Side B - Part 5 最推し VS 同級生
Phase:03 - Side B "Kimitaka"
「【りょーちん! 行っけぇぇぇぇぇ――!】」
オレの声援と視聴者の字幕が重なったその時、最推しの右手で空色のしるしが光った。五つ与えられたはずのひし形は、すでに頂点の一片がない。
【嘘だろ りょーちんの〈五葉紋〉欠けてる】
【何気にポラリスのユニ初お披露目?】
気になるといえば、りょーちんのユニもだ。背中に11番と【CHARLES】の名が躍るラグランシャツは、襟ぐりと肩口が紺、胴が色鮮やかな水色をベースにしている。
前と後ろの両方、向かって左下から右斜め上にかけて、三本の矢印が描かれたデザインも特徴的だな。上下の二本が同じ長さで、真ん中だけが長く伸びてるのか。
ちなみに、ラグランの胴に斜線は東海ステラの伝統柄。りょーちんが大暴れして「無敵艦隊」と呼ばれた頃、黄金時代を象徴する柄でもあるんだ。
【マジか シャルルってそう書くんだ】
【英語だと〝チャールズ〟だからな あだ名はチャーリー】
【りょーちん軍団……チャーリーズ……あっ(察し)】
左の肩口に巻かれた蛍光イエローの腕章は、選ばれし者のみが手にするキャプテンマーク。主将であることを示す印だ。
上半身に合わせた紺のハーフパンツには、星の図柄と背番号が描かれている。靴下に黄色い星形のワンポイントをあしらう可愛いアイデアは誰が考えたんだろ?
『〈モートレス〉が再び鎌首をもたげました。頭突きで教室の壁を破ろうというのでしょうか? いや、それよりも林側の個体のほうが先に侵入してきそうです!』
「川岸! 銃を下ろせ!」
「はっ、はい!」
緊張感を高める解説者の声が聞こえた瞬間、ムカデが何事か叫びながら二度目の突進を仕掛けてきた。
今回もギリギリセーフだったけど、大きく崩れた壁の穴からは引きちぎられて糸くず状になった鉄筋がのぞいている。三度目は――ない。
『マスター!』
「ここはもう保たない。次で決めるぞ」
オレたち全員が切羽詰まってるのに、弾幕コメントは【生徒の子? かわいい】【川岸ちゃん逃げてえええええ】なんてクソみたいに日和ったものばっか流れてくる。
やっぱ、デスゲームは傍観するに限るな。女子とお近づきになるチャンスがあろうと、最推しと協力してクリアを目指すシナリオだろうと、プレイヤー参加なんてするもんじゃない!
『まさに前門の虎、後門の狼というこの状況! 追い込まれました佐々木選手! 背後の肉団子も、指先の再生がほぼ終わっているーッ!』
『こちら市川、人面ムカデが三度目の突撃態勢に入りました! 後ろからは別個体が狭い窓を無理やりこじ開け、今! 教室内に侵入――』
「させるかぁぁぁぁぁ!」
りょーちんが吼え、川岸に襲いかかる後ろの敵に黒板消しを投げつけた。オレたちの見ている前でそれは青白い光を放ち、見慣れた真ん丸の球体に変わる。
もはや夢か現かわからない。机に飛び乗ったストライカーは飛び石渡りの要領で助走をつけ、三歩目で踏み切って天井すれすれに高く跳んだ。
* * *
『――俺には〝道〟が視えるんです』
いつのことだったか、りょーちんはインタビューでそんな名言を残したという。
いわく、自分の目にはその場に応じた最適なドリブル経路やボールの軌道が視覚的に見えている。それを〝道〟と認識し、その〝道〟をなぞる技術を習得したことで、スターダムを駆け上がれたんだ――と。
数あるりょーちん語録の中でも、このセリフは特に難解で物議を醸した。本当に〈Psychic〉を使っているのか、第六感で〝道〟を幻視してるのか。それともただの例え話かは、本人以外誰も確かめようがないからだ。
(公式か否かを問わず、スポーツの試合で〈Psychic〉は全面的に使用禁止。アンチに『りょーちん、ドーピングを認める』って切り抜き動画拡散された時は大変だったろうな)
でも、そんな事態をあらかじめ予期していたプロスポーツ界の対応は万全だった。競技の種類にかかわらず、すべての選手に所属先の関係者立ち会いのもと、各競技協会の指定する病院でのインプラント手術とメンテナンスを義務づけたんだ。
試合会場入りしたら、専門のエンジニアとAIが妨害電波を発信しながら常時監視。不審な動きがあれば試合中断でチェック、不正が認められたら即不戦敗。イカサマするのは困難だし、選手生命を棒に振るリスクもあるのにそんなことする?
とにかく、型にはまらず凡人の目で測れないサッカーの天才は、ボールの形になった黒板消しめがけて左脚を振り抜き――
「まずは一発、避けんなよ!」
狙い澄ましたオーバーヘッドを、川岸狙いの〈モートレス〉にぶち込んだ。すでに額を割っている指が、黒板消しの直撃でさらに深々と打ち込まれる。
「ギャアアアアアアア!」
『決まったァ――ッ! 華麗な宙返り! 市川さん、どうですか今の?』
『杭打ちバイシクルシュートですね。頭上から鋭く切れ込む一撃で、巨大な怪物を仕留めました』
ぐちゃっ、と何かが潰れる音がオレの耳にも届いた。卵型の〈モートレス〉は窓を突き破り外に転落、胸をえぐるような悲鳴を残して暗がりに消えていく。
それを見た視聴者の反応は一気に高まり、大量の投げ銭が舞い込んだ。飛び交うコメントは激流となり、オレの視界を埋め尽くす。大事な試合で先制したかのようなお祭り騒ぎだ。
【×よけんなよ! ○逃がさねえよ!】
【カッコよすぎて鳥肌立った】
【はるみんの解説ブッ飛んでて草】
りょーちんは敵の末路を見届ける間もなく、机の天板に右手をついた。そこを軸に空中で身体をひねり、時計回りに素早くターン。跳ね返って後ろに飛んでいった疑似ボールを追いかけ、もう一度オレたちの前を駆ける。
「みじゅゲら……み、じュ、げ、ラあァあああ!」
【うわああああああ】
【なんて言ってる? 見つけた?】
【そういやまだワームおったやん】
目をカッと見開いた三つの頭が上空から急降下しつつ、血を吐きながらそう叫んだ。あんな風になっても、まだ意味通じる言葉しゃべれるんだな。
感心する反面、かわいそうだとも思ってしまう。だって、人間だった頃の意識がまだあるのに、逆らえない本能でオレたちを襲っちまってるんだろ?
身の毛がよだつ不気味な声を聞いても、和製コンコルドは止まらない。
そりゃそうだよな、この人とアイツらはこれが初対面。知らないヤツ、それも災害と化した相手に情けをかける必要なんか――
「ぁ――いみ、らカ……」
三人の顔がすぐ近くに迫った瞬間、オレは聞いてしまった。自分の名を呼ぶ舌足らずな声を。
黒板消しが落ちてくる。〝天上の青〟がそれを捉える。窓を壁ごとぶち破って、同級生たちがりょーちんに迫る。
【イケメン対阿修羅ムカデとかすげー絵面】
『残すはもう一体、どう出るりょーちん!』
どうする? どうしよう。止めるな、止めるべき、止めなきゃ――!




