Side B - Part 6 不都合な現実
Phase:03 - Side B "Kimitaka"
「オ・ルヴォワール!」
『ゴ――ル! 二連発、見事決めました佐々木選手!』
りょーちんの右足から放たれたボレーシュートを真ん中の顔がモロに受け、怪物は後ろに弾き飛ばされた。長い胴体が空中でバランスを崩して大きくのけ反り、ムチのようにしなって、頭から真っ逆さまに落ちてくる。
『ここは〝アデュー〟って言わないんですね』
『フランス語の〝アデュー〟は今生の別れを意味するそうです。今回は場所を変えての再戦もあり得ますから、用法的には間違いありませんよ』
りょーちんは息ひとつ乱さず床に着地し、オレたちのほうに駆け寄った。そこに手代木マネの『伏せろ!』という声が飛び、川岸もさっと身を縮める。
最推しが近くにあった机を抱えて盾にした瞬間、強い揺れと細かい瓦礫がオレたちに襲いかかった。
『あーっと、ここで〈モートレス〉が校舎に激突! ピクリとも動かな――い! これはどういうことでしょうか、市川さん!』
『相手はりょーちんのシュートが直撃し、頭を強く揺さぶられました。どうやら一撃ノックアウト、気絶しているようです!』
【ダウンしたぞ 部位破壊はよ】
【それなんてモンスターハント?】
『この大きさで脳震盪を起こせば、回復には時間を要します。りょーちん、生徒さん、避難するなら今ですよ!』
ゲームの世界でも、モンスターは気絶させるとしばらく経ってから目を覚ます。この時間をどう使うかが生死のカギを握るんだ。
相手に「諦める」の選択肢がないようだから、減災……撃退狙いは現実的じゃない。どっか広いところに誘い込んで防災することになると思う。
「よし、避難するぞ。ちょっち手荒になるのは我慢してくれよな」
「へ? 何? 何する気ですか――!?」
「大丈夫、サーフィンは富士川海岸で覚えがある。二人抱えた状態では初めてだけど、女のコとよくタンデムってたんだ。乗れんげる」
『何をしている? お前もついて来い。逃げるんだよ!』
叫びつつも素直に身を任せた川岸とは対照的に、その場から動こうとしないオレへAGIマネージャーが発破をかけてきた。
頭では、理屈ではわかってる。でも、コイツらとは今朝も会って話したばかりなんだ。こんな姿になっちゃっても、まだオレの顔を憶えてる。
それを、それなのに……りょーちんが〈特定災害〉を鎮圧すって?
イヤだ。そんなの認められない。どっちが死ぬのも見たくない!
「あ、あああ……! イヤだ、もうやめてください!」
『こら、暴れるな! ああなってはもう、手の施しようがないんだ!』
直視するのがつらすぎて、考えないようにしてた現実が立ちはだかる。受け入れたくない……人間として、まだ完全には終わってない。諦めがつかないのに、災害認定するなんて!
生タンサーフボードの元所有者は、テラスに突っ伏したまま起き上がってこない。りょーちんは錯乱状態で暴れるオレと川岸を小脇に抱え、まだピクピクいってる舌の切れ端に片足を乗せた。
「オレ……聞いたんです。アイツらがオレの名前呼んだのを」
【あっ】
【呼んでねーよ しっかりしろ】
【どうした男子 ご乱心か?】
拘束から抜け出そうともがくほど、腰に回した腕をがっちり締め上げられる。またこみ上げてくる吐き気をこらえながら、オレは精一杯声を張り上げた。
「お願いします。なんとかなりませんか? オレには無理でも、何か方法があるかもしれない」
「小林くん……」
「あなたなら、救えるかもしれない。多くの逆境を乗り越えてきたあなたになら。こんな時こそ〝やらまいか〟するのがりょーちんじゃないのかよ!」
りょーちんは深く静かに息をつくと、床に転がる舌先を窓のほうに向け、無言で地面を蹴った。血塗られたフローリングを滑走路代わりに、肉片はツルツル滑っていく。
囲いの壊れたテラスの手前、二階との境目に頭を突っ込んだまま沈黙する〈モートレス〉の前で、憧れの人は足を止めた。
「――言いたいことはそれだけか?」
「え……?」
「俺は人間だ、神様じゃない。人間である以上、不可能はある」
「りょー、ちん――」
「小林。今のうちに別れの言葉でも考えてろ」
感情を押し殺した、低く冷たい声。りょーちんは抵抗をやめたオレをもう一度抱え直すと、全体重を前方にかけた。
「わぁあああああ――!」
『マスター! 頼む、減速してくれ! ぶつかるぅぅぅぅぅ!』
小刻みに震える真っ赤な舌は、ウォータースライダーさながらのスピードではらわた製の坂を滑り落ちていく。川岸と手代木マネの悲鳴が、あとに長く尾を引いた。




