Side B - Part 4　実況解説ライブ配信

「みんな、伏せろ！」

『窓が閉まりま～す。落(・)と(・)し(・)物(・)にご注意ください！』

　手代木(てしろぎ)マネは自動開閉装置を乗っ取り、挟み込み感知センサーをカット。教室の窓という窓を無理やり閉めた。

　ばつん――と音を立てて、化け物のパーツが宙を舞う。前後で同時に悲鳴が上がり、血しぶきが視界を赤く染める。

　これだけでもうかなりグロいが、極めつけはギロチンされたての舌がオレの足元に着弾。陸(おか)へ打ち上げられた魚のように、教室の床を跳ね回った。

「うわぁああああ！」

「言ったそばから落とすなよ、っと！」

　りょーちんは、オレが川岸をかばって床に伏せる間に素早く身体を反転。飛来物に対し、振り向きざまに右足を閃《ひらめ》かせた。

　持ち主に「返却」された手の指は窓を突き破り、その向こうにいる敵のむき出しになった目玉へ命中。串刺しにされた卵の化け物は、血の涙と絶叫を撒《ま》き散らしながら窓の外を転げ回った。

「ちょ……何すんの!?　あたし銃持ってるんだよ、危ないって！」

「ごめん、つい身体が動いちゃって。ケガはないか？」

「大丈夫。大丈夫だから、その……離れて、いただけます？」

　うおおおおおお!?　女友達に床ドンなんて何やってんだ小林公望(きみたか)！

　そりゃまあ、川岸のことは女の子として見てますよ？　ハンカチ貸してくれた時なんて、思わずグッと来た。個人的に一度は体験したかったシチュエーションだ。

　でも、彼女候補っていうか、恋愛対象としてはピンと来ない。仮に二人だけで遊びに行く約束しても、サッカーの試合かぶったらそっち優先しちゃうなあ……

　川岸も川岸で「そうなの？　じゃ、また今度」とかあっさり言いそうだから、やっぱなんも無(・)い(・)わオレら。

「わーっ！　マジで申し訳ない！　重かったよな、ホントごめん！」

「ううん、平気。ありがとう、小林くん」

　オレはすぐに飛び退《の》き、机より低くしゃがんだまま周囲の様子をうかがった。化け物二匹の絶叫に混じって、スピーカーから男女の声が聞こえてくる。

　校内放送の続きか？　だったら、さっきみたいに重要なメッセージかもしれない。耳を澄まして聴いてみよう。

『この町に暗い影を落とす、人類史上ほかに類を見ない大災害。学《まな》び舎《や》の安全を脅かす緊急事態が、ついに起きてしまいました』

『ですが、その勝手もここまで。私たち生徒や関係者が黙ってはいません。昨年度の学校改編を機に〝訓練〟を重ねた成果、今こそ発揮してみせましょう！

　人間と化け物による、互いの命を懸けた死闘。本日の主戦場は逢桜《あさくら》高校キャンパス内となりました。実況は、逢桜高校報道委員会と――』

『逢桜町広報室バーチャルリポーター、市(・)川(・)晴(・)海(・)の解説でお送りします』

「……は？」

　頭が真っ白に塗りつぶされる。考えようとする意志すら失せる、完全な無。はっきり聞こえた言葉の意味を、オレはすぐに理解できなかった。

　市川晴海って、あ(・)の(・)はるみんだよな？　一年前の事件当日、完全自律型ＡＩ〈エンプレス〉に洗脳されて身体を奪われ、スピーカーに閉じ込められた人。

　その人がなんで今ここに？　実況解説って何のこと？　なんでこいつら、人が死ぬかもしれない状況をサッカー中継のノリでライブ配信してんだよ！

『なお、ご覧の映像は防犯カメラの映像や、一(・)般(・)町(・)民(・)の(・)目(・)を通じたリアルタイム視点カメラ、ドローンを使って撮影しています。また、出演者のプライバシーに配慮し、ＡＩで一部加工をしております』

『暴力シーンやグロテスクな表現を避けたい方は、お使いの動画配信アプリのセンシティブフィルター設定を今一度ご確認ください！』

　ちょっと待て。今、防犯カメラがあるって言った？　オレたちは今も監視されてるってこと？　誰が、何のために、何の権限があってそんな勝手なマネしてるんだ!?

　……ダメだ、頭痛くなってきた。ツッコミどころが多すぎる。なんつー突拍子もないもの書いてくれてんだよ、川岸！

『まずはＡ棟、第一演習室の戦況から――なんと、逢桜ポラリスの佐々木シャルル良平選手が、要保護対象二人を抱えて飛び入り参戦した模様です！』

『きゃーっ！　りょーちーん！』

「なんでプロが高校生より雑なコメントしてんだよ。仕事しろ解説者～」

『まったくだ。投げ銭の多寡《たか》はお前たちにかかっているんだぞ』

　混乱するオレをさらに困惑させたのが、りょーちんと手代木マネの態度だ。二人ともこの不謹慎な内容に驚くどころか、まるでそれが普通かのような反応を見せている。

　解説者、実況……りょーちんにスパチャ？　次々と根拠を並べ立てられても実感が湧かない。もしかして〈Psychic(サイキック)〉が最推しに幻覚を見せてるのか？

　でも、この人にはマネージャーがついてる。まさか、二人とも洗脳済ってこと？　最悪のシナリオが頭に浮かんだその時、オレの視界を何かが横切った。

「小林くん！　視える!?」

「おいおい、マジかよ……！」

　最初は【始まったな】って一言の字幕。それを皮切りに【くるぞ】【試合開始】【やらまいか佐々木！】みたいな視聴者コメントがガンガン押し寄せ、オレと川岸のまわりを飛び交った。

　視界の下の方には、ちょっと長めのコメントと投げ銭を知らせる通知がずらり。まるでオレたち全員、配信者《ライバー》になっちまったみたいだ！

『はっ……！　失礼しました。ＡＩと人間、見事なコンビネーションの先制攻撃でしたね』

【堅守速攻は東海ステラのお家芸だからな　なお現在】

『今のやり取り、どうですか市川さん？』

『スマートウィンドウ装置を使ったマネージャーの窓ギロチンから、りょーちんのクロスカウンターミサイル。チームワークを感じさせる痛烈な一撃です』

【クロスカウンター……ミサイル……？（困惑）】

　信じらんない、何だよこれ。

　人の生き死にがかかってるのに、それを面白おかしくエンタメ化するなんて……

【窓ギロチンは草　テッシーえげつねえ】

『だから、テッシーって呼ぶなァァァ！』

「おんしゃもデカい声で叫ぶな。頭に響く」

　それを、誰一人異常だと思ってないなんて……

『初手の感触を踏まえ改めて聞くが、プランＡでいけそうか？』

「やらまいかせにゃ(やってみなきゃ)わからんだら。ま、この程度なら行けんげる(いけるだろ)！」

【りょーちんのハイブリッドしぞーか弁！】

【これは本気モードですね】

　ずっと追いかけてきた憧れの背中を、特等席で観られるなんて――

　最(・)ッ(・)高(・)に(・)、テ(・)ン(・)シ(・)ョ(・)ン(・)上(・)が(・)る(・)じ(・)ゃ(・)ね(・)ー(・)か(・)！