Side C - Part 1 協力者(?)現る
Phase:03 - Side C "Suzuka"
――磁気嵐警報発令 一時間二十一分前
「水原さん、この後少し――」
「先生。それは緊急の用事ですか?」
終礼が終わってすぐ、私は席を立った。机の左脇に掛けておいたカバンを手に取り、呼び止めてきた担任の女性教諭を一瞥する。
「来週から授業が始まるでしょ? 水原さんはみんなと違うカリキュラムだから、一度学習方針についての面談を――」
「では、明日お伺いします。急用があるので、今日はこれで」
「え? ちょ、ちょっと、水原さん!」
私は無理やり会話を打ち切り、相手の反応を待たずに教室を出た。後ろで好き勝手言うクラスメイトたちの声が聞こえたが、有象無象の言うことなど私にとっては雑音にすぎない。
「うわ~……きっついなぁ。せんせードンマイ」
「あの子、中学でもあんなんだったの?」
「クールってより絶対零度じゃん」
「頭はよくても、感じ悪いよねー」
高校生になって初めての放課後に浮足立つ同級生たちが、どやどやと群れを成して階段を下りてくる。私は流れに逆らって上階に進み、踊り場左手、1年C組の教室へ向かった。
ここはA組より先に終礼を済ませたようで、教室に残る人影はまばらだ。開け放たれた出入口から中を確認し、向かって左側の窓際に向かって呼びかける。
「大林公望。話がある」
「小林ならいま~す。何しに来たマッドサイエンティスト」
「なになに? コバっち、ああいうコがタイプ?」
「冗談でもそういうこと言うのやめて!」
女と楽しげに話していたサッカー小僧は、あからさまに顔をしかめてやってきた。手ぶらで来るあたり、相手も長話をする気はないようだ。
その背後で相手の女、前髪の右端と毛先に赤い差し色の入った金髪ギャルが「はろはろ~」と手を振る。こっちはまったく用が無いので完全無視してやった。
「澪の容体は?」
「見てきたんじゃないのかよ。てっきりその報告かと」
「見てきたとも、休み時間ごとに毎回な。その結果、保健室入口横のデジタルサイネージに【面会謝絶】の表示を出されてしまった。だから訊きに来た」
「……とりあえずどこからツッコめばいい?」
すると、窓際の不良女は座っていた机から降り、こちらへ近づいてきた。態度に加えて服装もだらしないな、学校は男を品定めする場とでも思っているのか?
「やあやあ、お困りのようですねお二人さん」
「聞いてたのか工藤。コイツはA組の水原、川岸ん家の隣に住んでる幼なじみだ」
「あ~、例の天才ちゃん! なる~。そっか、この子がね~」
工藤と呼ばれた女は大きくはだけた胸の前で腕を組み、うんうんとうなずいた。その様子に、隣の学ラン男子が気まずそうな顔をして目を背ける。
「おっ、オレも様子は気になるけど、独りで見舞いに行ったら色々言われそうだろ。そのことで川岸に迷惑かけるのは避けたいなって」
「そーかなぁ。C組みんな、コバっちの彼ピッピはりょーちん、サッカーボールがカノジョだと思ってっからそりゃなくね?」
「ごはッ!?」
なんとか林が変な声を上げ、へなへなと床にくずおれた。お前はそれほどまでにあの男を敬愛しているのか? 奴はそれほど愛されるに値する人間なのか?
私は知らない。理解できない。そのことが――私だけが「知らない」という事実そのものが、心理的な余裕を削っていく。
「なななな何言い出すんだよ! りょーちんが、オレの……って」
「言いたいコトはわかる。勘違い女子はくっそ怖い。火のない水辺に煙を立てて、外堀からじわじわ埋めていく。気づけばまわりは敵サポだらけ、敵ルールで笛が鳴る完全アウェーと化すのだ……ッ!」
「こっわ! 女子怖ぁ! そんなのどう対処しろってんだよ!」
「そーこーで、このななみんの出番ですよ」
目の前でギャーギャー騒ぐ二人の話を聞き流しながら、私はあの日橋の上で出逢い、共闘する約束を交わした大人たちに思いを馳せていた。
私は彼らを知らない。正体はおろか、その本名さえも。刀を佩いたざんばら髪の侍、パンツスーツのじゃじゃ馬自衛官。そして――あのたい焼き男と、奴に付き従うパートナーAGI。
彼らに会いたい、教わりたい。彼らのことをもっと知りたい。強迫観念じみた知識欲が、胸の奥底から湧き上がる。
(そうか。この感覚は……)
紅一点ならぬ白一点が、おぼつかない足取りで立ち上がる。その手をつかんで引っ張り上げたギャルは、私たち二人に得意げな顔を向けてこう言った。
「ということでぇ~……工藤七海、コバっちとリンちゃんのために一肌脱いじゃいます!」
「脱がんでよろしい。それと、リンちゃんとは何だ」
「下の名前、鈴の歌って書くじゃん? だからリンちゃん。あとはリンリンとか、読み方変えてリンカちゃんとか――」
「最低、最悪、ワーストワンのうちどれを選べと?」
「考えるな水原。考えたら負けだ」
工藤がまっすぐな目で私を見つめる。カラーコンタクトに加えてアイメイクをしているのか、ぱっちりとした茶色の瞳は彼女を少しだけ大人に見せた。
この女、地頭がいいタイプか。処世術の上手い仲間は貴重だ。私も澪も内気なほうだから、味方に引き込まない手は――
「というわけでさっそく作戦実行。三人でレッツゴー保健室!」
「そのまんまじゃねーか!」
……前言撤回。このギャル、やはりただのアホのようだ。
「こーいうのは正攻法よコバっち。ウチの付き添いってことにしとけば、センセも警戒緩むっしょ?」
「あっ、確かに。工藤もたまにまともなこと言うな」
「ひどーい、アホギャルななみんはキャラ付けだって朝言ったじゃん! コバっちサイテー!」
「どうでもいいが大林は最低」
「なんで女子ってそういう時だけ結託するんだよ、小林さんドン引き!」
カバン取ってくるから待ってて~! と工藤が教室に引っ込んだタイミングで、今度はショルダーバッグを提げたブレザー姿の男子生徒が二人訪ねてきた。
彼らの胸元を彩るネクタイは青、学年ごとの色分けから推測するに三年生だ。カバンについているチャームから察するに、二人ともサッカー班の先輩らしい。
「小林、ここにいたか。ちょっとツラ貸せ」
「どうしました、先輩? 一年は入学祝いで活動免除って聞きましたが」
「安心しな、別にお前をどうこうしようってわけじゃねえ。お前には拒否権がある」
「それを言うなら黙秘権だろ。バカじゃねーの」
スポーツ推薦で入学を決めたチャライカー二号は、三月からチームの春合宿に合流し活動を始めている。そこで顔を合わせ、すでに顔見知りとなった相手に言い訳がましい返答をしたのは、単に上級生との会話で緊張しているせいだろう。
「……オレに何をさせようっていうんですか」
「お誘いよ、お誘い。同志の先輩たちと遊んでくんねーかなって話」
「そう、つまり――唐突だがりょーちんミーティングだ」
そんな張り詰めた空気の中、彼らの口から推しの名が出たのを聞いて、大型新人(物理)はたちまち目の色を変えた。




