藤は私に握手を求めてきた。本当は拒否したかったが、この女はすでに澪と接点を持ってしまっている。

 それに、こういうタイプの人間には形だけでも礼を払っておかないと、もっと面倒なことになりかねない。あとで念入りに手を洗って消毒しようと心に決め、私は差し出されたその手を軽く握った。



「工藤七海です。ななみんって呼んで~」


「……よろしく」



 手をつないだまま歩き出そうとする工藤を振りほどき、私は来た道を逆にたどって校舎の最下層を目指した。A組の教室前と、踊り場の男女トイレを通り過ぎて一階へ。階段の終端は、右手に理科室への入口を備えた廊下につながっている。

 〈Psychic(サイキック)〉のAR校舎案内図によれば、ここは第一理科室。オリエンテーションで見学した際、クラスメイトの女たちが気持ち悪がって移動をかしたせいで、じっくり観察できなかった場所だ。



「リンちゃん、聞いた? この学校、理科室が三つもあるんだって」


「特進科も今日、同じルートで説明を受けた。よほどの馬鹿でない限り、短期記憶にまだ残っているはずだが」


「美術室は二つ、工作室と調理実習室はそれぞれ教室二つ分の広さ。音楽室なんて、メインとサブのほかに防音室が三つもあるんだよ! ねえねえ――」


「断る」


「一緒に探検しない? って言おうと思ったけどやめとく~……」



 校内探検? なるほど、それがお前の目的か。ならば私も希望を伝えておこう。

 澪の無事を確かめたら、第一から第三理科室まで制覇するぞ。壁際の棚にホルマリン漬けの瓶がずらりと並ぶ壮観な光景を目に焼きつけるんだ。



「リンちゃんはキョーミ持った施設ある?」


「ダントツで理科室だ。腹開きのカエル、ネズミの心臓、ミミズの神経標本……壁一面に並ぶ生体を間近で見せてもらえるなら、科学班への入部も検討しよう」


「おおぅ……もしかしてグロ系お好きな感じ?」


「生物学的知見から好奇心、探究心を刺激された結果にすぎない。これまで生きてきて、一度(じか)に自分の身体の()()を見てみたいと思ったことはないか?」


「まっ たく ない です」


「なら、お前とは分かり合えないな」



 この学校は普通科と特進科、総合ビジネス学科の別に加えて、進路や興味関心に合わせた専攻分野を設定できる。具体的には農業、工業、スポーツ科学、それに家政コースだ。

 サッカー小僧を例に挙げると、奴は普通科の授業に加えて、総合的な学習の時間で栄養学や運動科学などスポーツ関連の特別科目を履修することになるわけだな。


 全国的に見ても、ここまで幅広い分野をカバーできる高校はほかに類を見ない。同じ学科、同じ教科の時間であっても、選択科目に応じて多様な教室と多数の専門教員を配置する必要があるからだ。

 公立高校でありながら私立校顔負けの学習環境が用意されているのは、逢桜町あさくらまちの子どもに対する配慮にして贖罪しょくざいの形。無限大の未来をはばむガラスの天井の手前まで、個々の進路をできる限りバックアップしたいという大人たちの意向の表れだろう。



「時間の無駄だ。先を急ぐぞ」


「うぇ~い……と言いたいトコだけど、別にゆっくりでも良くない?」


「なぜだ」


「だってこの時間、保健のセンセいないもん」



 第一理科室を過ぎ、突き当たりを左に曲がると昇降口の前に出た。表彰コーナーを通り過ぎ、廊下を右に。その先は朝に立ち寄った宿直室だ。あの時点いていなかった入口のデジタルサイネージが点灯し【会議中 入らないでください】とある。

 目的地の保健室はその先にあった。ドアノブに目を向けると、工藤の言葉どおり責任者の不在を告げる白い横長の札が掛かっている。

 


「ね? 今井ちゃんは部屋に()()()。ドヤァ」


「くだらないことを言ってないで、質問に答えろ。なぜ先生の留守を知っていた?」


「実はウチ、終礼前のホームルームで担任に教室追い出されたから、仮病使ってサボりに来たのさ。なお、速攻でバレてずーっと見張られてたんで、みおりんの様子確認には失敗した模様。すまぬ」


「例の現国教師か。何をどうして怒られた?」


「〝山ピッピ〟って呼んだからじゃね? 知らんけど」


「間違いなくそれが原因だな」



 朝に小林から指摘されたのを思い出し、右手の拳でドアを三回叩く。少し待ってみたが反応はなく、工藤が「失礼しま~す」と言って扉を開けた。

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